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古本屋日誌
昨日昼からえらい西村賢太の著作の注文が入った。
新潮文庫の「苦役列車」や文春文庫の「小銭をかぞえる」やこないだ亡くなった石原慎太郎との対談が収めてある「対談集」なんかも立て続けにお客さんが欲しいというわけだ。
これは異常で、まさかとは思ったけど、晩にネットニュースを見たら亡くなったとあるではないか。
なんでもタクシーの車内で体調を崩して病院に運び込まれた時には心停止だとある。
だいぶ前のナンシー関の時もおんなじでかけがえのない作家ばかり亡くなるのはいったいわれわれはなんと不幸なんだろうか。
まだ54だというし、「文学界」には長編を連載しているし、「本の雑誌」にも永井荷風ばりの日記を載せている。
また去年の11月には「文学界」に藤澤清造への想いを綴り、来年こそは全集を身銭を切って刊行するとの決意も書いた長編を一挙掲載していた。
その頃書いたものを次に再録する。
「文学界」の最新号(2021年の11月号)に西村賢太が長編を一挙掲載している。
例の藤澤清造もので、今年は気を取り直してその全集の刊行に乗り出す決意を新たにしたという内容だ。
西村はこの20年というもの毎月東京から七尾にある藤澤の墓に詣でていて、一回あたり7〜8万はかかる勘定だからトータルでは2000万くらい使っているし、また藤澤清造の著作を収集するのにも同程度の黄白を注ぎ込んだと書く。
とりわけ「根津権現裏」の自筆書入れ本は大学の先生が所有していて懸命に頼み込んだが断られて、結局新車のベンツ1台分はゆうにこえる金額で手に入れたというのだからよくわからないよな。
また新潮文庫で藤澤の著作が二冊出ていたが品切れとなり、無念に想った西村は角川文庫編集部に復刊を頼みこむ話がある。
「最終手段として刊行費用はこちらで全額負担する旨を申し添えた」のだそうだ。
すごい情熱で圧倒される。
「大手出版社の編輯者と云うのは押しなべて馬鹿のくせしてプライドだけは無駄に高くできている」などと批判も書いていて面白い。
中央公論社から「伊藤整日記」が出ている。
1960年代の伊藤整の日常や文壇、世相が興味深いものだ。
その第6巻は1963年から翌年にかけてのものなのだが、不正入試に絡む話がある。
「塩谷出身の海藤十二郎の息子さんの中大入学」を知り合いの高橋健二に依頼するのだ。
高橋はあれこれ取り計らったようで、「文学部なら」「補欠で入れる」との返事を伊藤整に伝えている。
その後便宜を図ってもらったお礼として海藤十二郎から高橋のところに「洋服地」を送ってきたので、「送り返した」との記述もあった。
中大は私学であるし、入学者選抜において情実や諸般の事情を考慮することはおかしなことではない。
以前同志社大学の神学部で地方の牧師の不出来な息子の点数に下駄を履かせて入学させていた事がマスコミの知るところとなり一部で騒ぐ向きもあった。
しかし同志社は神学部は教会の存続のために存在する学部だという意味合いもあるとして、謝罪などはしなかった。その通りだと思う。
日記には伊藤整の娘の奇行も記してある。
ある日西荻窪のレストランから伊藤家に電話があった。
伊藤整の娘のユキ子が白づくめの洋装でレストランを訪れて仕事をしたいという。
しかし金を盗まれたと言って店から300円を借り、「荷物を取りに」と言って出て行ってしまった。後に残された上着に手帖があって伊藤家の電話番号があったというのだ。
このような娘の不祥事に、悩まされながらも伊藤は「日本文壇史」を書き続けていたんだなあ。
先日亡くなった石原慎太郎の本を探して欲しいとよく言われる。
芥川賞の「太陽の季節」は新潮文庫と角川文庫から出ているがともに品切れだ。
たしかに、このところブックオフでも石原慎太郎の本は見ないな。
弟の石原裕次郎のことを書いた「弟」はかなりヒットしてのちに幻冬社文庫に収録となったが、これも品切れで、若い世代は小説家としては記憶していない。
西村賢太が芥川賞を取った時に石原は受賞第一作を読んで対談をしていた。
本人を前にして石原の開口一番が
「あの受賞第一作は面白くない」だった。こういうあられもないことを平気で語るのが石原の魅力の一つなんだろう。
西村はこれで緊張がほぐれたのか貯金の額やら別れた女の事やらを淀みなく語って面白い対談なのだ。
うちは幸い石原慎太郎が好きだというお客さんがいて売ってくれるように頼みに行った。
特に欲しいのが新潮文庫の「太陽の季節」だ。これは初めは城所昌夫のカバーで白地に幾何学もようの面白いもので、その後池田満寿夫のやつに変わったのだ。
池田のはカバー中央に黄色く太陽が輝き、周りには紫雲が立ち込めるスタイルで、流通量はこれが一番多い。その後またカバーが変わった。
ファンはそのどれも持っていることは言うまでもないし、何冊も持っているものだ。
だから
「〇〇さん❗️たまには俺にも儲けさせてよ❗️その城所のやつと池田のやつはかなりあるでしょ、何冊かおくれんか❓」てな感じでお願いして3冊ばかり分けてもらいました。
それ以外には慎太郎が政治の世界に飛び込んで参議院選、環境庁長官てな人生を振り返った「国家なる幻影」上、下の帯付きも分けてもらいました。
昨日はお客さんから買い取ったたくさんの中公新書の値付けをして出品した。
先日住吉のお宅に伺って本棚を拝見するとものすごい量の中公新書が並んでいる。
「これはな、昭和30何年あたりの創刊の時から全部こうてるんや。」とのことで少し抜けはあるようだったが、スティールの白い本棚に上から下まで8段にわたって背が白く帯のかかった新書が、ずらりと並ぶのは壮観で、その本棚が7個ある。
不思議なのは全てカバーが外してあることで
「これはなんでカバー取ってはるんですか?帯はちゃんとあるのに、もったいないですな」と聞いてみたら
「カバーはな、このところのやつは取らんと残してあんねんけどな。カバー取った方がかさが少のなってようさん本棚に入るんやわ」てなことを言う。
言っている理屈はよくわからないな。カバーを外したところで大した薄くはならないだろうに。
「でもお客さん❗️やっぱりカバーは欲しいゆう人が多いからこのコンディションでは値段は出せませんで❗️」
「だいたいカバー外してたかて、薄なりませんで❗️本が可哀想やおもわはりませんか❗️」
と安くは買わせてもらいました。
量が多いので全て佐川にお願いして送ってもらうことにして、その段ボールが昨日の晩家に届いた。
梱包を解いて一冊ずつコンディションを記入しながらネットのサイトに出品していくのだが
「1刷です、カバーはありません、帯があります。」と判でついたような文面を400回くらい繰り返して実にくたびれた。
問題はネットでは売れない新書がかなりあることだ。
中公新書でもかなり面白くて古書価が高い本ももちろんある。でもロングセラーだったら、今では時代に合わなかったり、そもそもくだらない内容だったりして、通販に向かないものもたくさんある。
これをどうするかだよなあ。
店舗があれば店頭で100均にして売り捌くことは十分できるのだが、うちはそうはいかない。
ブックオフに取りに来てもらってある程度減らすか、そうかもう見切ってぜんぶほかしてしまうかだろうなあ。
新潮社から葉真中顕の「灼熱」が出た。
大東亜戦争の敗戦後、ブラジルの日本人移民20万の間で巻き起こった勝組と負組の争乱を描いたものだ。
これまで高木の「狂信」や前山隆の「移民の日本回帰運動」などで取り上げられてはきたがすでに絶版であまり知られていない。
本書では当初圧倒的だった勝組の狂乱ぶりがつぶさに描いてあって興味深い。
昭和20年の9月24日の午後3時にサンパウロに日本から勝利を祝う船団が到着するとの情報が日本人社会に流れて、当日はブラジル全土から日本人移民がサンパウロの埠頭に集まり大騒ぎとなった。
もちろんそんな船団が来ようよしもなく、虚しく時間が過ぎていく。
南国の太陽は容赦なく肌を焼き焦がし、喉をからからにしていく。
普通ならここで
「おかしいよな、なんで来ないんだ❗️俺を騙したな❗️❗️」となるところだ。
ところが「船は確かにこの沖合に停泊しているんだ。しかしやはり初めはここではなくてリオデジャネイロに出向いてブラジル政府に挨拶をする方がよかろうとなった」
てな新たな「情報」がまことしやかに伝えられて、あろうことかみなそれを信じてしまうのだ。
この辺りの心理のあやはいくら考えても不思議で、誰かに上手いこと解明して説明してもらいたいものだ。