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古本屋日誌
今日は2時から東京ドームでジャイアンツ戦があって、すごく気になる。
でも先発がエースの村上だから、不安はないのだが、あれこれ考えると仕事の妨げになってしまう。
外はえらい暑い中、阪急六甲のお客さんのところに伺わなければならない。
例によって、黄色地に黒い虎のタイガースエンブレムのTシャツで、JR六甲道駅に降り立ったが、とくに話しかけてくる人もいないし、土曜日です人がわんさかいるのだが、俺とおんなじタイガースTシャツのひとも見当たらない。
お客さんのご自宅でのお話。
「山中伸弥とかがこないだわけのわからんことゆうてて、おれも恥ずかしなったわ。
だいたい弥生人が揚子江あたりから大挙侵入してきて、縄文人に遭遇したときもやな、顔を相も違うわけやから、そらチンパンジー同様、襲いかかって男は殺して、授乳中の子どもも皆殺しにしたに違いないわな。それで女は奪い取って犯したわけや。そういう科学的な知見を無視しとるよな。」
「なるほど、確かにようわかります。縄文人の男は殺し尽くしたわけでしょうから、新たに生まれた子どもの性染色体のYは全て弥生人のものなんでしょうね。」
「そんなん当たり前やんか。せやさかいわしはさっきみたいなことをゆうてるんや」
今日は7時くらいにはもう起きて、夜の間に入った注文のこしらえをして、嫁の焼いた食パンで朝ごはん。
9時ちょうどに、郵便局にお願いに出向いてその足で萱島、枚方で快速急行に乗り換えて三条に10時過ぎに到着。
10時半からゼスト地下街河原町広場で古本市があるのだ。
上に上がると、曇り空で気温も低く快適、三条大橋は珍しく行き交う人も少ない。
河原町御池下ルに昔からある、キクオ書店はもう開いている。交差点の南西部角のエスカレーターで地下街に降りると目の前が河原町広場で、まだオープンには10分くらいあるが、すでにパラパラとお客さんが本を見ている。
通常の古本市の初日は、時間ぴったりに始まることが多いが、ここのは五月雨的にいつとはなくスタートしている。
参加しているのは全て京都の古本屋で11店。
びっくりしたのはぼあい書房の棚で、昭和50年代の少年マガジンなどをずらり、100冊以上並べていたことだ。(1冊600円)もう半世紀くらい経つというのに、世間には物持ちのいいひとがいるものだな。
しかも折れ目なども、あまり付いていないし、日焼けもない。これは勝手な想像だが、売ってくれたお客さんは、おおきな蔵か納戸のある下鴨の旧家で、一読してすぐに蔵に放り込んでおいたものではなかろうか。いえが広いから、処分する必要なく、どんどん溜め込めるのではなかろうか。
また梁山泊は、風俗本をたくさん並べていて、1980年ごろの全国の高級トルコ案内や、いその・えいたろうが書いたそのルポや黒木香と伊藤比呂美の対談本などが1000円くらいで置いてあった。他にも怪獣などのソフビがたくさん並んでいる。
古書ダンデライオンの棚にはちくま文庫の『森鴎外全集』が何冊も並んでいるし、京都スターブックスのところには、映画のきれいなポスターがあった。
レジは初日はということで、古本屋の主人がたくさんきている他に、これも俺の憶測だが、近くにある、新刊書店のふたば書房の社員ではないかと思われる、腰の低いお二人が務めていた。
お一人が、本についている値札を外して、もうお一人がそれを集め、書店ごとに並び替えて整理して、合算していき、最後に本の冊数と値札の数が合致しているか、チェックするのだが、やはりミスが起こりそうになる。
何冊かのセット本であるのに、一々冊数にカウントしてしまい、当然値札の数より多くなってしまう。
ありがちなことで、今回もセット本を崩して冊数を読み始めたので、「あーこれは揃いのやつだから」と申し添えてことなきを得た。
支払いは現銀以外にカードも使えるのは便利だ。
地下街の古本市だから、寒くも暑くもなく、雨風に遮られることもない。すぐ横にはhollys cafeもあって、地下街に出してある席で、こうてきた本を読むことができる。
山中伸弥とタモリが最新の科学的知見をもとに、人体や進化について考察する、「人類史3.0 人間とは何者か?」という番組が5日の土曜日NHKで放送された。
サピエンスがネアンデルタール人と交雑していたことはだいぶ前から知られていたし、ユーラシア大陸の端に住んでいたデニソワ人とも交雑していたこと、またそのデニソワ人は原人とも交雑していたことも全てわかっていたことで、新鮮味がない。その意味では極めてつまらない番組だった。
しかし番組最後の結論がなかなか面白くて、印象に残った。
山中伸弥によれば、サピエンスは様々な人類と平和的に共存し、仲良くお付き合いしていたということがわかり、ほっとしたというのだ。
でもそれなら、ネアンデルタール人はなぜ絶滅し、人類はホモ・サピエンスしか生き残っていないのか❓
チンパンジーは、違う群れと遭遇すると、オスと子どもを殺して、メスと交わる事がよく知られている。
つまりサピエンスもおんなじように、ネアンデルタール人の子どもや男を皆殺しにして、女を略奪したのではないか、と考えるのが現在の常識だと思う。
このところ秋雨前線のおかげで、雨もよいとなり、朝晩に限らず涼しい。このまま秋本番となっていただきたいものだ。
今日は、友人が苦労して甲子園のチケットを取ってくれたので、楽しみだが、天気予報は雨が続くとなっている。
出荷を済ませて、京橋から大阪、5分遅れている、13時発予定の新快速で三ノ宮。
センター街には、京阪神随一の品揃えを誇る、ブックオフセンター街店があるが、さらにフラワーロード寄りには老舗の「あかつき書房」がある。
この場所は、神戸のダウンタウン、中心部であり、大阪の天神橋筋やうめ地下、心斎橋筋、京都の四条河原町、東京の銀座みたいなところだ。
天神橋にある「天牛書店」は大阪を代表する素晴らしい古本屋だが、この「あかつき書房」と比べると、置いてある本はやわらかめだ。
何せ「あかつき」には徳川時代の和本、名所図会の類、節用集、武鑑、古地図、錦絵、紙ものが目立つ場所にたくさん並んでいる。
しかも特にガラスケースに入れられているわけでもなく、手にとっていくらでも読める。これは「天牛 天神橋店」では俺は見たことがない。
また小説もほとんど見られず、文学関係は評論やエッセイで、それに対して「天牛」には最近の新しめの文学書が西洋文学も含めて目立つところにたくさん並んでいる。
文庫本も「あかつき」は岩波、講談社学術、ちくま、ちくま学芸ぐらいにしぼられていて、(店頭の平台にはそれ以外のものもある)「天牛」の各種文庫取り揃えとは違う。マンガも「天牛」にはあるが、「あかつき」にはない。
つまり「あかつき」はすごくかたい本を並べて商いを続けているわけで、それが連綿と続いているわけだから、神戸のお客さまに愛されて、信用されている証だろう。
神戸にはそういう本を、繁華街で買い求めたいお客さんがそれなりにいるが、大阪には少ないともいえるだろう。でも元々、須磨までは摂津だから大阪なんだけどね。
雨はその後も降り続いて、試合は中止となった。
今日は月曜日で、朝から出荷。
このところ2階に、仕入れた日ごとに分類して本を置いているので、基本的には探す手間は大幅に短縮。
10時くらいには作業終了。
これならもっと早くにやっておけばよかったと今更ながら思い知らされる。
枚方から特急で三条、久しぶりにブックオフ三条駅ビル店を覗いてみた。
まだまだ同じタイトルの本も多いものの、岩波文庫の『心理学』上、下とか『虚栄の市』1、2、朝日文庫の『グリコ森永事件』、福田千鶴の『豊臣秀頼』、井上章一の『戦時下日本の建築家』など珍しい本もあったので、びっくりした。
また、中公文庫の『フロイス日本史』シリーズが、少し242円の安売り棚の方に移してあるのにも驚いた。これまで数年間ずっと中公文庫の棚にあって、動かざること山の如しだったのに、店の方針が変わったのだろうか。
京阪電車で出町柳に出て、叡山電車に乗り換えて一乗寺。ラーメン街道の近所で、駅前にも「二郎」が昔からあるのだが、町屋風の建物は見当たらないが不思議だ。
新刊書店の「恵文社」に寄って、山田稔の『富士さんとわたし』、山口晃の『趣都』を買う。
前者は30年以上に亘る、茨木に住んでいた富士正晴との私信のやりとりを下に書かれたエッセイだ。
パラパラ読んでいると、ハガキの写真もいくつか掲載してあって、山田の住所も隠すことなくそのままだ。
さっそくGoogleマップで調べてみると、ラーメン街道を少し西に入ったところだとわかる。勝手に伺うのは問題だが、サインが欲しいな。
さて、ラーメン街道に出て、「アリバイブックス」を覗いてから(ここには山田の本はなかった)東大路を横切り以前は畳屋だったという古本屋。
大半100円で売っていて素晴らしい。本以外にも雑貨、小物も扱っていて、以前来た時は豪華な羽子板を売っていた。
また引き返して、少し茶山の方にてくてく歩いて「マヤルカ古書店」。ここで山田稔の「こないだ」のサイン本(2000円)を見つけて購入。