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古本屋日誌
土屋慎吾が出している「ゲゲゲのアシスタント」の続々々が去年12月に出た。
今回は水木プロから独立してエロ劇画で売れ出した頃の話だ。
家族を抱えて仕事も充実し順風だったところ、何が忌憚に触れたのか雑誌に掲載した「お検査して」という作品が発売禁止を警視庁から命じられて雑誌は回収、原稿は没収、罰金100万、土屋は出頭を命じられた。
出版社の担当からは「先生はこちらからこういう内容で描いてくれと頼まれて描いたことにしてください」といってもらえたのだが、それにしても土屋は「大した中身でもないのに、なぜ俺があげられるんだろう‼️」との割り切れない思いがあった。
今回の本には発禁になった「お検査して」を復刻してある。
海べりの旅館に滞在している俺が砂浜を散歩していると岩場に妙齢の女が服をびしょびしょにして倒れている。
男は女をせたろうて旅館に運び看病し、晩ご飯の海鮮焼きも一緒にと勧めるのだが、なぜか女は要らないと言い張る。
男が牡蠣を箸でつつき、かき回すと女は悶えだすという話で、最後は男が巨大な牡蠣に呑み込まれる道明寺のようなSF仕立ての作品だ。
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このところ永沢光雄の本が高騰している。といっても小説の方ではなくルポルタージュの方だ。
文春文庫から出ていた「AV女優」の2冊と「声をなくして」だ。
「AV女優」の方は以前は100円くらいだったが、このところは2000円くらいする。「声をなくして」はあまりみたこともなく非常に高い。
「AV女優」は永沢が出演している女優を訪ね歩いて様々な質問に答えてもらうインタビュー集なんだが、冒頭から「小さい頃はどんな小学生でした❓」とか「周りの大人とはどう付き合ってました❓」とか「兄弟とはうまくいってましたか❓」などというような、かなり突っ込んだ質問を永沢がぶつけて、それに対して女が、どんな魔法にかかっているのか不思議なんだが、かなり細かく詳細にあれこれ答えていく。
そのためインタビューの読み応えがすごくある。
永沢が女優をしている女とうまく人間関係を作って積み上げていったからできたインタビューであることがわかる。
「声をなくして」は病魔に冒されて声を出せなくなった永沢の自宅での闘病記で、献身的に看護してくれる嫁とのあれこれが詳しく書いてある。
それもいいのだが近鉄バフアロォーズの根拠地だった藤井寺球場が取り壊されることになり、その最後の試合の顛末を描いたルポも素晴らしい。
もともとが安すぎただけでようやく正当に評価されるようになっただけだ。
不思議なことについ最近「戦艦大和の最期」がよく売れるようになった。
講談社文芸文庫のやつなんだが、値段は600円くらいで特に高騰はしていない。
大和が沈んだのは4月だからまだ少し早い。マスコミで話題になっているわけでもない。
これは「ブラタモリ」の影響ではないかなあ。つい最近呉を取り上げて大和ミュージアムや主砲の台座を作った工場、大和の姿を隠すために作られた巨大な建屋などが紹介された。
呉市街は大規模な空襲を受けたが海浜部にあった造船所や工場群は無傷のまま敗戦を迎えたというのだから不思議な話だよなあ。
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福原秀美の「学園ポルノ伝」シリーズは人気のあるエロ漫画だ。
以前は一冊1000円くらいで取引されることもあったが、このところは6000円くらいする。しこもモノがない。
主人公の女の顔はなかなかセクシーに描いてあって梶原一騎とながやす巧の「愛と誠」みたいな感じだ。ところが男の顔は野暮ったいおっさん風でコミカルに作ってある。
そもそもがギャグ漫画なのだ。
女子高生が険しい山中の曲がりくねるハイウェイの路肩でノーパンで股をおっ広げてトラックの来るのを待つ。近づいてくるのを認めたら局部を男の視線の先にさらす。
男の性で釘付けになって、運転がおろそかとなり、トラックはガードレールを突き破って崖から真っ逆さま。
女は「やっと一人か〜日本は人口が多すぎるのよ、もっと励まないと」とさらなる獲物を求めて今度は上空を飛ぶ大型のジェット機に狙いを定める。
これはいくらなんでも小さすぎて無理でしょうてなもんだが、女は果敢に大型のルーペを局部に当ててそこを拡大して旅客機のパイロットの眼を釘付けにする。
もうお分かりでしょうが飛行機はアンコントラブルとなり山肌に激突するわけです。
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今日で京橋のツインでの古本市は終了だ。最後の開催なので行ってみた。
はんのき、一冊堂、池崎書店、栞書房、シアルなどが参加している。
最終日だからといってバーゲンになっているわけでもなく淡々と時間が過ぎていく。
大阪の古本市はどんどん少なくなっている。以前はこのツインに加えて弁天町、天満橋のマーチャント、阿倍野のアポロビルなどでも開催されていたし、いろんな百貨店の催し物会場でも古本市があった。
しかしいちいち重たい本を会場まで運び込み、セッティングして販売し、1週間足らずでまた撤収しなければならない。
その手間にあうほどの売り上げはないから衰退するのは当然だ。
しかし街中にはいくらでも古本屋はあるし、むしろそこでゆっくり本を選び、読んで買うのが正常だと思う。
1981年当時京都大学の教養部で日本国憲法の講座を受け持っていたのが川口是だ。
自らの著書「日本国憲法論」をテキストに安保条約や再軍備の問題点を指摘する講義をしていた。その流れで1982年には共産党の推薦を受けて京都府知事選に立候補したが落選した。
その「日本憲法論」にベトナム戦争の記述がある。
ベトナム戦争真っ盛りの頃、沖縄の嘉手納基地などからB52戦略爆撃機が北爆に出撃していた。
国会で野党は「沖縄からの爆撃は戦争行為だからベトナム側から反撃されて沖縄が攻撃されることがあるのではないのか❓」と質問していた。
政府自民党の答弁は「一般的にそれはありうることだ、ただベトナムは遠いから実際問題として沖縄の基地まで攻撃を加える能力はないと考えている」というものだった。
川口はこの答弁に対して著書で「これでは日本の安全は距離の遠近にかかっていることになってしまう」と批判していた。
しかしこれは批判になっていない。
まさに日本の安全は敵との距離にかかっていて、当たり前のことだろう。
そもそも戦争はすべてそういうものだ。
敵の戦力、能力を見極めた上でどういう手段で攻撃していくかを判断していく。
北ベトナムに肩入れする中国やソ連が戦略爆撃機やミサイル、原潜で沖縄や本土の基地を攻撃する可能性はあったがその可能性は低いと見積もられていた。
日本政府は当時戦争に必要とされる判断を正しく下していたことになる。
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北河内には2006年まで「地域文化誌 まんだ」という郷土雑誌があった。
1977から延々と30年近く発行してきたものでこの年で休刊となった。
1980年代にあった大東市での深刻な水害をきっかけにかつてそこにあった深野池の範囲を確定させる研究や明治初期に淀川の治水を担当したオランダ人が残した当時の淀川の正確な流路から仁徳天皇の強頸絶間の位置を推測する試みなど、ブラタモリ的な先駆的な面白い研究もたくさん載っていて私には興味深かった。
ただ郷土雑誌を出したいパトスは幼い頃と今を比べて、自分が生まれ育った土地が大きく変わってしまい、残念だという抜きがたい思いがあることだ。
その世代が退場して今は幼い頃からコンビニやイオンや全国的に均一化された街並みを当たり前のものとして育った世代が跋扈している。こうなると郷愁など生まれるわけがない。むしろ東京やニューヨークへの憧れを語るワンパターンな連中を生み出した。
つまり民俗学が終焉したように郷土雑誌も終わってしまったということだ。
最後の88号には休刊にいたった財務事情が書いてある。
「この2年は一冊も出すごとに10万円からの赤字となった、累積で40万の赤となり貯めていたお金を使い切った」とある。
なんでもそれまでは年間で5万くらいの黒だったそうで、執筆者への原稿料は創刊以来全くなく、掲載誌を数冊送るだけだったという。
まんだ編集部は経済的に援助してくれる人を求めていて、それが得られないなら休刊するしかないと書いている。
一冊出して10万の赤くらいなら年に3冊出すとして30万くらいの持ち出しでしかない。
それくらいならはした金と思えるのだが、北河内には誰一人それを負担しようとする人はいなかったと見える。
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