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古本屋日誌

2020-03-23 12:50:00

大河ドラマに合わせて筑摩選書から井上章一、呉座勇一らの「明智光秀と細川ガラシャ」が出た。

呉座勇一は京都の国際日本文化研究センターに移って慣れない京都の暮らしを嘆いてるのではなかろうかね〜〜

本郷和人が東大の史料編纂所なのに、なんでこの俺が京都くんだりにとばされなあかんねんてな思いがあるのかもしれない、去年は「本郷和人はこのところ学問的業績に何ら見るものがない」と激しく論難していたよなあ。

しかし本郷和人は。1960年生まれ、80年生まれの呉座勇一からしたら相当先輩なのにこの言い草、呉座は予想以上に鼻っ柱の強い面白いやつなんだろう。

さて本の中身なんだが呉座は明智光秀の出自が相当下賤なもので「秀吉ほどではないものの、たとえ土岐氏の出であったとしても傍流も傍流だったろう」と書いている。従来破壊的で既存の権威をないがしろにする信長に対し、光秀は保守的で伝統を重んじるあまり信長と対立することもしばしばあったとされてきた。

しかし呉座は叡山焼き討ちなどでむしろ光秀が主導的な役割を果たしたことなどを取り上げて「むしろ2人は似た者同士だったんだろう」という。

そして肝心の本能寺の変の原因としてはこのところよく言われる四国説を有力ではないかと説く。光秀が長宗我部と織田家を取り持っていたのに、信長は三好に肩入れして長宗我部をないがしろにして、四国討伐を決めてしまい光秀の顔を潰した、のみならず四国征伐の担当からも光秀を外してしまった、その恨みが大きいというのだ。

井上章一の論考は細川ガラシャが同時代資料では頭はいいものの、美人だとは書いていないのに、現在では彼女は絶世の美女だったとされている理由を探るものだ。

井上は明治以降日本がキリスト教の影響を被ったからではないかというのだ。

うーん、どうなんだろうかね〜〜このところ井上章一は適当な思いつきばかり書き散らしている印象があるので、以前のような説得力はないな。

だいたい城を枕に討ち死にした女は判官贔屓みたいなもので美形に描かれるものではないのか?

お市の方とかそうだろうし、里見八犬伝だってね。淀君も死んだのがかなり高齢なのでさすがに深窓の令嬢扱いは無理だが若い頃は美人だと言われていたよなあ。