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古本屋日誌
西村賢太の本がよく売れている。
亡くなってから、予想通り角川文庫がいろんな本に重版をかけて、大型書店には今も並んでいる。特に「どうで死ぬ身のひと踊り」は人気だ。
京都のMARUZENジュンク堂はかなりたくさん仕入れていて、西村京太郎と並んで追悼コーナーを設けている。
喫茶コーナーでは、梶井基次郎にちなむ檸檬ケーキ、MARUZEN創業者の早矢仕なにがしが発明したとかいう「早矢仕ライス」を食べられる。
新潮文庫は芥川賞の「苦役列車」は重版したが、かなりある既刊本は品切れのままだ。
これは角川文庫は小ロットでも出すシステムがあるからで、新潮社は営業上それなりの部数が見込めない時は重版しないだけのことだ。
今後新潮文庫で「やまいだれの歌」が出るし、文藝春秋からは5月に絶筆となった「雨滴は続く」も刊行される。
今日は久しぶりに樟葉近くのスーパー「COSTCO」に出向いてあれこれ購入。
連休明けだし、平日だし、給料日前ということもあり、かなり空いていた。
食料品から日用品、電化製品、キャンプ用品、衣服までいろんなモノが所狭しと並んでいて買い物の楽しさが味わえる。
食べ物はすぐ食べないと足も早い、服も着たら痛むし、しばらくしたら飽きもくる。だからまたいそいそとコストコに出かけて買い物を楽しめる。
古本市はコストコに近い。たくさん本を買う面白さを味わえる。
ただ問題は本は場塞ぎだし、読んだら消えて無くなることもない。
新一郎の天牛書店がやっていたように「1000円の本こうてもうたら、またその本8がけで買い取ります」みたいなことしてみたら、客も買いやすいだろうよ。
小売にせよ、何商売にせよ、客の方が商品知識は店主より遥かに豊富だ。
とりわけ古本屋は圧倒的に客がよく知っていて、我々は教えを乞う立場にある。
今の季節買取の依頼が多い。
お客さんの家に出向いて本を拝見して、値段がわかることはほぼないな。
先日は金蘭大学の先生のお宅に行ったが、並んでいる本は古代中国の漢字、それも天候を占った文字や占星術に冠する文献で当然ながら査定のしょうもない。
こういう時どうするのか。
買い取りたい本がないのだ。
チラチラ見ると本棚にはそれ以外にちくま学芸文庫や講談社学術文庫がたくさん並んでいる。
俺としてはそっちが欲しいので
「先生❗️ものは相談ですけど、あの辺の文庫本は献本とかもあるん違いますか❓スッキリさせて本棚のスペースをあけましょうよ」
てなことを言ってなんとか売らせようと努力した。
またあるお客さんはSFや探偵小説を売りたいとのことで連絡があった。
私はその分野はなんの知識もないし、関心がない。
自宅に伺って蔵書を拝見すると創元推理文庫やSF文庫の類がたくさん並んでいる。
でもまったくわからん。
「このへんはプレミアムの付いてる本なので一冊ずつ値段を教えてくださいね❗️」とおっしゃる。
いやいやいや、俺が教えて欲しいよ。
さてさてどうしようか〜
上本町6丁目近くにあった古本屋「一色文庫」は閉店してもう3ヶ月になる。
店内は10坪くらいなんだが文庫のほか単行本もかなりの部分100円均一だった。
店内には一人用のソファーがいくつも置いてあって、気に入った本を片手にのんびり読むこともできた。
オーナーはTwitterをやっていて毎日新しく入った本の話や、昔の女を取られた話、賃料が上がりそうで困ったという話などあれこれ投稿していた。
ところがそのTwitterの中身が去年半ばから飼い始めた文鳥の話ばかりになり、店の屋号も「文鳥堂」と称するようになった。
そして最後のTwitterは去年の9月13日でやはり文鳥ネタだった。
閉店した今もTwitterやホームページはそのまま放置されている。
おそらく年末であろう閉店の頃も、全く客には告知することはなかった。
どうも店主は心ない客に心を痛めて、そういうおかしな客とのやりとりが面倒になり放り出すような形になってしまったような気がするなあ。
彼が私に何度も何度も語っていたのは寝屋川市に今もある金箔書房という古本屋のことだ。
「あのな、金箔さんのとこに、カップルが入ってきてああでもない、こうでもないと本をつまんでは戻しして、あげく『ええ本ないなあ❗️❗️』ゆうて出て行ってしまおうとしたら金箔さんは『ありがとうございました❗️』いいはったんや。俺はそんな、でけへんわ」
というのだ。
そんなもん金箔のおっさんは嫌がらせゆうてるだけですよね。
ありがたいわけがないから、嫌味ですよ。
ところが一色さんはそれがわかってないらしく、「金箔さんは人格者で人間が出来てるけど、俺はせやないんや」てなことを言い出すから驚いた。
ブログででもTwitterででも腹にすえかねる客のことを赤裸々に書いてやれば気も晴れただろうになあ。
古本屋の中には客から買取をしない店もある。
何か専門の分野があるから、ぶらり店にやってくるような人が持っている本はお呼びでないわけだ。
買い取りに行くだけ時間と労力の無駄ということだ。
そういう店の仕入れのルートはマニアからとなっているのだろう。
しかし店舗を持っていて、それもかなりの規模で、繁華な駅の近くにありながら客買いをやらない店は不思議だ。
そういう、ある店のオーナーに事情を聞いてみた。
「それはな、簡単な話や。客からこうてもな、それがいつ売れるかわからんやろ。本はな、業者の市で仕入れられるし、それでええんや」という。
確かに古本組合なら確かに安く本を仕入れられるのだが、いい本はちゃんとした値段で競り合うから、仕入れ値をケチると高く売れる本やすぐ買い手がつく本は入手できない。
それでも、つまりどこにでもあるような本で、しかもかなり古くて動きの鈍い本ばかりでも、やりようによっては特急が停まるようなターミナルで店舗を構えることができるのだ。
そのやりようとはもちろん店の賃料の交渉だ。
いかなる手練手管を発揮しているのか定かではないが、およそありえないような賃貸料(倉庫代みたいな金ということだ)で店舗を借りられるのならなんら問題はないのだ。
うちの場合はこのサイトの月間使用料は1000円だし、Amazonサイトは5000円くらいなのでさすがに気にならない。
でも店舗を運営していたらさぞ気が揉めることだろう。だって日によって全然本が売れないことがあるからだ。
俺なんか月末に大家に払わなければならない賃料のことで頭がいっぱいになってイライラしてしまうに違いない。
店舗なんかあった日には「明日も売り上げがゼロやったら家賃の80000は誰が払うんだろう❗️無理だ❗️無理無理無理❗️❗️」と悪い方にしか考えられないに違いない。
夜も眠れないし四六時中「もうあかん、終わりや」と悲観的な思いしか頭にはないだろう。
京阪の門真市駅前にオープンした海洋堂ホビーランドに行ってみた。
創業者の宮脇修の軌跡を辿る展示が興味深く、随所に宮脇自身が映像で登場し、これまでの軌跡を語る。
宮脇は初めは帆船のプラモデルが好きで、自作していたものが展示してある他、通路の両側には天井まで届くばかりのプラモデルの箱が積んである。
門真に本拠地を移して、折から時はバブル期を迎え周りには好況に沸く会社の新築ビルが立ち並んでいて、宮脇は自ら作ったプラモデルやフィギュアを持って営業に向かい
「エー凄いなあ❗️」と社長たちを驚かせた。
「初めは2〜3万、次は5〜6万、それから数十万ハハハ❗️ハハハ❗️」
さらに照明を落としたコーナーでは例の巨大な恐竜の頭が2体展示してあってその精巧さに驚かされる。
ここで宮脇は友人のアメリカのコレクターとの交友を語る。
「一晩ホテルの部屋で探したんやけどこっちは英語わからへん、向こうは日本語わからんし、一晩おったのに、ニヤニヤ笑うばかりや」
「ほんでそいつからなどんぐりの種を10個もうてな、本社前の庭になまいたんや、そしたらな3個大きなってるわけや。」
「こんな友情はな、日本人にはない❗️❗️」
この「日本人にはない❗️❗️」をえらい強調した話ていたが、ガチャガチャちせよ、プラモデルにせよフィギュアにせよ、市民権を得るまでは随分時間がかかったわけだ。
その間いわれなき中傷や偏見の目で見られて悔しい思いをしたのだろう。
そのくせプラモやフィギュアがもてはやされるようになると、今度は手のひら返しでニコニコ近寄ってくる連中がたくさんいるのだからあきれたことだろう。
ホビーランドの展示には徳川時代の帆船、高瀬舟、薙刀、小物のフィギュアコレクションもたくさん展示してあって興味が尽きない。
料金は千円だが、その日のうちなら何度でも入館できるし、ガチャガチャのコインももらえるし素晴らしい美術館だ。
