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古本屋日誌
今日はえろう暑かった。京都に仕事で行ってましたがあまり風も吹かず、湿度が高いために汗は乾かずへばりついてます。
先日NHKスペシャルで「彼女は安楽死を選んだ」をやっていて神経性の難病で次第に全身の運動機能が失われ、最終的には呼吸や嚥下もできなくなるので、人工呼吸器や胃ろうに頼らざるを得なくなる50台の女がスイスの施設で安楽死を選択する話だった。同じ病気のひとがもう一人取り上げられていて、こちらの患者は生きることを選んでいた。
スイスでは施術の前に本人の意思を何度か確認して、死にたい本人の気持ちに揺らぎがないことがわかると、日付も決まる。前日の晩には三人姉妹で夕食をとり、夜遅くまで心置き無く語り合う。当日車で施術の行われる施設に出向き、姉妹が見守る中ベッドに横になり、点滴の準備がされていて、数分で絶命する薬剤が投入される。点滴を行うタイミングは本人が決めることになっていて、番組では眠るように意識がなくなり絶命していった。
今朝は蒸し暑いですね〜〜
昨日毎日放送で「クレイジージャーニー」の放送があり、前回に続いて丸山ゴンザレスが南アフリカの暗部に切り込む話だった。黒人居留区だったソエトに取材を敢行、違法麻薬に耽るごみ収集の黒人や売人のインタビューが興味深い。売人は「家族もいるからこういう仕事をしている、自分の子どもには同じ仕事なんかさせられないから、俺がこの仕事をしている」という。
続いてギャングの取材となり、ヨハネスブルグのダウンタウンを襲撃して金持ちの家に侵入して金目のものを漁った上に家のものが帰宅するまで居座って、帰ってきたら金庫の番号を聞き出して金を奪ったり、果てはキャッシュカードで現ぎんをひ引き出させるのだという。銃やライフルは金持ちの家やセキュリティのガードマンが所持しているのを襲って奪い取るのだという。このギャングも「自分の子どもにはさせられないから、今俺がギャングをしているんだ」という。
まあ俺は金がなくて手段がないなら金持ちから暴力で奪い取るのは当然だと思っている。「火垂るの墓」みたいに一回トマトを盗むのに失敗してどつき回されたから懲りてやらなくなるというのはバカとしか思えない。というか野坂昭如がお涙頂戴の話を金欲しさに作っただけでリアリティはゼロだ。失敗したら次は考えて盗んだらいいだけのことだ。
小学館の「ビッグコミックスピリッツ」が最新号でこの「クレイジージャーニー」特集を組んでいてゴンザレスは出てこないが「奇界遺産」で有名なカメラマン、佐藤健寿があの摩耶観光ホテル廃墟で小倉優香のヌードグラビアを撮影している。小倉はともかく、摩耶観光ホテルの全景が見開きで掲載してあって、鬱蒼と生い茂る木々の合間から5階建ての曲線を描く廃墟が見える写真で一見の価値があるものだ。
しかしあれだな摩耶観光ホテルよか阪急岡本駅近所の二楽荘だろう。なぜ行かないんだろう?所有者に遠慮しているのか、いつも不思議だ。
先ごろ破綻した天牛堺書店は「ブルーカード」を発行していて、よくあるポイントの貯まるやつで購入金額の3パーセントが半年に一度商品券でバックされることになっていた。商品券は「ブルカ券」と名付けられていて、名前がね、ちょっと引っかかる。例の福本伸行「カイジ」に出てくるやつとおんなじ名前ですね。漫画ではブルカは「地の獄」でしか使えず、地上の円に比べると笑ってしまうくらいとんでもないレイトでした。
「ブルカ券」は全国の加盟店で使えるとうたってあるのだが、大阪では本屋は天牛堺書店しかなく、それ以外の業種を探しても堺駅前にある「藤吉」という料理屋しかない。どうもこの「藤吉」は天牛堺書店の資本らしいのだが、破産には巻き込まれなかったのか、まあ堺に行くこともあろうから、そこでメシを食ってもいいかなと思っていたらカード事務局から「天牛堺書店ご利用の皆様には図書カードをブルカ券の代わりにお送りします」と粋な計らいを見せてくれました。
朝日選書の「境界の日本史」は世評の高いエポックメイキングとも言える名著だという。早速図書カードを使って購入、一読してみた。
大陸の稲作技術や鉄製品、馬具など様々な物が日本に伝播し、その影響を受けて社会体制も変動していったというのがわれわれの教わった日本史だ。江上波夫の騎馬民族説はその最たるもので、天皇家の先祖は大陸から渡来した騎馬民族であり、そうであるがゆえに突然鉄製品や馬具が大量に出現するのだという。しかし本書によれば1970年代以降の全国各地の発掘の成果で、遺跡の地方格差が明らかとなり、一方的な伝播によって一律に社会が動いたとはおもえなくなっているという。
神戸新聞の夕刊に連載されている戸川昌士の「あなもん」が単行本となった。カラーの図版も毎回添えてあって見ているだけで面白い。
水木しげるが手塚治虫の鉄腕アトムや複眼魔人を参考にして、同じ構図やセリフを使って「怪獣ラバン」を描いていたことや水木は70くらいからは自身の作品なのに一切執筆しないばかりか構想も人任せになっていたことなどが書いてあった。
まあ水木しげるは手塚治虫がまだ60で死んだことに関して「何でもかんでも自分でやろうと頑張りすぎたから死んだんだ」と言っていたから、自分はそうなってはいけない、若い頃は働きすぎたからという思いもあったんだろう。ただ水木が亡くなった後の回想なんかを読んでも彼が晩年全く執筆していなかったことに触れたものは目にしたことがなかったのでびっくりした。
水木しげるの復刻も手がけていた籠目舎の伊藤徹が水木しげるから出入り禁止を食らっていた話も驚いた。伊藤は梅田の東阪急ビル近所で絶盤漫画やソフビの店を構えていたが「あんたら客はな、なんぼでも物があるときには見向きもせいで、いざ絶版になった、品切れになったら目の色かえて、ないか?見てへんかゆうてくるんやからどないしょうもないわ」とよく叱られた。
伊藤はアメ村のボーリング場の地下で開催していた漫画の古本市にも関わっていてさいとうたかおの「デビルキング」という巨人の話になって「この単行本2巻揃いなんやけど、上、下のはずなやのに上ばかりになっとんねん。ちゃんと検品もようせーへん古本屋がいとんねん」とぼやいていた。
戸川の本には漫画専門店の「まんだらけ」が手塚治虫のサインの真贋を間違えてしまう話も載っていて楽しい。
本をどこにしまったのか忘れてしまうことはしょっちゅうあって、見当もつかない。未練がましく適当に探ってみるが、汗をかくだけで何の収穫もない。だいたい二回も読みたい本は限られているので、インパクトも強いはずなのにそれでも見当たらない。
この頃は2分は探すがもうないと諦めてサラ本を大きな本屋で買うことにしている。
それはさておき、友人との会合に呼ぶお客さんのリストをメモして読みかけの文庫本にはさんで保存してしまうことがある。何冊も同時に本を読んでいるので、ついどの本にはさんだか忘れてしまい、大変なことになる。
逆にお客さんからこうた本をパラパラ点検していると古い岩倉具視の500円札が挟まっていることがあった。嫁が「珍しいなあ」と早速保存していました。これは自分にもあってしおりが入っていない本を電車の中で読んでいて降りる駅が近づきやむなく何か目印になるものはと考えてお札ならそれなりに大きいし大丈夫だろうとはさんでそのまま忘れてしまうわけです。お札以外ではお年玉年賀ハガキで当選した切手のシートを目立つからとはさんで忘れてしまう。公園で四つ葉のクローバーを見つけて「これは珍しいなあ」と押し葉にしてそのまま栞にしているのだが、ラッキーなこともなくそのまま忘れてしまう。