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古本屋日誌

2020-05-16 16:34:00

昨日は大阪、今日は京都のお客さんのところに買取に伺いました。

大阪の方からはかなり珍しい岩波文庫、京都のお客さんからも珍しい文庫本を分けていただきました。
京都のお客さんの言葉
「あれやな、なんたら宣言は終わるみたいやけどな、お客さんが萎縮してけーへんみたいなことになってるさかい、難しいやろな。うちの商店街の花屋はな客がけーへんよって、こないだまで店頭でタピオカ売ったったけどな、とうど閉めてまいはりましたわ。なんでも大宮商店街に本店あってそこにまとめるゆうこっちゃわ」
このところ講談社学術文庫の「スモールイズビューティフル」、岩波文庫の「世論」、「リグヴェーダ讃歌」新潮文庫の「ペスト」「日本の喜劇人」「世界の喜劇人」、ちくま文庫の殿山泰司の本、「方丈記私記」講談社文庫の「村岡伊平治自伝」「日本共産党の研究」河出文庫の橋本治の本、角川文庫の「信長公記」「現代俳句」、小林よしのりの「おぼっちゃまくん」
このあたりはよく注文が入る。通販の販売は自粛ヒステリーの蔓延で明らかに上向きで、全国満遍なく注文が入る。
堀田善衛の「方丈記私記」はもともと新潮文庫だったんだが、今はちくまに入ってますよね。
例の3月10日の東京大空襲の翌日、天皇が車で焼け跡を視察したのを堀田は偶然目撃して、「こんなひどい焼け野原にのこのこやってくるとはその神経がわからない」と述べる。新聞が天皇の視察を取り上げて「天皇が焼けあとをみそなわしたまう」(新聞では漢字表記)と表現していて、またその無神経さに腹を立てるのだ。

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2020-05-15 11:41:00

中公新書から馬部隆弘の「椿井文書」が出た。徳川時代の終わりに家系図、神社の縁起やら絵地図やらを偽造することを趣味にしていた椿井政隆の話だ。


枚方の津田山の支配権は長らく津田村に委ねられていたが、新興の穂谷村がなんとか取って代わろうと訴訟に打って出た。
津田村はその由緒として津田山に津田城があり、その遺構も残っていると主張して勝利を収めるや、穂谷村は権威づけのために「日本紀略」に河内と山城に氷室を3カ所増設したとの記述があるのを利用してそれは穂谷村なんだと主張し始めたのだ。

これに椿井政隆が便乗して適当な由緒を示す偽文書をあれこれ作り出したというのだ。
そうなのかあ〜
私は長らく枚方に住んでいて「氷室台」の地名は知っていたので、子どもにもその由緒を話したことがある。
「ローマ帝国はな奴隷に命じてな、アルプスの天然氷を取ってこさしてな、洞窟に蓄えて牛乳やらチーズやらを保存しとったんやでー
でもな枚方の氷室台もおんなじなんや、人間どこでもおなしようなことを考えるもんや」

まああれですな、今も昔も大衆は権威や身分制度に弱い、権威が大好きということなんですな。

それに津田村にしても中世の城郭の遺構があるなどといばってはいるが、その遺構たるや津田山の中腹にあり、山頂を敵に押さえられたらひとたまりもない不自然な構造だ。馬部が言うにはこれは寺院の遺構で寺なら頂上から少し下った谷筋に建物を設けることはままあることなんだそうだ。ということは両者とも自分に都合のいいように偽造、偽装を働いていたことになるよなあ。





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2020-05-14 11:49:00

寺町二条の三月書房がそのうちに閉店するという新聞記事が2月に出て、昨日お客さんのところに買い付けに行ったついでに寄ってみた。
少しずつ店休の日数を増やしていってさりげなく店を閉めるとの話だ。
いつもはほとんど客はいないのに、昨日は常に数人店で本を見ている人がいたから、売上もかなり増えているだろう。


ここは編集工房ノアの本がそれなりに揃っていて今回も川崎彰彦の本があった。
川崎は早大の出で五木寛之とも親交のあった作家だが、1970年あたりに北海道から大阪に引っ越しして来て面白い私小説をたくさん書いていた。


短編集「冬晴れ」には開催中の万博に無関心でいつも通りに続く日常が描いてある。

万博に殺到する人混みを尻目に会場に面する池に隣接したボロアパートに主人公は住んでいて、住民がゴミを遠慮会釈なく、屎尿も垂れ流している中、のんびりと釣竿を垂れてフナなどを釣り上げて、それをサカナに飲む。
相方には突然やってきて泊めてくれという長身のヒッピー風のアメリカ人、「万博には一回行ったが、もう行くかはしない」とたどたどしい日本語で言う。
この短編集にはガラス片が散乱する歩道橋をサンダル履きで会社に急いでいた主人公が強風の中、万博警備中の警官の職質に遭いえらい目にあう話も収めてある。まあ確かにリーマンがサンダル履きで歩道橋を歩いてたら笑うよなあ。

警官はカバンを開けてくれと頼むのだが、主人公は自分では頑として開けようとはしない。

「中をみたいんやったら、自分でチャックを引っ張って開けたらええやんか」とあくまで自分で開けることは拒む。激昂してカバンをポリに押し付けたら拍子にチャックが開いて強風に書類が宙を舞う展開となる。

警察に変にたてついてイライラしたり、長髪でヒッピー風のわざとこぎたないなりを選ぶとか、まあ今から考えたらバカバカしい。でもまあ70年代はそういう時代だったのだ。川崎彰彦の小説は時代の息吹は感じさせてはくれるが、では江湖に受け入れられるかといえばそれは難しい。

それはそうとして、この小説はラスト、大変なことになる。

 川崎は心を込めて痛みを表現しようとして心打たれる。まるで内田百間の「王様の背中」のような読後感を抱く。

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2020-05-13 10:54:00

医者はやぶが実に多い。正しい病名の診断ができない。
わたしは以前結核に感染したことがあるが、診断がつくまでに半年を要した。
その間整形外科(手首にできものがあったから)、耳鼻科2軒(耳垂れやら耳鳴りがあったから)総合病院の内科(熱があって息苦しかったから)個人の内科(だるかったから)大阪市都島区の医療センター(CT撮影、整形外科受診)を転々としたが全ての医者はやぶで全員誤診していた。
それなのに全く責任は取らないどころか、受診料まで取られている。
今回の肺炎騒動でそのやぶも含めて「感謝しよう」とか言われていて何かたいそう立派なことをしているかのように讃えられているのが腹立たしい。


帝国陸海軍が頼まれてもいないのに満州事変やら上海事変やら、果ては大東亜戦争まで引き起こしながら「兵隊さん❣️ありがとう❗️」てな感じで臣民は感謝するのが当然とされてました。「ええ加減にしとけよなあ〜」みたいな批判は許されなかった。


今も医者や看護婦を「単なる風邪の患者を診るのにゴーグルに医療用マスク、果ては全身にポンチョまとって、なにかのコスプレなんかな❓」とおちょくることは不謹慎とされてますな。
あの戦争は今から考えたらやるべきでもなかった。肺炎騒動も死者数をインフルエンザと比べてみてあまりの少なさに驚くよなあ。それなのに「緊急事態宣言」なるものを今月末まで延長するなどまったくもって不要不急の暴挙に出ている。よう似てるよなあ。

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2020-05-12 16:47:00
以前京都のある古本屋で仕事をしていたことがある。バカな匂いが著しい京都大学の近所だ。
岩波文庫のヘロドトスの「歴史」は人気のある本で戦争の細かい戦略が興味深いわけだが、ある日長身の学生がこうていった。1100円だった。
ところが翌日またこの学生がやってきて「昨日のヘロドトスの本ですけどなんか安いなあ思て、いんでもてから確かめたら1700円でしたわ、せやさかい600円持ってきました」てなことを言う。
「あーせやったかいなあ、まあいずれにせよお客さんに1100円で売ったよってそれでかまへんでーその金は受け取りませんから」とゆうて帰ってもらった。
彼はその後もよく買いに来て、その愚かしい言動に違わず京都大学の法学部の学生だった。
それなりには勉強しているようには見えたが、4回の時になぜかドロップアウトして、京都の地下鉄の工事現場で働くようになった。
まあ会社に就職するとか、官僚になるとか、弁護士などになることを期待されている大学ではないからね京都大の法学部は。


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