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古本屋日誌

2018-01-11 02:14:00

先日お客さんから山本夏彦のいろんな本をお譲り頂きました。「室内」の編集をしながら示唆に富むエッセイを生み出した人ですが、このところ読まれなくなってきているのは不思議です。うちの父親はよく「お前なあ世の中は金なんやからな、あんばいせなあかんぞ」とよくゆうてました。これは私がなんか勉強ばかりしていて、そのせいで成績も中途半端によかったので、思い上がらないようにとの配慮のようでした。父親の考えではおまえ程度では勉強で身を立てるなどあり得ないし、そもそも学問などいかがわしいとの考えもあったのでしょう。これはまことにその通りでさすがは父親だけのことはあります。祖母などは「お前は親の仕事(大工なんですが)を継いだらええねん、なにいちびって大学とかいくのや?」ゆうてました。これは全く人を見てない、第1私ほど不器用な人はあまり見当たらないからです。

山本夏彦は芸人、役者などが稼ぐ金は我々が仕事をして稼ぐ金とは全く別のものだという価値観を正しくも以前はみな持っていたのにそれが失われているという。金の値打ちが違うんだということですね、それは全くその通りでたかが野球がうまい、おもろい話が出来るごときで、バカバカしい大金を稼ぐわけで、そういうのはいてもいいけど、「あんな馬鹿にはなるなよ」というのはその通りです。


2018-01-10 00:39:00

先日重松清の作品をあれこれお客さんからお譲り頂きました。重松はもとは角川書店に勤めていて「野性時代」の編集長までしていた経歴がありますが、なぜか辞めて物書きになり才能を発揮していい作品を書いていますし、書評家としてもなかなかの本を紹介しています。「小学五年生」という主人公が全員五年という短編集があり、その中に入院している母のところにバスの回数券を使って毎日見舞いに通う話があります。回数券の最後の分を使ってしまうとさらに母の退院が伸びてしまう気がしてバスの運転手に金は払うからその代わりに回数券の最後の分は返してくれと涙ながらに頼み、ぶっきらぼうな運転手もそれを受け入れる。やがて母は退院し主人公は例の返してもらった回数券の裏に「ありがとうございました」と書いて料金箱に入れるという話です。重松にしては出来が悪く、そもそも話が破綻してます。回数券の最後の半券を返してくれと運転手に頼んでますが、そんな必要は全くなく、ただ半券を入れずに金を払えばいいだけです。また最後にお礼を書いた半券を料金箱に入れてますがそんなもん気づいてもらえるわけがなく、意味はありません。まあ重松は編集長でもありましたし、忙しい路線バスなど乗ったこともないんでしょうな。でも重松はくだらない作品ばかりでなく映画にもなった「あの日のまえに」のガンリュウとかいいのもあることはいうまでもありません。


2018-01-09 00:34:00

毎月1日ごろ岩波書店は文庫と新書の復刊書目をホームページに上げています。2018年の1月は梅本克己の「唯物史観と現代」や「非武装国民抵抗の思想」などが岩波新書では上がってます。梅本克己はマルクス主義の主体性論と称して「人間論」や「マルクス主義と主体性」などの著作がある人ですが、現代的な価値があるようには見えません。社会の進歩に身を捧げて生きる人間、つまりは左翼のことなんだが、あれこれ犠牲がつきものだが、それが将来の変革つまりは革命ということなんだがにつながるとしても、本人の人生は一回限りだし、寿命もかぎられているから、いくら世のため人のために貢献しているにしてもストレスや、虚しさが残る、過程的な人間の悲哀をどう考えるかという話でした。

不思議ですよね、ちょっと前までこういうたわごとを結構真剣に論じていたわけですよ。岩波書店はまあリクエスト復刊もしてますが、こういうラインアップは編集者の好みでしょう。世間がどう思おうが俺はこれがええおもとんのやでしょう。編集長はそうでなくてはいけません。アンケートばかりで判断してたら、面白くないしやる気もおきませんし、ヒットも実は飛ばせません。

岩波文庫から井上光晴の「書かれざる一章」や高見順の「過程的」が出る日も近いのではないか。以前ビニ本で自販機で売っていたんですが「ビリー」という雑誌があって、これは今も古本としては値打ちがあるんですが左のページは緊縛写真やその手のエロ画像で右のページは盆栽の写真というのがありました。お口直しなんでしょうか、妙に面白かった覚えがあります。「ゴン」という雑誌もどうでもいいくだらないネタのオンパレード(小学生の暴走族をとらえたとか、幽霊物件とか)で、一時創刊号などはプレミアが付いていました。ただよく考えるまでもなくこういうネタは怖いもの見たさだけしかなくて、実は平凡でワンパターンなために飽きてしまいます。

 

 


2018-01-08 13:02:00

今朝は雨で猫は出ようとしましたがかなり激しいのを見て取ってやめてしまいました。

先日もお客さんから新明解国語辞典の初版はないのかとお問い合わせがありましたが、このところ見なくなっています。初版は1972年の発行ですが、白い箱に入っている白い表紙で小口は普通で色は塗っていないもの、赤い表紙で小口もなぜか赤く塗ってあるもの、箱が赤紫のもの、私がこれまで取り扱ったのでその程度はありました。確かに語釈が楽しい辞書で私は「親亀の背中に子亀を乗せて子亀の背中に孫亀のせて」の説明が好きで先行する辞書の説明を丸写ししている辞書の編纂作業に例えられるとかあり、激しい情念が感じ取れました。第4版は確か7刷まで「動物園」の説明が面白くて動物を監禁しているといった説明でした。これがどこからかの抗議で書き改められてしまったわけですが、私はこういう言論弾圧はくだらないし、下品でバカさ加減をさらけ出しているだけだとおもっています。

以前平田弘史の「血だるま剣法」が部落解放同盟からの抗議で回収となりために古書価格がえらく高騰したことがありました。私もすごく欲しくなり百貨店の古本市で奈良の五輪書という古本屋が10万円で出しているのを見て申し込んでしまいましたが抽選で外れて買えませんでした。後に青林工藝舎が呉智英の解説をつけて一部を隠す形で復刻し、読むことが出来ました。まあ確かに部落民にだけ受け継がれた体質があるという記述は問題だろうし、深読みすれば主人公が復讐を果たすのもそういう代々受け継がれた特異体質があったからだと解釈することもできるかなあぐらいで、いうまでもなく作品は差別への怒りに満ちた素晴らしいものでした。その上で差別を煽るからダメだとか差別への怒りがあるからいいとかいうのは完全に思想統制にほかならず、そのようなおかしな検閲権限は独裁国家でもない限りありません。

後に「まんだらけ」で元の「血だるま剣法」を手に入れたんですが店の説明では見開きに少し落丁があるとのことで、ガラスケースから出してもらってみてみたんですが、表紙が1ページ目扱いで次に見開きがあってこれが2、3ページでそのあと作品が始まってこれが5ページだったので確かに一枚欠損があるようでした。タイトルなどを記したページだと思うんですが今だによくわかりません。

 

 


2018-01-07 11:08:00

今朝は風もなく穏やかで例によって起きるとすぐにストーブとホットカーペットをつけて猫のために水を入れ替えました。

先日お客さんからお譲り頂きました中公文庫の「トーキョーレコード」が面白くて読んでいて1941年5月27日に記録として海軍の報道課長平出英夫が「たとえ最強の海軍であろうとも、特別な戦略的作戦をとって打ち負かす」とアナウンスした。著者はこの新戦略とは人間魚雷のことだろうと思ったと書く。以前からイタリアと日本が1人乗りの魚雷を開発していてその図面もすでにあるという噂が流れていて、著者はドイツの将校にことの真偽を尋ねたこともあるという。その返事はそういう自殺攻撃は日本人ならではだろう、白人は1パーセントも生きて帰る可能性のない攻撃はやらないだった。

そうなのか、特攻は戦争末期になってやけくそで企てられたものだと思っていたがそうではなく、随分前から計画されていたわけだ。しかしその割に実際は大した戦果も上げておらず、こういうことを考えた奴はバカだな。でもまあアメリカとやるとなるとそれくらいの覚悟がいるということであれば、彼我の国力の差を正しく認識していて警鐘を鳴らしたのだと取ることもできるが本当はどうなんだろうか。 

あまり古本としての価格はつかないのだが、根強い人気のある第二次世界大戦ブックスには「特攻」と題する一冊があって昭和20年の3月に日本近海に空襲のために接近していた空母フランクリンに続けざまに二機の特攻機が突入して大損害を受けた話が写真とともにのってました。一枚の写真はそのキャプションに特攻機が艦橋に突入して爆発しているとあるのだが、確かにレーダーのところで爆発している様子の写真なのだが爆発の規模は小さく本当に特攻機によるものなんだろうかと疑わしい。これは現在では特攻機ではなく250キロ爆弾が二発炸裂したことがわかっている。特攻ではなかったのだが、戦争が終わって25年も経つのに真相が不明だったとはこれもよくわからない。

 


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