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古本屋日誌

2022-02-22 12:31:00

武田百合子の「富士日記」は世評の高い作品で、ずっと中公文庫から全三巻で出ていたが、2019年に巻末にエッセイを加えて新版が出た。

 

その昭和42年7月11日はこうなっている。

 

「ここに小屋を建てる前は、夏になると長野の角間で過ごした。

主人は<部屋の中に坐って仕事をしているらしい。字を書いているというからお習字の先生かな>などと村の人たちに噂されていたが、一日中ぶらぶらと、何となく子供を連れて道を歩いたり、郵便局に行ったりしている私のことは「奥さんは気が変だから、頭に効くここの湯につかりにきているらしい。

 

その合間に旦那は字を書く仕事をしているー旦那も大へんだなあ。奥さんも可哀そうだなあ」といっていたらしい。

村の女の人二、三人にとりかこまれて「東京にいるときは何をなさるかね。東京の女の人の仕事はどんなんかね」と訊ねられ「ええと。ごはんを作って買い出しに行って、また、ごはんを作って。それから洗濯もする。客がくればもてなすなどなどね」と答えると

 

「はああ。おらたちは、そういうことは野良から帰って一休みするときにするなあ。いつも休んでると同じことだなあ」。

羨望どころではなく、バカにされた。もの書きというのは、虚業家だなあ、と主人はいうことがある。

 

私は実力なし、虚力の女だ。

門の前に車をとめて、ドアを開けて出ると、隣地の工事の人(おじいさんである)トラックの荷台から、まじまじと私をみつめている。口を少し開けたまま、銅像みたいに動かない。こんなにみつめられたのは滅多にないこと。何だって驚いたのだろう。似た人でもいるのかしら。」

いくら昭和40年代とはいえ、石原慎太郎の「太陽の季節」や三島の「潮騒」のヒットもあるわけだし、物書きという仕事を大衆が理解していない現実に驚かされる。

東京の女の仕事の説明は間違ってるけど、それにしてもおばさんの己の生活やスタイルへの絶大な自信にも驚くばかりだ。