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古本屋日誌
編集工房ノアから涸沢純平の「やちまたの人」が出ている。涸沢が関わってきた作家や詩人の追悼文を集めたものだ。ぜひお求め下さい。
川崎彰彦のものはお通夜で近親者が集まって酒盛りになった話が書いてあって、同窓会のような楽しいひと時であったという。「中西徹が門前の小僧ならぬ門中の初老で尻切れトンボの経らしきものをとなえただけで、後はただ酒を飲んで、しゃべった」とある。
川崎は70年代の雰囲気を色濃く残して、その時代と寝た作家なんだが、亡くなった時は全てが洗い流された達成感みたいなものが感じ取れる。
それにしてもこの本の冒頭に収めてある著者自身が小川に転落して重傷を負った話は不思議だ。
コンクリートの道の脇にある単なる側溝に足を取られたように思ったのに、一緒にいた嫁は「かなり深い小川だ」といい、確かに小鼻を欠損するほどの傷だったのだが、後日事故現場を訪ねてみたら小川はおろか溝すらない。全くの平坦な道なんだよなあ〜
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「週刊現代」がこのところ肺炎騒動の特集記事を載せている。
つまりは騒ぎすぎだ、大したことない病気で経済をストップさせてどうするんだという話だ。
まず今回の肺炎の死者数がインフルエンザに比べて圧倒的に少ないことを挙げる。インフルエンザでは1万くらいの死者が出ることもあるが取り立てて騒ぐこともないのに、700人くらいしか亡くなっていないコロナでこれだけ騒ぐ意味がわからないというのだ。
さらに専門家会議の面々がゼロリスクにこだわりすぎているのではないかとも書いている。
ずーっと家から出ない、産業も止めたままならいざ知らず、経済活動を再開すれば感染のリスクは当然あるわけで、ヴィールスとの共存を目指していかないといけないのにその方向に舵を切ることはしない。
こんな内容です。
まあその通りでとくに異論はないが、世間がなぜかはわからないが常に安全側に傾き、リスクを取ろうという考えには背を向けることがよくわかるよね。
細菌学者の藤田紘一郎は「清潔はビョーキだ」という本を出して、世間に蔓延しているデオドラントの風潮に警鐘を鳴らした。
2016年には「あなたの体は9割が細菌」という啓蒙書も出て、これもかなり売れている。
また五木寛之は一貫して日本に瀰漫する安全第一の風潮を激しく批判してきた。曰く公道でソーラーカーレースを計画したら見物人が危険だからという理由で中止に追い込まれた、観客は自分の責任で危険なものを見ようと集まっているのだからあまりにも人々を幼児扱いしている。
曰くリオのカーニバルは世界最大の死者を出すお祭りだが、それに比べて日本のお祭りはいかにも安全第一だ、大人というものは自分の判断でそもそも行動するものなのに、行政があれは駄目だ、これも危険だと介入して個人の判断力を奪ってしまうと、実は一層危険な事態になるのではないか。
こんな感じでいろいろ書いていました。
今こそ五木寛之や藤田紘一郎には瀰漫するリスクゼロ論者に筆誅を加えてもらいたいものだ。
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人気のある「シャーロックホームズの心霊学」を入手しました。ぜひお求め下さい。
コナンドイルはホームズシリーズで人気を博す一方、心霊研究にも心を尽くしその成果をまとめた本を2冊出しています。その2冊を合わせ詳細な脚注を付して刊行したのがこの本です。
ドイルは当初スピリチャル的なものに極めて懐疑的で疑ってかかっていたが、降霊会に参加して「否定しがたい現象」を積み重ねるうちに「スピリチャルの発見は今世紀最大の発見だ」、それを人々に伝えなければならないと思うようになったと言う。
降霊会というのは霊を呼び出して予言させたり、メッセージを伝えさせたりするミィーティングのことなんだが、「予言の日時や時間はあてにはならないが内容は正しい」という。例えば何月何日にアフリカからあなた宛に手紙が来ますという予言を霊がしてその通りになったという。
まああれですねドイルのホームズシリーズもたいがいのものですよね。例の「緋色の研究」、モルモン教の指導者が決めた結婚相手は絶対なんだそうです。ところがルーシーは別の男を好きになってしまう。
命の危険を察したルーシーの父親は娘を連れて逃げ出すのだが、指導者から遣わされた追手に襲われて父親は殺され、ルーシーは連れ戻されてすかぬ男と無理やり結婚させられて失意のうちに死んでしまう。かなりバカバカしい話ですな。
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ちくま新書から佐藤信編で「古代史講義」シリーズが出ている。その中の「宮都篇」には難波京の話が出てくる。
最近の発掘成果を踏まえた話で前期難波宮は孝徳天皇のものであったことが確定した話が出ている。
まあそれはさておき、前期の宮殿から後期の宮殿までは40年くらい隔たりがあるんだが、前期の宮殿が火災で焼けてしまい焼け残った柱の跡などがそのままになっていたのだという。
聖武天皇はその焼け残りの柱で示された同じエリアに自分の宮殿を建てたのだという。
つまり前期の宮殿はこれまでにない画期的なものとして長く規範化されていたということなのだ。確かにそれまでの飛鳥の宮殿は規模も小さく、宮殿の数も大したことなかったから難波宮はエポックメイキングな建築物であったわけだ。
大阪市大の山根徳太郎が30年くらいかけて今の法円坂の宮あとを発見したわけだが、その時はまだまだ帝国陸軍の煉瓦造りの建物がかなり残っていた。おそらく明治初期のものもあったはずだが、天皇がらみのものに比べて戦後の平和ボケの風潮に軍隊がらみのものは合わないとのことで次々取り壊されて、現状更地にされてしまった。
せっかくなんだから平城宮でやってるような大極殿とか朱雀門の再建をやって、できるなら宮殿全体を復元すべきだろう。
大阪歴史博物館の敷地内に巨大な倉庫跡が出土した際も一棟だけ復元しいくつかの柱跡をコンクリートの上に表示するだけに終わってしまっている。
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馬部隆弘の中公新書「椿井文書」は徳川時代末期の偽文書を利用して自治体が町おこしに狂奔するさまも事細かく記していて興味深い。
著者は長らく枚方市に勤務していたのでとりわけ北河内の伝説に関しての考察があり、王仁の墓、継体天皇宮跡、アテルイの首塚、枚方の七夕伝説などに関して徹底的に批判している。
とりわけアテルイの首塚については1975年ごろ夢枕に毎晩のように立つ人物を気にかけていた女が、河内国でアテルイが惨殺されたとの情報を得て、公園にあった塚状のものを祀ったのが始まりだと明らかにしている。
うーん、そうなのか、枚方市は市の歴史紹介などでよく引用してるんだけどね。著者は枚方勤務中に何度も「その伝承は根拠がないから、書くのはやめるように」と注意したと言うが、全て無視されたのだそうだ。
まあ枚方市としては観光資源として生かしたいとの目論みがあったんだろうけどね。
枚方市は朝鮮戦争の時枚方や香里園の造兵廠で戦車や砲弾を大量に製造し、片町線を使って戦地に送っていた歴史を隠蔽している。何か隠さなければいけない恥部のような扱いで腹立たしい。戦争をすることが何が悪いんだろうか。
平和ボケしたバカには何もわかっていない。
それにしても京都は由緒、来歴を捏造して観光資源化するのがうまいですよね。井上章一が書いている通り祇王寺とか寧々の道とか確信犯的にやってます。これは京都の連中の専売特許だと思っていたのに、実は大阪もそうではないかとなるわけです。
しかも京都に比べて下手。
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