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古本屋日誌

2020-05-15 11:41:00

中公新書から馬部隆弘の「椿井文書」が出た。徳川時代の終わりに家系図、神社の縁起やら絵地図やらを偽造することを趣味にしていた椿井政隆の話だ。


枚方の津田山の支配権は長らく津田村に委ねられていたが、新興の穂谷村がなんとか取って代わろうと訴訟に打って出た。
津田村はその由緒として津田山に津田城があり、その遺構も残っていると主張して勝利を収めるや、穂谷村は権威づけのために「日本紀略」に河内と山城に氷室を3カ所増設したとの記述があるのを利用してそれは穂谷村なんだと主張し始めたのだ。

これに椿井政隆が便乗して適当な由緒を示す偽文書をあれこれ作り出したというのだ。
そうなのかあ〜
私は長らく枚方に住んでいて「氷室台」の地名は知っていたので、子どもにもその由緒を話したことがある。
「ローマ帝国はな奴隷に命じてな、アルプスの天然氷を取ってこさしてな、洞窟に蓄えて牛乳やらチーズやらを保存しとったんやでー
でもな枚方の氷室台もおんなじなんや、人間どこでもおなしようなことを考えるもんや」

まああれですな、今も昔も大衆は権威や身分制度に弱い、権威が大好きということなんですな。

それに津田村にしても中世の城郭の遺構があるなどといばってはいるが、その遺構たるや津田山の中腹にあり、山頂を敵に押さえられたらひとたまりもない不自然な構造だ。馬部が言うにはこれは寺院の遺構で寺なら頂上から少し下った谷筋に建物を設けることはままあることなんだそうだ。ということは両者とも自分に都合のいいように偽造、偽装を働いていたことになるよなあ。





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