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古本屋日誌
武田百合子の「富士日記」は世評の高い作品で、ずっと中公文庫から全三巻で出ていたが、2019年に巻末にエッセイを加えて新版が出た。
その昭和42年7月11日はこうなっている。
「ここに小屋を建てる前は、夏になると長野の角間で過ごした。
主人は<部屋の中に坐って仕事をしているらしい。字を書いているというからお習字の先生かな>などと村の人たちに噂されていたが、一日中ぶらぶらと、何となく子供を連れて道を歩いたり、郵便局に行ったりしている私のことは「奥さんは気が変だから、頭に効くここの湯につかりにきているらしい。
その合間に旦那は字を書く仕事をしているー旦那も大へんだなあ。奥さんも可哀そうだなあ」といっていたらしい。
村の女の人二、三人にとりかこまれて「東京にいるときは何をなさるかね。東京の女の人の仕事はどんなんかね」と訊ねられ「ええと。ごはんを作って買い出しに行って、また、ごはんを作って。それから洗濯もする。客がくればもてなすなどなどね」と答えると
「はああ。おらたちは、そういうことは野良から帰って一休みするときにするなあ。いつも休んでると同じことだなあ」。
羨望どころではなく、バカにされた。もの書きというのは、虚業家だなあ、と主人はいうことがある。
私は実力なし、虚力の女だ。
門の前に車をとめて、ドアを開けて出ると、隣地の工事の人(おじいさんである)トラックの荷台から、まじまじと私をみつめている。口を少し開けたまま、銅像みたいに動かない。こんなにみつめられたのは滅多にないこと。何だって驚いたのだろう。似た人でもいるのかしら。」
いくら昭和40年代とはいえ、石原慎太郎の「太陽の季節」や三島の「潮騒」のヒットもあるわけだし、物書きという仕事を大衆が理解していない現実に驚かされる。
東京の女の仕事の説明は間違ってるけど、それにしてもおばさんの己の生活やスタイルへの絶大な自信にも驚くばかりだ。
西村賢太は大正時代の作家藤澤清造のファンで、だいぶ前からその全集を7巻で刊行すると公言していた。
20年くらい前には「藤澤清造全集内容見本」なるものを出して、その中で全集の第1巻の刊行は2001年の3月上旬としていた。
しかしそれは果たされることもなく今日に至っている。
2007年には「文学界」に「小銭をかぞえる」という小説を載せた。
それは例の「藤澤清造全集」の発刊にあたり、印刷会社に内金を入れなければならないのだが、その30万の金が用立て出来ず、はるばる千葉の田舎町まで知り合いに金を借りに行ったり、同棲している女の父親に金を出させる算段をしたりするはなしだった。
確かにこの2007年頃は西村も貧乏で金の工面に四苦八苦していたのだろう。
でも「一私小説書きの日乗」で西村本人が書いているのだが、芥川賞をもらう前の年、つまり2010年の年収は480万だったそうで、それなりの金額であるよなあ。
また芥川賞をもらった2011年の収入は新潮社からだけで3600万あったと書いているから、その他の出版社からの分を合わせたら相当なものだったことは間違いない。
それにもかかわらず「藤澤清造全集」はただの一冊も出なかった。
西村賢太にその意欲が薄れたのだろう。
でも毎月の藤澤清造の命日にはほぼ欠かさずの能登の七尾まで出向いて供養は欠かさない。
飛行機代や宿泊に、お寺さんに納めるお布施などを考えたら毎回の10万くらいは要るだろうに、よく続けたものだ。
角川文庫の「一私小説書きの日乗」には編集者と揉める話も多い。
平成23年11月9日のくだり。
「新潮文庫版『根津権現裏』三刷の知らせ。
部数の多い同文庫での、発刊四箇月にしての三刷だから、これは一応の成功である。
出版を拒否した二社の責任者に感想を聞いてみたいものだ。文芸編緝者たる者、高い給料に見合った広い視野と、感度の高いアンテナを、すべからく(との使い方は誤用だが)己がうちに備えておいてもらいたいものである。いっときの、現今の一見勝ち馬に媚びへつらう、容易く無難な道を行くばかりが能ではあるまい」
こういうコメントを堂々と書いてしまうようでは編集部との間で軋轢も多かっただろうな。
ただ西村はこの「すべからく」を誤用としているがもちろん正しい使い方なんだけどね。
西村賢太の本は70点くらいは出ているようだ。
しかし大半は品切れで新刊書店ではなかなか入手しづらい。
大型書店の中には店舗在庫をネットから検索できるシステムを持つチェーンもある。
紀伊國屋、ジュンク堂、未来屋、大垣などだ。この中で一番優れているのは大垣書店のもので、欲しい本を入力するとたちどころに画面の下部にその本を読む所蔵している全国の支店名が表示されるのだ。
それ以外の書店ではいちいち支店にあたって調べていかなくてはならず、時間と手間がかかり、途中でやる気もなくなる。
ジュンク堂はアプリをダウンロードすると全国の支店と提携の大型書店の在庫がたちどころに表示されることがわかった。これも確かに便利だ。
昨日ジュンク堂の高槻店で文春文庫の「小銭をかぞえる」を購入したが、2020年の9月の発行のもので、西村の死後に増刷されたものではなかった。
今のところ文春、角川、新潮も増刷しているようには見えない。今抱えている在庫分を書店に出しているように思える。
うちに西村の注文で入ってくるのはやはり芥川賞の「苦役列車」が多い。単行本の帯のついたものはもちろん、普通の本でも欲しいという人が多い。
あとは世評の高い「小銭をかぞえる」だな。
昨日から谷町四丁目の大阪古書会館で古本市。
早速行ってみた。参加店には特段の変化はない。横丁、矢野、アジア号、杉本、真木、唯、シルヴァン、ディック、寸心堂、厚生など。
変化といえばいつもは横丁が大量の和本を出品していたのだが、今回は全く見当たらずそのスペースは雑書になっている。
ここのレジではいつも時間がかかる。本の値段のほかにその出品書店名も同時に打ち込むからなのだ。
「350、シルヴァン」「1470、横丁」てな具合で、当然2倍時間がかかるし、打ち間違いも発生する。おまけにレシートは出さない。前もって申し出たら出してくれるのだが、何も言わないと金額だけ請求される。
この前の古本市では「これは高い、もう一回計算してくれ」という客がいて、やり直すと確かに間違っている。
「前のお客さんの分がそのままになっていてそこに足したからです」とのことだった。普通の店ではありえないミスだ。
先日行ってみた京都古書会館での同様の古本市では値段だけさっさと合算してお会計となっていた。
これが当たり前だろう。
でも5000円買うと300円分ただになるサービスをずっとやっていて、これは京都や神戸にはないもので素晴らしい。
大阪古書会館は2階も3階もあるし、一階だって向かって左側は本が並べられてはおらず、かなりのスペースがまだある。
ここに椅子を並べて、コーヒやケーキを飲み食いできるスペースがあったらいいといつも思う。
それに会館の前にはトラックを付けるスペースがかなりあるので、ここにキッチンカーを横付けしてハンバーガーや飲み物を販売することだってできそうだ。
客としては求めた本をすぐに読みたいし、また買うか迷っていた本も腹が膨れると気持ちもふくれて買う気になろうというものだ。
古書会館のすぐ南に「太陽コーヒー」という卸の店があって、以前は古本市に来た客にここで使える割引券を渡していた。
ただこの店は豆の卸で、喫茶店ではないから座って飲むスペースは全くない。
西村賢太の日記が「本の雑誌」にずっと載っている。
単行本もかなり出ていてそのうちの一冊は角川文庫になっている。
その文庫本の平成23年の11月8日のに勝谷誠彦と揉めた話がある。
勝谷誠彦が大阪のテレビ局で喋った話を西村が噂で聞きつけた。
それはバーで勝谷誠彦が女と飲んでいると西村賢太が突然からんできた。勝谷が「俺はボクシングをやっているぞ」と凄んだところ西村は急におとなしくなって詫びを入れたとのことだった。
しかし西村賢太によれば事実はまるで違う。
西村がバー「風花」でのことだが「地声のでかい自分は、そこで一人で騒いでいると、突然カウンターの右奥から、あの声のでかい奴はなんなんだ、と云うような聞こえよがしの罵言を浴びせかけられ、その方を向くと、かの評論家がこちらを好戦的な目で見ているので、仕方なく立ち上がって歩み寄り、ハッキリした用向きをお尋ねするべく、胸倉を掴んでねじり上げてやったのである」となる。
結局勝谷は最後には自分が経営しているうどん屋の名刺を西村に差し出して「食べに来てくれ」と言って終わるのだ。
安藤昇のエッセイみたいな話だよな。
ナンバシティの南館一階に居酒屋「佐海たちばな」がある。
呑んで食べれる美味しい居酒屋でもあるし、ランチは豪快な天丼が出る。
うまい料理なんだが、ビールを呑んでしまうとすぐに腹がいっぱいになってしまうという問題がある。
それでここへ行く時は一食抜いて、その前に運動してからにしている。
昨日長居の自然史博物館に嫁と出向いて特別展「植物」を見た。
昼ごはんは食べず、御堂筋線の長居から寒風吹き荒ぶ中一キロ近く歩いたし、博物館の入り口は2階にあるのでエレベーターも使わず自分足で上がり、1500円✖️2を支払って見学した。
世界最大の花、ラフレシアの実物模型や巨大なこんにゃくの花、そこから立ち上る匂いを嗅ぐことができる装置などなかなか興味深い。
しかしそれはつけたりでしかなく、1時間ほどで切り上げてまた風が強い中長居の駅までとぼとぼ歩いて、地下鉄でナンバシティに出向き、「たちばな」。