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古本屋日誌

2019-10-21 10:27:00

かなり前の「大阪春秋」で成瀬国春が藤本義一を中心に1976年に「サロン大学」というキャバレーやスナックの情報を集めた雑誌を作っていたと話しているのを目にしてどんな雑誌なのか気にかけていたが、ようやく2号と3号を入手できた。

ミナミやキタ、木屋町、三ノ宮などの盛り場地図に成瀬の酔客やホステスの観察図鑑、磯田敏夫の短編連作、カフェーの回顧、ホステスのインタビュー、ホステス募集の広告などでした。

例の「ナイタイ」なんかは風俗に行きたい客相手の極めて実用的な情報誌でしたが、この雑誌はコラム程度に店の情報は載せていますか、おまけ程度で基本的には歓楽街をネタにした文芸誌という感じです。

磯田敏夫の短編連作が載っていて、興味深い。第2回は「鈴虫」と題されたキャバレーの重役を務める厚見とホステスのやり取りを描いたものだ。

厚見のキャバレーでは夏の恒例のイベントでホステスの「浴衣祭り」をするのだが売れっ子の美鈴は客の会社に丁寧に電話をかけて営業して20人以上動員しそれぞれに「浴衣は高いのよね〜〜」と五千円ずつ徴収する。美鈴と最後まで行った客は「税金」と思って金を取られたことは黙っているが「未完成交響曲」の客はきまりが悪くて他のホステスに「浴衣代にとられた」と言う。

こんな感じです。まああれですね、磯田の小説は抜け目のない女を描いてるけど、客の心理もうまいこと描いています。「税金」だの「未完成交響曲」だのの比喩も楽しい。藤澤桓夫には現代的な価値はないけれども磯田敏夫はもっと評価されていい。


2019-10-20 12:26:00

このところ酔っ払いが駅のベンチで居眠りをして、次の電車が来るというアナウンスに飛び起きて、そのままフラフラホームの先端から足を踏み外して落ちてしまう事故があったためなのか、その予防のためなのか、ベンチの向きを線路と平行に変えるようになった。

京阪電車でもうちの最寄駅の萱島と土居駅がそうなっている。萱島駅はご丁寧に通過列車が走る線路に面したホームには紅白のウォーニングペインティングまで施してある。

ただ萱島から京橋までをみてみたらこの形になっているのは萱島、土居、京橋の3駅だけで他は従来通り線路に直面する形になっている。

中野孝次はもともと千葉の工務店の息子だったが、なぜか勉強が好きで、親の意志にも反して千葉から出ていくことを目指して一浪して東大文学部に入りドイツ文学者として「ブリューゲルへの旅」などをものした。

完全な西洋かぶれであり、大東京の至便な利点を思いっきり享受していたが、日本のインテリの通弊として老境にさしかかると田舎がいいと言い出して、現代文明の毒から逃れたいなどと「清貧の思想」なるものを唱え本はベストセラーとなった。

中野は犬好きで柴犬をこうていて、しかし十分にしつけられず散歩を強制されては、ルートも犬の思うがままになり、危険な国道も中野の制止を振り切って犬は堂々と渡ってしまう。中野は「可愛いだけの愛玩犬よりも自主性のある犬の方がいいんだ、可愛いだけの犬を求める日本の風潮には嫌気がさしている」という。

まああれですね、私は中野の言うことは全く賛成できませんな。犬の話は単にだらしない飼い主だというだけで、もっと真面目にやらないと散歩中に他人を噛んだり、他の犬と悶着になって困るだけだ。「清貧の思想」なるものは散々放蕩を尽くした若旦那が遊び疲れていだく感慨みたいなもので、ごく普通の大多数の人には思いもよらない話だ。

古本でいえば中野の最後を伝える「ガン日記」は単行本も文庫本もかなり高い。

中野は末期の癌だと診断されて、初めはもうこれで命も終わりなんだし、無駄な最新治療なんかに頼ることはしないと治療を拒絶しようとしたが、やがて痛みに耐えかねて標準治療を選んだ。

まあこの辺りは「清貧の思想」とか言ってたけどいざとなると全然違うじゃないとかの批判もあるようだが、そうとばかりもいえないし、なかなか難しい問題だな。

 


2019-10-19 12:21:00

本の雑誌社から堀井憲一郎の「文庫本は何冊積んだら倒れるか」が出た。
堀井憲一郎は以前「週刊文春」に「ホリイのずんずん調査」を連載していて川崎球場の観客が公式発表では15347人になっているが、ホリイがバイトも雇って双眼鏡などを駆使して調べたら実際には3452人しかいなかった、これは不思議だと球団にも電話などで問い合わせてその真相を探り、「あれはですね〜〜年間予約席は売れているのでカウントしているのですよ」「いやそれを数に入れても明らかに多いですよ」などといった話だ。こういうバカバカしい企画を毎週やっていて実に素晴らしかった。
今回はそこまで気合は入れず、ゆるゆる文庫本を調べるスタイルで、パワーダウンは否めないな。
一番たくさん積み上げられた文庫は新潮文庫で他のが40冊程度だったのに50冊に達した。これはカバーの表面が他の文庫に比べてザラザラしているからではないか。
たてのサイズが一番大きいのはハヤカワ文庫を除くと、集英社文庫であり、2位は文春文庫、3位が中公文庫。新潮文庫はカバーの横の長さをページ数がある本もない本も同じにしているが講談社文庫は薄い本と分厚い本で長さを変えている。新潮文庫の編集部に言わせたら「節約なんでしょうがかえって高くついているのでは?」
ドストエフスキーの「罪と罰」やユゴーの「レゼミラブル」みたいな何巻もある文庫で第1巻と2巻以降の増刷具合を調べてどれくらいの人が1巻で挫折して読むのをやめたかを調べるみたいなのもあった。
amazonの関係では筒井康隆の文庫本で1円で売っている本があるのに2500円とか5600円とかかなり高い値段をつけている出品者がいることを書いている。
まあこんな感じでした。
まああれですね、調査が行き届いてない印象は否めないな。2巻目から売り上げが落ちる本があることはみんな知っているわけで、何刷で調べるのではなく価格で調べたら面白いのに。岩波文庫の「歴史序説」はイスラームの歴史観に彩られた歴史論なんだが2巻目は極端に安い。1巻は2500円くらいするのに2巻目は1円で売っている。ソルジェニーツィンの「収容所群島」も1巻は1000円くらいするが2巻目は1円。
でもどちらも3巻目以降はまた高くなっているから、2巻目がくだらない内容なのかもしれない。
amazonの価格差のことも別に誰でも知っていることだ。そんなことを改まって書くのではなくそんなに高いのに売れているのかどうかを知りたいところだ。これに関しては誰もが「高いのはいいと思って買う人もいるだろうし、間違ってこうてまう人もいるんちゃうか」でごまかしています。こないだ書いた藤田田の「ユダヤの商法」にも「安いものと非常に高いものが売れる」という法則が書いてあったが、ウソかもしれない。ぜひ堀井には真相解明にも挑戦してもらいたいものだ。

また中公文庫の縦の長さは3位なんだが、岩波文庫、講談社学術文庫、ちくま文庫と並んで人文系の良書が多く、エンタメ中心の集英社文庫や文春文庫とはちがうでしょう。つまり値打ちのある文庫として岩波、講談社、ちくまそして中公と並べるパターンが多くなるわけだ。私はそれを見越して中公文庫は意図的に岩波や講談社学術文庫より大きくしたと思ってるけどな。中央公論社
としての自己主張とみたい。

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2019-10-18 11:09:00

先日NHKで「東京ブラックホール」というタイトルで1964年の東京の姿を残されたフィルムで再現する番組をやっていた。

西岸良平の「三丁目の夕日」やそれを映画化した山崎貴のノスタルジックな砂糖菓子のような作り物ではなくリアルな画像で好感が持てた。

オリンピックがらみの建設ラッシュで現場は1日16時間という長時間労働の嵐で、飯場に帰って寝るだけ、労働災害は頻発して危険極まりない。交通事故率は世界一で、街中は騒然として殺気立っている。せんちばはもちろん汲み取りで悪臭が漂い、回収した屎尿は東京湾の沖合に垂れ流し、ゴミは夢の島に積み上げる、家庭でも川にどんどんほかす。蚊やハエが蔓延して日本脳炎、赤痢などの伝染病が猖獗を極める。

オリンピックの例の「東洋の魔女」の話もオリンピック前の世界選手権で勝ったニチボウ貝塚の選手たちは引退を決めていたのに、それではオリンピックに勝てないと無理やり出場させられる。女子バレーは当時一般的ではなく今回の東京オリンピックで日本が開催国特権で初めて競技種目に入れた。そのため出場国は6カ国しかなかった上に、突然北朝鮮が参加を取りやめたために5カ国となってしまった。規定では6カ国に満たない場合は競技を行わないことになっていて、やむなく韓国に泣きついて参加してもらうことになった。結果日本が金メダルを取ったが、大松監督は「勝って嬉しいなどということより、ようやく終わったとの思いばかりだった」と振り返る。

という内容でした。

まああれですね、60年代が住みにくそうな時代だというのはわかっていたけど、「東洋の魔女」の話は愉快だった。練習も正規の勤務時間が4時半まであってそれからというわけで、今ならバカバカしくて誰もやらないだろうな。

 


2019-10-17 10:33:00

日本マクドナルドの創業者の藤田田の「ユダヤの商法」は長らく品切れでえらい高い値段がついていました。この4月にKKベストセラーから復刊となり江湖の渇をいやした。

藤田はこの本で100くらいの「ユダヤの商法」の法則なるものを説明している。

金持ち相手に商売をしなさい。商売は女と口がポイントだ。女は金を持っているし、食いもん商売は5時間も経てば食べたものが排泄されてまた食べないといけなくなっていつでも売るチャンスがあるからだ。また円が1ドル360円に固定されていた時期にやがて来るであろう切り上げを見越してユダヤ資本がドル売りを仕掛けて、ために日本の外貨準備高は異常なまでに膨れ上がった。自分もドル売りを仕掛ければ必ず儲かることはわかっていたが「祖国を売ることは出来ない」と考えて静観していた、案に違えず1ドル308円となり、360円で売っていたユダヤ資本は302円で買い戻して利ざやの52円を積み上げて莫大な利益を手にしたが、逆に日本政府は先を見通せないバカがトップだったゆえに国民にツケを支払わせる醜態をさらした。 藤田自身は東大の法学部を出て外交官になろうと思っていたがある時先輩から「お前は外交官にはならんよ、なぜなら大阪弁だからだ、大阪弁を使うやつは外交官にはなれない不文律がある」と言われてショックを受けてその道を諦めた。

まあこういった内容でした。

藤田は何でも東京大学の法学部の出身ということだが、基本的な知識がない。「勝てば官軍」ということわざが好きでこの本でも俺は勝ったよ、勝てば官軍なんだという文脈で何回も使い、果ては別の著書のタイトルにまでしているが、そんな使い方はない。このことわざは負けた側が引かれ者の小唄のようにいうもので、勝者か誇らしげにいうものではない。

また藤田は企業経営者にはありがちなのだが、自分に向けられた批判に真正面から答える姿勢がなく、問題をすり替えて終わりにする悪い癖がある。中でも一番問題なのが「金にきれい、汚いはない」との主張である。

藤田は「金には氏素性もついていない」つまり札束には「この金はコツコツラーメン屋をやって稼いだお金です」とも書いていないしまた「この金はスナックをやって酔客からだまし取ったお金です」とも書いていないじゃあないかというわけだ。こんなものなんの反論にもなっていない。もともと日本にはきちんと働いて得た金とどうでもいい商売で稼いだ金を峻別する習慣があった。これは藤田も認めるところだ。普通のリーマンが残業してペコペコ頭を下げて稼いだ金と、例えば嵐がタレント活動して稼いだ金やタイガースの福留の稼いだ金に値打ちの差があるのは当たり前だ。芸人風情やプロ野球の選手ごときが稼いだ金になんの値打ちもないと考えるのが伝統的な日本の価値観であり、私は全く異論を挟むことなどできませんね。

 

 


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