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古本屋日誌
先月の19日から、姫路文学館で車谷長吉の展覧会が行われている。
ちょうど没後10年で、全集の最終巻も刊行された。第4巻なのだが、12000円くらいする。これまで刊行された1から3巻はそれぞれ5000円くらいだったから、かなり上がったなあ。
俺はあんまり全集に価値を感じていない。いくら力のある作家でも大半はどうでもいい作品であり、そういうつまらない作品も含めて読もうという考えが理解できないからだ。
彼の著作は文春文庫や新潮文庫でいろいろ出ているが、直木賞の『赤目四十八瀧心中未遂』などを除いて、品切れになっているものが多い。
文春文庫では『忌中』とか『贋世捨人』、新潮文庫の『漂流物』とかなんだが、これまでは品切れなのに古書価は安かったな。
しかし亡くなって10年も経ってから、全集の最終巻を出すわけだから、出版社としては、充分採算が取れると判断しているのだろう。
確かにこのところ、車谷の文庫本は少しずつ値段が上がっているし、注文も増えている。
昔の小説は、過大評価されてきて、今読んだらつまらないものが大半だ。
娯楽の少なかった時代には、消閑の具として映画、小説くらいしかなかったので、需要が莫大であった。
ものごとは需要と供給の関係で動くので、意味のない小説、くだらないものもいくらでも出版されていた。
また、時代的な制約もある、上林暁が、好んで描いていた酒飲みで、プータローのようで、地域に溶け込んでいた人物なんかは今日では理解の範囲外だろう。
娯楽が多様化して、求められるものも多種多様となった今日では、さすがに昔ほどのいい加減な小説は少なくなったが、それでも、仕事疲れに、なにか肩の凝らないものを読んでスッキリいやして、明日の活力にしようという需要は大きいから、それに応える小説が、パターン通り工業製品のように量産されていることに変わりはなく、そこに才能などというものはない。
でも例えば早川書房が出している経済書の中には、群を抜いて優れたものがある。スティーヴンソンの『トレーディングゲーム』はその一つで、貧しい境遇から身を起こしてFXトレーダーになって大金を稼ぐようになった男の物語だ。
イギリスはつまりは身分制度が温存されている奇妙な民主主義国家だ。
トレーダーになるための第一歩は、有名大学ののうての学生を集めて行われるトレーディングゲームに勝って、著名な証券会社のインターンシップを勝ち取ることなのだが、大金持ちの御曹司たちは親の七光で自動的に地位が保証されている。
その中で勝ち抜いていくには何か秘策が必要なのだが、それは…という話で実に興味深い。
今日は出荷をしてから、神戸のお客さんのところに出向いた。
うちは全て郵便局からお客さんに届けてもらっている。
安い本はゆうメール、1100円以上のものはクリックポスト、厚みのあるものはレターパックプラスかゆうパックとなっている。
郵便局から、本の寸法や厚みを簡単に測れる物差しをもらっていて、特に厚みは3センチを越えるとクリックポストやゆうメールが使えないので、慎重に測定して振り分けている。
少しでも安い方がいいという考えもあるようだが、例えば3.1センチとか3.2センチくらいなら、固いこと言わずに安い方で通してよ、ということなんだが、そんなことばかりしていると、配達してもらう時にポストに投函出来なくて、持ち帰ることになり、局員の仕事量が増加して、迷惑をかけることになる。
送料は絶対必要なものなんだから、全部お客さんに負担してもらえばいいだけのことで、われわれ業者が悩むような問題ではないと思う。
さて、神戸のお客さんの話「六甲道から元町あたりまでに25店くらい古本屋があるやろ。京都や大阪にもそんなところはないよな」
「そうですよね、だいたいどんな街でも残るのはブックオフだけやおもてます。お客さんは何でもこうてくれるブックオフが好きだし、店も広くて、駅近だから集客力ありますよね」
「そうなんやけど、神戸は結局は金をまだ持ってるし、田舎風の地縁血縁が根深こうあるさかい、むかしの古本屋スタイルでも許されてるんやおもうわ」
「神戸の古本屋でエロ本を置いてるとこてあんまりありませんよね。三ノ宮のブックオフも置いてない。大阪や京都のブックオフは置いてますけどね」
「きょうび、エロ本とかエロいDVDなんか見ーへん思うよ。ネットでいけるからな、そのへんは進んでるのよ」
『週刊文春』に長らく、生物学者の福岡伸一が連載している。
4月3日号では、マサチューセッツ工科大学を取り上げていて興味深い。この大学は理系では全米No.1の大学なのだが、定員は1100人くらいで、倍率は25倍もある。
福岡は知人の息子がこのMITのコンピューターサイエンス学科に合格したことや、証券会社ジェーンストリートの、有能な新卒に出す年収が45万ドルであること、MIT入学者の47%がアジア系アメリカ人で、白人の37%をはるかに超えていることなどを指摘している。
なるほど、人口が我が国の3倍以上あるアメリカで、トップ大学の定員が1100、これぐらいの方が中途半端なバカを入れないからいいのだろう。
東大にせよ京大にせよ理系文系合わせて3000人も入学させるのは問題だと思う。
定員を10分の1くらいにしたら、生徒も無駄な努力をしなくなるだろうし、大学も研究に時間をもっと割けるだろうけどね。
昨日もええ天気で、心斎橋のお客さんのところに朝から出かけてから、4時に近鉄八尾で友人と待ち合わせて今東光資料館に出向いた。
今東光は『お吟さま』で直木賞をとる一方、山本駅近くの天台院の住職として長く八尾に住んでいた。その間、全6巻にも及ぶ『小説 河内風土記』を書いていた。
また昭和11年には雑誌『日本評論』に延暦寺の稚児灌頂を題材にした『稚児』を掲載して、僧侶による男色の世界を具に描いた。
さて八尾駅から歩いている5分くらいの官庁街、市役所などがあるエリアに図書館もあって、その三階が資料館だ。
四時過ぎについたが、観覧者は、われわれだけでゆっくり資料を見ることができた。
中でも『お吟さま』の生原稿は白眉で、流麗な文字に朱で訂正が書き込まれている。もちろん各種出版物もたくさん展示してあったのだが、それらの中では昭和史22年に東郷青児の装丁、谷崎潤一郎の序文で出した『稚児』がひときわ目を引く。
それ以外には今と交友があった文人墨客の写真や、今東光へのそれぞれのメッセージも展示してあって興味深い。
ただ郷土史家の牧村史陽は今東光に大阪弁の指導をした人物だが、「もうあんさんには教えることないわ」と言わしめたほど、今の河内弁は達者だったのだが、その牧村の写真がないのは気になった。
牧村は講談社から浩瀚な『大阪ことば事典』を出し、またその前には雑誌『大阪弁』を杉本梁江堂から刊行していた人物で、言葉遣いにはことのほか厳しい人だったのに、今東光は認められていたわけだから、いかに熟達していたかわかろうというものだ。