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古本屋日誌
今朝はだいぶ冷えていて、朝から石油ストーブをつけています。
通販で大部分を売りさばいている私が言うのもなんですが、大都会にマイカーは不要でしょう。大阪市なら地下鉄やその他の鉄道の方がはるかに速いし、時間にも正確です。それにもかかわらずマイカーを使うのは合理的な思考ができていないか、本人がヤクザかその類であるため、無理からいきって行動しなければならない連中だからでしょう。
ところが車のコマーシャルは、スピードを売り物にした内容や、快適な走り心地などとしてドライブを奨励する内容になっていてバカをつけあがらせています。
そもそも車は地球環境にも悪い上に、肺がんなどの成人病の増加の要因となっています。タバコはコマーシャルが禁止されている上に「健康のために吸いすぎに注意しましょう」とパッケージにデカデカと印刷され、喫煙できるスペースも年々限られているのに、タバコ以上に健康被害をもたらしている車が野放しというのは明らかにダブルスタンダードで、メーカーを甘やかしています。名古屋市では通勤時間帯に大量のマイカーが市内に流入しために公共交通機関である市バスが立ち往生してしまうので、トヨタが金を出して市バス専用の高架レーンを建設して混雑緩和を図っていますが、これなどは思考が転倒していてバカバカしい。そもそも市バスが渋滞するのは無駄なマイカーのせいであるのに、これを規制しようとはせずに、金にあかして本来不要な高架道路を作るんですからね。また日産は排ガス規制をくぐり抜けるために検査不正までやらかしているデタラメな会社で、今回の騒動も推して知るべしです。
以上のようなごくまっとうな話は宇沢弘文の岩波新書「自動車の社会的費用」、西村肇の中公新書「裁かれる自動車」に40年以上前にるるといてあるところです。二書とも揃ってうちに在庫がありますので、ぜひご一読お願いします。
今朝は夜前の雨も上がり曇り空です。少し肌寒く、石油ストーブをつけています。
村上龍、村上春樹の対談集「ウォーク・ドント・ラン」を入手しました。1刷でカバーもきれいですから、ぜひお買い求め下さい。村上春樹はノーベル賞候補と名高い作家ですが芦屋の出身でおしゃれな感じがあります。エッセイで散髪屋に2週間に一度行くとか、電車の切符をなくさないコツは小さく折りたたんで耳の穴に入れるとかいうのを読んで、その感を新たにしました。
村上龍との対談では18まで芦屋に住んでいて「この辺の人は6のことしか言わず、あとはまわりが言外の言葉を読み取って9の内容を理解するのに、東京に行くと6のことは6でしかない」とか「18まで関西で暮らして東京に出て、言葉がどうなるか心配だったが、3日で東京の言葉に馴染んだ」とか言う。
まあ確かに京の茶漬けとか「考えときますね」とか「よしなにー」とか「何ゆうてはりますのん、御宅のぼんはようできはりますよってに、うちとえらい違いです」とかあることはありますね。私も以前予備校で教えていたことがあり、先輩の漢文の先生に「受付の人な、あれヒマそうやから今晩のみに行かへんか?ゆうてさそてみぃ」と言うことでそのお姉さんと3人で飲みに行く機会がありましたが、宴席でいきなり「このなあ先生なあ上の覚えがよろしないゆうてこぼしてはんねやわ、なんかゆうたって」で始まり、「それはですね、実績を積んで下さい」とのお言葉を頂戴して、さすがの私でもこれは(おまはんはさっさといね!)いう意味やなということぐらいはわかったのでさっさと退散したことがありました。
今朝もええ天気で、猫は家の外周をうろちょろしては不安になって帰って来て、また出かけて行きます。横の溝で何をしているかといえばコンクリートの打ちっぱなしの地べたにゴロゴロ転がってるだけなんです。
京阪電車は1980年に守口から萱島までの高架線ができたんですが、高架のホームから下に降りる階段には外側に120センチ程度のタイルが各駅に積んであって、その色がそれぞれ違います。黄土色、赤、白、グレー、緑、朱色となっています。今や高架工事から40年近くをけみして、それなりに味が出てくる年代なんですが、圧倒的に緑のタイルが照り輝いています。さてそれはどこの駅かおわかりでしょうか?
「不死身の特攻兵」で名を上げた鴻上尚史には日本人のマナーを論じたエッセイがあってフランス人の留学生が山手線にカバンを忘れたが、行ってみたら盗られずに残っていた一方で、優先座席に座っている若者が目の前に年寄りが来ても全然先を譲らない光景も目撃して、日本人はマナーがいいのか、悪いのかわからないという。その質問に答えています。
日本人は関心のない人と自分の身近な関心のある人を区別して前者に属するものには無関心だという。置き忘れられているカバンも目の前に立った年寄りもともに興味の埒外だからそのままになったと鴻上はいう。
もちろんそんなことはない。鴻上もわからんことを言うものだな。別に日本人であろうが、フランス人であろうが、関心のないものを鋭く区別して無関心になったりはしない。先日も帝塚山のお客さんの自宅に伺うことがあり住所はもちろん聞いてるのだが、生来の方向音痴でさて近くまで行ってるのだがようわからない。
「高山さん」という御宅なので、表札を見たいが、道行く人にジロジロ見られて「あんたなにしてはんねや?」と聞かれるのは嫌だ。もうええ年こいて「すんまへん、お客さんの家がわからんようになってしもて、弱ってまんねん」とか頭をかいてゆうのが、こっぱずかしい。それで表札を見るとも見ないともで歩いてたらもちろん「あんた、何してまんねや?なんぞ落としましたんか?」ゆわれて、「あのー高山さんゆう御宅を探してますねやが」という羽目になり「さあなあ、知らんなあ、すまんけど」で終わりになりました。
今朝は薄曇りで次第に冬らしい曇天になりつつありますが、昼前には晴れてきました。灯油のストックが一缶になったので、小さめのトレーラーで売りに来たにいちゃんから18リットル1850円で買いました。
いま谷町四丁目の大阪古書会館で古本市が開催中です、皆様ぜひお越しください。それにしても古本屋の扱う品物は多様化して流通している書籍はもちろん、古文書からレコード、チラシ、肉筆、手紙、地図、掛けじ、絵画、筆などの書道の用具、あれこれあれこれととても1人では扱いきれないほど多種多様なジャンルを扱っています。しかしこのところお客さんから「お前んとこにあらへんのか?」と尋ねられるのは昔新聞に挟み込まれていた広告です。大昔は引札なんですが、ああいう木版の凝ったものはずいぶん前から高い値段が付いています。そうではなくわら半紙で両面に、ガリ版印刷されたような昭和40〜50年代の折込チラシなんです。「ECCゆう、英会話の学校あるやろ、あれなあ小汚い茶色の紙にいろんな外人の顔写真が載ってたり、細かい学校のシステムがびっしり刷ってあるんやわ」とのことで風俗資料として使われるようです。
大阪のひとが好むものはだいたいは野暮ったい、古色蒼然とした、ざんないものなんですが、印刷物はなぜか昔からハイカラでええかっこしているものがたくさんあります。今はもう無い、ホテルになってしまっていますが、ミナミの巨大キャバレー「メトロ」は円形のドーム構造で中は柱が見当たらない、東京ドームのような面白い建築でした。私はどう考えても中之島の中央公会堂なんかより立派な建物だと思っていますが、保存もされないし、資料も乏しい。
エントランスには左と右に大勢のホステスが並んで指名がない場合は自動的に前に並んでいる子が付いてくれるシステムでした。そのホステスの紹介をしているチラシや毎晩開催しているグランドショーの内容を説明したパンフもあって、これも非常に洗練されていました。
今朝もよう晴れていて猫も外にでたがりますが、近所の空き地の草刈りが行われるため、トラックが行き来し、驚いてすぐ戻ってきました。
「相棒 9」の再放送が昼間例によってあり8話は派遣切りで世間から見捨てられて自滅してしまう男の話で、現在放送中のVOL17とは打って変わりシリアスな社会派ものでした。男はイベント会社をクビになり紹介された建設会社に行くがここも1ヶ月で切られる、結婚を約束した女にも「正社員になるゆうてたやないの」とすげなく別れを告げられる。生活保護の申請に行くも申請すら認められない、トランクルームに寝泊まりして管理人に見つかって追い出される、名義貸しなどであぶく銭を稼ぐが続かない、果てはスーパーなどの試食をチェックして店から店にはるばる歩いて行き飢えをしのぐが顔を覚えられて嫌味を言われて行けなくなってしまう、などの果てに自らナイフで体を傷つけ、あたかも襲われたかのように装ってビルの屋上から身を躍らせて自滅した。
2003年ごろは年間の自殺者も3万人をはるかに上回り、その大きな原因は仕事がない、資金繰りに行き詰まったことでした。その中にこういう追い詰められた要領の悪い人がたくさんいたことは間違いなく、ラストで杉下右京は「どちらかが真剣に声を上げていたらこういうことにはならなかった」とまとめていたが、それができないのが要領の悪い人です。生活保護の申請に行って、申請出来ずに追い返されたら、これは不当なことなんだから、ちゃんと暴れないといけません。正社員にすると約束しながら、反故にしてクビにするような経営者には徹底的にその非を問わないといけない、でも要領の悪い人はようしませんよね。
いっそヴォネガットの「モンキーハウスへようこそ」のような要領のいい人間を規制してみんなが平等にバカになるよう強制される社会の方がいいのかもとの思いますね。