Welcome
古本屋日誌
このところお客さんからの本の買取依頼は増加していて、それもいい本がたくさんあるのでありがたい。
しかも買取はこれまではご自宅まで参上してご挨拶をして上げていただき、本の保管場所をお聞きするところから始まりました。
つまり大変めんどくさかったんです。
本は、たいてい段ボールに入れて2段に分かれた押入れの下の段の奥深くに突っ込んであるから、取り出すには腰を屈めて窮屈な姿勢を強いられる。
一冊一冊取り出して状態をチェックしてから、お客さんのお顔をチラチラ見ながら査定してお支払いします。
さてここからが大仕事でまた段ボールに入れたり、ひぼで結えたりしてからえっちらよいしょと車まで運ぶのです。
ところがこのところはコロナ騒ぎのからみで、宅急便で送ってくださるからありがたい。梱包作業も運搬作業も何も要らないから古本屋にとってはいろんな作業が省かれるので嬉しいことこの上ないよなあ。
ただ問題は売値をつけてネット上にアップする作業だ。
写真を何枚か撮影し、コンディションを記載、売値を入力してという一連の作業を100回以上繰り返すことになる。
だんだんぼんやりしてきて、在庫数を本来は1冊なのに、18冊と打ち込んでしまう。
やはり「古本屋は店で売るのが本来だよなあ」と愚痴も出てきてしまう。
iPhoneから送信
友人のお母さんが亡くなった。
この友人は中学受験の進学塾の日能研関西に正社員で勤務していたが、極度の労働過多で2000年の1月にくも膜下出血で過労死してしまった。
その責任を会社に問う裁判のからみで、静岡の掛川にお住まいで何度かお邪魔したこともある。
その時掛川の地酒の「開運」の酒蔵に案内してもらった。
そこは高天神城の湧水と兵庫で特別に栽培した酒米を使って清酒を作っていて全国的にも有名だ。
製造場の一角に直売所があってどの酒を買うか迷っていると係員にお母さんが
「あの大坂(これは掛川の地名です)の〇〇さんもよう買いに来てるゆうてたわ」と言う。
「………」反応がない。
「🔺さんおるやろ、開運を大阪のスーパーに下ろす話してた人」
「………、そうでしたかなあ」
「いやあの、ほら××さんな、いつもうちの近所の酒屋に配送しとる」
「あ〜あの人かいな、そうそうお世話になってますねや」とようやく反応があって
「この酒、仕上がったばっかりのやつなんや、持って帰ってな」とサービスしてもらった。
あとでお母さんはわれわれに
「おのおっさん、なかなか反応しよらなんだなあ、いろいろゆうてようやっとわかりよった」とちょっとはにかむように語っていたのが印象的だった。
静岡県掛川市、人口は5万人くらいのようだし、60年も70年も生きていたらたいていどこかで人と人のつながりはできているのだろう。
直接の知り合いでなくても友達の知り合いの連れみたいな話になると市民全員が繋がっているに違いない。それを見越して適宜知り合いの名前を並べていけば必ずつながるということなんだろう。
ただ俺は今の大阪のようなつながりの希薄な空気の方がいいけどね。
iPhoneから送信
小さな個人商店ならいくつもの役割を少ない人数でこなさなければならない。
何でも屋だからその人が抜けてしまうと仕事の段取りも顧客との連絡もままならず、業務は停滞して遅々として進めず、最悪倒産してしまうことすらある。
例えばうちなんかはその典型で嫁と2人でやっているからどちらかが寝込んだらすると途端に回らなくなる。
しかし現代社会の大抵の会社はそんなことはない。
特定の人が辞めたり、病気で長期に休んだりしたとしても別の人がやるだけで、特段問題もなく業務は回っていく。それが当たり前だし、そうでないと企業など成立しない。
管理職にせよ、営業にせよ、社長にせよ、新入社員にせよ、会社が必要とされている業務を分担してこなしているだけだ。
例えば進学塾の業務は滞りなく授業が顧客に提供することだ。
管理部長の業務は大河のように滔々と流れ続ける授業の時間割に穴が空かないように監視してアクシデントでは速やかに対応するだけである。
自分の意思と関係なくいつものように流れては去っていく業務の流れを目にした時、誰しも追い立てられていて、こまねずみのように走り回り、部品の一部に組み込まれている感を持つ。
勤務評価にしても進学塾なら生徒からのアンケートやら上司からの授業の査定があるのだが、それらの数字が会社の儲けや発展にどれほど結びついているのかは、まともな人間なら疑いを持つ。つまり結びつきは曖昧で漠然としたものでしかない。
ある人にとってはそれが悔しかったり、自分の存在意義が希薄だと感じられたり、はたまたリストラされる危機が迫っていると深刻に捉えたりする。
もちろんバカだよね〜
センスが悪いよ‼️
部品の喜びを感じなさい‼️とまでは思わないけど、現実を直化できないのはダメだということだよ。
iPhoneから送信
街中の古本屋は賑わっている。
この時期は入学、卒業、転勤、帰国などで宿替が頻繁に行われるため、それに伴って不要な本を処分するからだ。
またコロナ騒動ですごもりとなり、目障りな不要な本などを目の前から遠ざけたい意欲も湧いているのも繁盛の理由だ。
それはそれで結構なんだが、いろいろ問題なお客さんも来るわけだ。
「中古のなジャズのソフトな、DVDがな売ってる店がないんや‼️おまはん知りはらしまへんか❓」てなことを言う。
「いやいや、そんなもんタワーレコード行ったらなんぼでも置いてますやろ。中古のやつもあるし、ブックオフも持ってるんちゃいますか」と答えると
「えー‼️ブックオフはDVD売ってますかな❓そんならエバンズは置いてますかな❓」
「そんなん知らんわ、聞いてみはったらええやん」
てな感じで街中の店に行ったことがないんかい‼️と言うしかない老人がやってくるからびっくりだ。
iPhoneから送信
古本屋という商売のポイントは買取だ。
いい本が集まれば商売は順調だ。逆に思うように買い取れないと不安になる。
売り方は特に工夫する必要がない。本はどんどん売れるし、通販の売り上げはコロナ騒ぎで好調だろう。
このところずっとブックオフがいい本をたくさん持っている状態が続いていて、それが既存の古本屋の悩みの種だ。
古文書のようなものはさすがにないようだが、昭和の初めの絵本は見たことがある。展覧会の図録、写真集、様々な雑誌、絶版の単行本や文庫本、映像資料、CDなどジャンルも広く、展示スペースも巨大だ。
客からすれば一般の古本屋に本を売ろうとすると「あーそのあたりのジャンルはうちは取り扱ってないんですよ、すみません」と言われて断られてしまうことがしばしばある。
その点ブックオフなら大抵の本や雑誌は引き取ってくれるから断捨離や家の整理の際に便利だ。
では既存の古本屋でもいい本を読む集められているのはどういう店なのか❓
それは特定の専門をしっかり持っている店だ。アイドル写真集でも、国文学でもいいし、近代文学、70年代、80年代のポップカルチャー、刀剣、武道、郷土史なんでもいいがそういう店はいい本をたくさん集められる傾向が高い。
客がついでに売ってくれるからだ。
iPhoneから送信