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古本屋日誌
今日はあの有名な神戸古書会館で古本市だ。
重たい古本を扱っているのに、2階に本を運ぶエレベーターすらない不思議な会館なのだ。
このご時世だいたいの本はAmazonで検索したらたちどころに見つけられる。
わざわざ神戸まで出向いて本を漁る意味はあるのだろうか❓
もちろんある。
それはこの古本市には尼崎の「図研」が参加しているからだ。
この古本屋はいろんなパンフレットや雑誌を扱っている。
今回の古本市でも
『ヌードショー OSミュージックホール、クリスマスプレゼント、B5判16頁、東宝株式会社関西支社、1954年の12月13日、1500円」
とか
「紀元二千六百一年記念公演、第16回春のおどり記念帳
大阪劇場、非売品 横綴60頁、昭和16年4月10日、2000円」
とか面白そうなのが並んでいる。
こういうパンフレットや限定本は実際に手に取って状態をチェックしたり、中身や目次を眺めたくなる。
また、昨日は高槻で古くからの友人と飲んだ。
年齢は71なのでだいぶ年上なんだが、すこぶる健康体で、病気や体調の話は全く出ない。
今日も串カツ屋で紅生姜、牛カツ、豚カツ、アスパラなど15本くらいに、山芋のお好み、きのこの天ぷらなんかをあてに、生ビールを3杯、酎ハイを2杯飲んでから、馴染みのバーに移動した。
会社を60で定年退職してからは
「仕事はしてないな。一日ひま。」
「ただな、私学の中学や高校に非常勤の先生を派遣する仕事をしたろ思て、やってたんやけど、なかなかええ人は見つからんし、今はな、中学や高校が自分とこで先生を見つけよんねん。せやし、ちょっとも、もうからなんだわ」
とのことだ。
彼の奥さんもすこぶる壮健であられて、普段は喫茶店でケーキなどを作る仕事をしている。
帰宅して、毎日500ミリのロング缶を2缶、料理をしながらきこしめすとのことだ。
クッキングが終わる頃には飲み終わり、食事時には酎ハイをさらにお飲みになるとのことで、驚くほかない。
うちの飼い猫、雄のカイは8つなんだが、かなり禿げている。
人間でいうと50くらいなんだそうだが、腹まわりはすっかり黒い毛が抜け落ちて、白い和毛になっているし、左の後ろ足あたりもほぼ毛なし。
医者に連れて行こうとしたが、大暴れして果たせず、結局患部の写真をスマホで撮影して診断してもらった。
「これね、気になって舐めてしまうと和毛が抜けてしもて、どんどん禿げが広がるのよ」
「ストレスかからんように、好きにさしといたらええよ」との診断だった。
それで外へ出たいといえば、なんとか出してやり、おいどを叩いて欲しいといえば頑張って叩いてきた。
しかし先日のみが体にかなりいることがわかった。
ブラシの上に透明なプラスチックのちりとりのようなものがついたのみとりグッズで、身体をくまなくくしすいてみたら、昨日だけで10匹からのまるまるこえたのみを捕獲した。
のみに血を吸われるので、全身痒みで舐めたり、皮膚を噛んだりしていたのではないかと思うのだ。
こだまの『ここは、おしまいの地』には中学生時代に付き合ったヤンキーの話がある。
同じクラスの金髪の、100キロ以上あるヤンキーで、小学生を脅して金を巻き上げたり、平気で万引きしたりするという。そういう男と付き合っているのが、クラスにも、知られることとなりいじめが始まる。
「わたしの机にガムテープで『豚』という文字が貼られるようになったのだ。
カタカナじゃないところに執念を感じた。
朝登校すると、まず机上のガムテープをびりびりと剥がすところから始まった。
好きではないのに、クソ。全然好きではないのに。クソが。そう心の中で吐き捨てながら剥がす。
(中略)
傷ついた顔を見せてはいけない。それを確認したくてうずうずしている人間がいるのだから。
私は落書きに気付かぬふりをして着席し、しばらく俯いた。
そして心の中の『せーの』のタイミングで、バッと顔を上げた。すると教室にいた男女十数人が私の反応を愉しむように薄ら笑いを浮かべていた。
全員かよ。
呆気にとられた。」
中学生ながらその分析力は大したものだ。
漢字で豚と書いてあるのに「執念を感じた」というあたりなど、ちょっと余裕すら感じられる。
わざと俯いて、クラスメートのどの程度がいじめに加担しているかチェックしよとも企てるところも、頭のよさというより、余裕みたいなものの現れと思う。
講談社文庫からこだまの「ここは、おしまいの地」が去年出た。
こだまは例の「夫のちんぽが入らない」で有名だ。
この作品も幼い頃からのしくじりや劣等感や赤裸々に綴った私小説風の作品でなかなかよく出来ているのだ。
著者は左目の横に1円玉ほどの黄色いあざがあるのだが、小学校時代それをからかわれる話がある。
「『顔にうんこの染み、耳にうんこが付いとるぞ』(作者は耳にほくろがある)
川本(作者のクラスメートだ)の口調は強かった。
まわりの男子が即座に『うんこ』に反応し、教室は一瞬で爆笑の渦に包まれた。
気付いたときには『うんこ、うんこ』のコールが始まっていた。」
なかなかきつい体験だ。ここから作者が立ち直るきっかけは化粧を始めたことなのだから、人生は面白いよなあ。
三密堂書店は占いの本を専門にしている古本屋だ。
時折、可愛らしいイラストで表紙を飾る目録を出している。
その5月号には次のような本が載っている。
「針占い、こうして見分ける男女の性別、牧野谷栄一、昭和56年、6600円」
「悪魔の占い、イザベラ・F・ミチコ伝聞、小学館、平成3年、3300円」
「現代病占百科、新しい病気占い講座、坂井宏通、修学社、昭和62年、3850円」
世の中にはいろんな占いがあるもんだな。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。そういうものだろうが、それにしても変わった占い方だよな。興味そそられる。
さて、作家の円居挽が「捨てられない人」というエッセーを同じ号に寄せている。
円居は親もモノを溜め込むタチの人で、自身も捨てられない。
「おまけに仕事柄、出版社から献本を受ける。文庫本や単行本ならまだいいが、雑誌は毎月やってくる。(中略)
一年分積み上げると子供ぐらいの質量になる。
そうした雑誌類をある時までは定期的に縛って捨てていたのだが、ある時からそういうのが面倒になって廊下に放り出すようになった」
しかしこの後、自宅マンションのメンテナンス工事が行われることになり、ついに意を決して片付けることになる。
「空間を占拠している雑誌をひたすら縛り、作業スペースを確保していく。そして後はひたすらもう要らない物をゴミ袋に放り込んでいく……。(中略)
工事が始まるまでの三日間、マンションのゴミ捨て場との往復を繰り返した。(中略)
ちなみに片づけの顛末だが三日間ゴミを捨て続けたごそれでも終わらず、結局は業者の人を片付け中のゴミで散らかった部屋にあげることになった。
業者の人が室内を見た時、まるでゴミでも見るような視線を私に向けたのは言うまでもない」
いやもう、これはもったいないね❗️
ゴミ屋としての本性がむくむくと俺の中で起き上がって、切歯扼腕、残念無念。