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古本屋日誌
昨日の朝は寒かったが日差しはぬくうて仕事で外出してたら汗ばむほどでした。うちのネコですが冬は特になでると静電気が起こりバチバチと痛みます。乾燥してるからなんでしょうができるだけいらわんようにしてます。メスの8つの猫は以前はブラッシングがすごく好きだったのにこのところえらい嫌っていてブラシを見せただけでも飛び退いて向こうに置いてあるテントに潜り込んでしまう。
このところ大阪や神戸で古本市が開催中で、いっぺんにたくさんの本に出会えて便利なんだが段ボールに何百であろう梱包や移動はさぞかし大変だろうなあと思う。以前左の奥歯が急に痛くなったことがあり、萱島駅前の歯科医院に行ってレントゲンを撮ってもらったんだが「特に傷んでないな、重い物を持ったりして肩こりから歯痛がおこることもあるから、それちゃうかな」というので、東梅田の第2ビル地下にあるマッサージ屋に出向いて30分で1500円の肩もみ、コリほぐしなどの施療を受けたら少しマシかなとなった。しかししばらく日が過ぎて朝突然ものすごい痛みで冷たい水をくくんでるとおさまるのだが、またすぐに痛みがきてしまい、今度は萱島の別の歯医者に行ってレントゲンをまた撮ってもうたら歯が割れてるから抜かなあかんとなった。まえの歯医者がもうちょっとちゃんとレントゲンを見る能力があったらマッサージ屋は不要でした。
もう10年以上前のことだが年末に40度近い熱が出て医者に診せたらインフルではないが、ひどい風邪だから安静にして脱水症状にならんために薬局で売っている吸収しやすい水を飲むように言われた。それは1週間ほどで収まったがまた三ヶ月くらいして今度は右の手首や掌にしこりのようなものが出来て痛い。仕方なく千林の整形外科に出向いてレントゲンを撮って「これはなんかできもんやな、わしんとこではようわからんさかい紹介状書いたげるから都島の医療センターに行き」となった。そこでMRIを撮り7月くらいだったのだが、医者が言うには「これはなあ、なんか細菌性のもんやわ。切って調べなあかんわ。でも夏休み中は子どもの患者が多いから9月にしましょう」
その後の左耳が詰まったようになり、聞こえにくいので、千林の耳鼻科や天王寺の耳鼻科で診てもうたが、中耳炎だから点耳薬さしときなさいとの診断、8月になっても体調がすぐれず今度は千林の内科を受診したが「疲れからのものでしょうね」と言うだけ。結局8月終わりに階段も上れないほど動悸が激しくなり千林の大きな病院を受診してようやく大変な病気であるとわかりました。つまり病名が判明するまで9ヶ月もかかり、その間大病院で検査もしたのにことごとくデタラメな診断で、ために40日以上入院する羽目になりました。ヤブ医者の連鎖ほど恐ろしいものはない。
昨日もかなりぬくくて、雄猫も喜んで外に出たはいいものの、やはり他の猫も考えることは同じでご近所の飼い猫の「くろう」も折悪しくパトロール中で、ものすごい勢いで帰宅して二階まで戻りました。
先日NHKで「超入門落語the movie」をやっていてこれはなかなか面白い番組で落語家はネタをやってるのだが、それに合わせて俳優が劇をやってるわけです。今回は桂文珍で演目は「けんげしゃ茶屋」でした。内山信二が太鼓持ちの役でだんさんがお餅をババに仕立ててお茶屋で舞妓と遊んでいるときに「手水に行くのは面倒だから」とおざしきでババ風のお餅をコロンと出してしまう。舞妓、芸子が大騒ぎのところに内山信二の太鼓持ちが登場して「だんさん、なんちゅうことしはんねんな、ここは新町、日本一のお座敷だっせー」とたしなめる、てな感じで話は進みます。内山信二が大声で大阪弁をまくしたてるのがバカバカしくて、大笑いしてしまいました。この回の前も同じく文珍が「茶漬け間男」をやって、女房を寝取られる間抜けな旦那役を東幹久が演じていて、どう考えても大阪弁を話せるわけがないのに達者にあやっつてるのはおかしくて何回もみてしまいました。
確かに落語はよっぽどうまい演者でないとこっちも話はもうよく知ってるし、古典落語ならうまかった名人のやつも聞いてるわけで退屈です。こういう試みは楽しいので、どんどんやってもらいたいです。
それはそうとすごい気にしいのひとていますよね。自宅の鍵を自分が締めて、さていきまひょかとなるところドアノブを何回もガチャガチャやって、その上ごっつい力で引っ張り施錠されているかどうか確かめる。こっちが横で見てるんだから、そういう時だけでもやめときゃあええねんけどしてしまう。それは閉めてるんやから、無駄なんですが、先日嫁と帰宅して家に入ろうとしたら鍵を開けてもなぜが開かない。ほうきがはさまって開かないのかと思ったがピクリともしないので、二つある鍵の一つがなぜがかかってしまったとしか思えない。窓ガラスを石で叩きわって入ろうかとも思ったがわったガラスを入れるがもったいない気がして結局業者さんに頼んで開けてもらい3万円くらいかかった。話では犯人は猫ではないかと。外に出たくて錠前のところに伸び上がったりしてるうちに施錠されてしまったのではないかという。
昨日もかなりぬくくてストーブをつけなくても大丈夫でした。雄猫が寝てる時にいびきをかきます。これは大丈夫なのだろうか?人間のような大きなのではないが、猫は口では息ができないそうなので鼻が詰まっているのかもしれない。
先日お客さんから小谷野敦の「東海道五十一駅」などかなりたくさんお譲り頂きました。電車やタクシー、飛行機などに乗るのが閉じ込められるようで苦しくなってしまう日々が綴られていて心を打つ作品でした。こういう症状てありますよね。わたしも仕事でタイに仕入れに行く時に飛行機の中で突然めまいに襲われ倒れてしまい、閉じ込められている恐怖に駆られて何としても降りたくなったことがあります。著者はその症状がどんどん悪化して行くわけです。
阪大の助教授時代のことを書いているので、大阪の街の話があるかなあと思ってましたが、それはテーマとは関係ないし特段ありません。ただ95年の阪神淡路大震災の際に著者のマンション1階にクラックが入りその階の住民から「上の階もぺけ入ってました?」と聞かれたとある。上の階にもバツの形のひび割れがあるか?ということなんだがこれが自分の住んでいるマンションの住人と交わした初めての言葉だとあって確かに都会てそういうもんですよね。ただ法政大学の北原糸子が以前「安政大地震と民衆」という本で自然災害が起きたら日頃はよそよそしい人たちも急に相手のことを思い合うものなんだと書いてました。わたしのツレは震災時朝霧(明石の近所)に住んでましたがマンションが大きな揺れで全体にひしゃげてドアを開けて廊下に出ることもできないほどの損傷を被り、当然ながら風呂は入れない。そこで近所を出歩いて明かりがついているマンションを探して全然知らない人なんだが風呂に入れてくれと頼んで快くかはどうか知らないけれど、入れてもらってました。カネモのマンションは自家発電の設備や給水設備も備えて有るとのことでした。そうなんかあー知らん人に風呂入れてやるんや、と感心しました。普段ならありえません。
他にも大学内部のゴタゴタが詳細に書いてあり、中島義道の「孤独について」を思わせます。これもひどい話で中島を奴隷のようにひれ伏させようとするバカで業績もない教授の話で読んでいてムカつきます。
昨日はお昼くらいに雨が上がって、郵便局に出荷に行きましたが、その後また雨が降り出しました。久しぶりに文楽劇場で良弁杉と恋飛脚を見た。
まあ文楽はけったいなストーリーですよね。良弁杉の方は赤子が鷲にさらわれて行方不明となりその母親は悲しみのあまり錯乱し非人に身を落として探し続けている。東大寺の大僧正良弁が二つの時に鷲にさらわれて何とか助かったと知り、ツテを求めて良弁と会い親子の対面を果たすという話です。
鷲が赤子をさらうんですかね?奇怪な話です、さすがはバカ話のオンパレードである文楽ですね。良弁は母親と会い鷲にさらわれた赤子を探していると聞いても「お母さんの心痛はいかばかりかと、似た境遇にあった私はよくわかる」というのだが、鷲に誘拐される赤子なんかそうそういるもんかなあ。間抜けな発言です。また良弁は鷲にさらわれてこれまで親孝行できず親を苦しめたと言って泣くんですが、2歳で誘拐されたんだから、親孝行も何もないだろう。さらに今は大僧正となり立派な袈裟も身につけているが母親を不幸にしたわけだから、そのへんの非人とかにも劣る人間だとも言って嘆くのだが、非人がダメな人間だとかいうのは俗世間の価値観なんだからそれを丸呑みして肯定する良弁の発言は意味がよくわからない。
というわけでやはり例によってバカバカしいストーリーではあり、谷崎のいう通り白痴の芸術に他なりませんが、それはそれで楽しいものです。
特に完璧な大阪アクセントの節回しは美しく、何物にも代え難い。
今朝は夜半からの雨で気温も高く驚きました。先日寝屋川えびすのしまいえびすにお参りして福笹をこうたんですが、雄猫が目をつけて食べようとし、挙句は食べた固い笹を戻していました、神さんも出来れば消化して身につけて欲しかったようですが。寝屋川えびすもやはり裏参りということで、本殿の裏に別の参拝所があり、木槌はなかったですが、長方形の板がはりつけてあってそれを手で叩いてしっかりお願い出来るようにしてありました。えびすはつんぼだという言い伝えによるものですね。
溝口健二の「祇園囃子」をお客さんからお譲り頂きました。以前「浪華悲歌」と「西鶴一代女」は見たことがあり西鶴の方はくだらない作品でびっくりしました。今回の祇園の方も伝統的な舞妓、芸妓のしきたりに黙々と従うのをよしとはしない戦後の開化の若い舞妓というスタイルで、花街の情緒を振りまいてその実えりかえにかかる大枚のお金を出してもらったからパトロンにして差し上げないと義理をかくことになるというようなドロドロしたはなしが続く。
こういうやり取りは女の方はつらいなあ、なんでやろと思うだろうし、まあその通りなんですが、金を出すパトロン側はその女の辛さがわかるから余計にエロい感じがして楽しくなるわけです。溝口の映画はその辺りは特段描かれておらず、通り一遍でした。
金持ちのエロい遊びの場として京都は伝統的に他を圧倒してました。茶屋に通って馴染みとなりパトロンになり上がって店を持たせる、そこには女の親も同居していてそれがまたエロい。祇園の近くには五条楽園というちょんのまも用意されている、この映画で改めて京都はエロの殿堂だと納得しました。