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古本屋日誌
谷口ジローはその圧倒的な画力を駆使した作品で有名だ。「神々の山嶺」をはじめとする山岳ものは代表作で読むものを驚倒させる山肌の描写があるけど、谷口自身は「まだ日本の冬山とアルプスの山肌の違いが出せていない」などどどこまでも求道者の道を貫く。他にも犬や狼の動物モノ、漱石を描いた明治モノ、「孤独のグルメ」のような現代人の心を描いた作品など多彩を極める。
なかでも山岳モノの「K」はネパールに暮らす通称Kと呼ばれる山岳ガイドの話で8000メートル級の高峰に神業とも言えるテクニックで登り遭難者を助ける。
エベレストの断崖に残されたシェルパの遺体を収容するために誰も登ったことのない断崖に挑む話があるのだが、岩が硬くハーケンを打ち込むのに1時間もかかる、滑落して宙ぶらりんになるのだが、麓から吹き上げてくる強い風のピークを待って一気に駆け上がるとかの描写は圧倒的と言うほかない。
それにしても遺体を収容するこの崖登りは10日以上もかかっているのだが、本当にそんなことがあるのだろうかね〜〜
まあ現実的にはヘリコプターで収容してしまうだろうからありえない話だろうけど、ヘリがあろうが何があろうが、そんなものには頼らない求道者の話として読んでいきたい。
肺炎騒動で東京オリンピックが延期となった。わしはそもそもオリンピックはくだらない祭りだと思っているので、ザマアミロ〜〜としか思わないけどな。
だいたい競技そのものがくだらない。柔道にせよ、レスリングにせよ、フェンシングも見ていて全く面白くない。どこで技が決まったのかさっぱりわからない、選手が大喜びしたり、シュンとなっているのを見ても感情移入がだからできないのだ。
ちょうどお能が見ていて退屈でさっぱり面白くないのと似ている。あれは演じてる本人とその家族や取り巻きだけがいいと思っているだけの完全なオタク芸なんだろう。
本人やその周りがいい気になっているのは、そもそも趣味だから一向に構わない。しかしオリンピックだと言い出して大金をつぎ込み、環境を破壊して、あまつさえすごいプレイをしていて人々に感動を生むなどというたわごとを言い出すのはやめてもらいたい。
スポーツごときで人は感動したりしない。デタラメな思い上がりが根本的に不愉快だ。
その上でオリンピック最大の問題は街を破壊してわけのわからない建物を建て、意味のない道路を作りという「ショックドクトリン」そのものである点だ。
東京の連中は街を破壊して金儲けをするのが趣味のようだから、ヒトの趣味にケチをつけるのもどうかとは思うがその想像力の無さには驚かされる。オリンピックによって東京が大改造されてしまっても、それでいいと思っている人たちがたくさんいるのに驚くばかりだ。
東京から来た友人は例えば大川のクルーズで「東京のも隅田川クルーズがあるけど、景色が工場やビル群に限定されていて単調で緑も少ない、大阪の大川クルーズの方が緑に取り囲まれて古い町並みやらあたらしいビル群があってずっといい」てなことを言う。
また日本橋駅の北西にあるごちゃごちゃした雑居ビルに居酒屋やバー屋スナック菓子、物販が混在しているのを見て「うわー懐かしいなあ〜昔のゴールデン街の雰囲気そのままやわ〜〜大阪はまだこんな街が残っていていいよね」とかいう。
先日NHKの「歴史探偵」という番組で本能寺の変のをやっていた。佐藤二朗がシャーロックホームズ風の探偵に扮して大雑把な指示を手下に出して、現地調査を行なって真相に迫る企画だ。
実際には京都高低差崖会の梅林秀行らが手下にアドバイスして謎を解明していく仕掛けになっていて、佐藤二朗はいなくても大丈夫なように思えたなあ〜〜
さて内容だが「なぜあの信長が簡単に殺されてしまったのか」「光秀はなぜ天下を取れなかったのか」などの謎に迫っていくもので、もと本能寺があったところに行きその大きさを測定して見たら130メートル四方くらいしかない。しかも洛外ともいえる郊外で周りに田畑が広がり、しかも東側の市街地から4メートルほど下った立地で明らかに攻めやすく守りにくい。
ここに光秀は1万3千の軍勢で攻め寄せてそれこそアリのはいいる隙間もない包囲網をひいた。
亀岡から本能寺まで20キロの道のりは西国街道を通り5時間ほどで到着したようで、実際に足軽姿をさせたエキストラに西国街道を歩かせてデータをとりコンピューターでシュミレーションしたら深夜零時には本能寺に全部隊が到着することがわかったという。
実際に攻撃が始まったのは夜明けの午前6時ごろだったことがわかっているのでその間の数時間は寺を取り囲んで何をしていたのだろうかね〜〜
例のトンデモ学者八切止夫は「光秀は信長様の閲兵を受けるために本能寺にいただけだ。それなのに夜明け前に突然隣接する南蛮寺から爆発物が寺に投げ込まれ信長は爆殺されてしまった」てな話になる。
今回の肺炎騒動で来月開催予定の四天王寺の古本市は中止となった。なんでも四天王寺からの要望だったそうで、事なかれ主義なのか、事大主義なのか坊主の考えることはよくわからない。悲田院の伝統を守るつもりはないようだね。「弱法師」とか小栗判官も今では寺に入ることすら拒絶されるわけよね〜〜
大河ドラマに合わせて筑摩選書から井上章一、呉座勇一らの「明智光秀と細川ガラシャ」が出た。
呉座勇一は京都の国際日本文化研究センターに移って慣れない京都の暮らしを嘆いてるのではなかろうかね〜〜
本郷和人が東大の史料編纂所なのに、なんでこの俺が京都くんだりにとばされなあかんねんてな思いがあるのかもしれない、去年は「本郷和人はこのところ学問的業績に何ら見るものがない」と激しく論難していたよなあ。
しかし本郷和人は。1960年生まれ、80年生まれの呉座勇一からしたら相当先輩なのにこの言い草、呉座は予想以上に鼻っ柱の強い面白いやつなんだろう。
さて本の中身なんだが呉座は明智光秀の出自が相当下賤なもので「秀吉ほどではないものの、たとえ土岐氏の出であったとしても傍流も傍流だったろう」と書いている。従来破壊的で既存の権威をないがしろにする信長に対し、光秀は保守的で伝統を重んじるあまり信長と対立することもしばしばあったとされてきた。
しかし呉座は叡山焼き討ちなどでむしろ光秀が主導的な役割を果たしたことなどを取り上げて「むしろ2人は似た者同士だったんだろう」という。
そして肝心の本能寺の変の原因としてはこのところよく言われる四国説を有力ではないかと説く。光秀が長宗我部と織田家を取り持っていたのに、信長は三好に肩入れして長宗我部をないがしろにして、四国討伐を決めてしまい光秀の顔を潰した、のみならず四国征伐の担当からも光秀を外してしまった、その恨みが大きいというのだ。
井上章一の論考は細川ガラシャが同時代資料では頭はいいものの、美人だとは書いていないのに、現在では彼女は絶世の美女だったとされている理由を探るものだ。
井上は明治以降日本がキリスト教の影響を被ったからではないかというのだ。
うーん、どうなんだろうかね〜〜このところ井上章一は適当な思いつきばかり書き散らしている印象があるので、以前のような説得力はないな。
だいたい城を枕に討ち死にした女は判官贔屓みたいなもので美形に描かれるものではないのか?
お市の方とかそうだろうし、里見八犬伝だってね。淀君も死んだのがかなり高齢なのでさすがに深窓の令嬢扱いは無理だが若い頃は美人だと言われていたよなあ。
マスクが不足していてなかなか手に入らないそうだ。普段は一枚10円くらいなんではないだろうかね。先日嫁が風邪気味で近所の診療所に出向いた際には「熱があるということでしたらすぐにマスクをしてください、一枚100円です」と無駄なマスクを買わされました。
昨日阪急高槻市駅近くにある「スギ薬局」前を朝の8時に通りかかった同僚の話では既に40人程度が列を作っていて8時半の開店に備えていたという。おそらく並ばないと買えないんだろう、それにしても「あーすみません、このお客様のところで売り切れました。並んでもうたのにえらいすんませんなあ」と毎回言わなあかん店員もご苦労なことではある。
並んでる人もご苦労なことだよなあ。マスクには取り立てて何の意味もないし、ウィルスの侵入を防ぐことなどできやしない。それにもかかわらずまあ大半の人は会社がそうしろと命じているからなんだろうが朝の早うから並んでバカな行為なんだけど仕方ないとも言える。
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