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古本屋日誌
佐藤のインタビュー記事などなかなか面白い。
その担当は鈴木忠平とかいうライターだ。
「大阪湾と六甲山系の狭間に建つ阪神甲子園球場には二つの風が吹く。海から寄せるアゲインストの浜風と、山からフォローに吹き下ろす六甲颪である、ただ、山颪は冬の季節風であるため、野球シーズンには吹かない。それゆえ虎党は、せめてもの願いを込めて、あの球団歌を唄ってきた」とある。
バカだよなあ。
そもそも甲子園球場に六甲颪なる風は吹かないよ。冬の強い北からの風など阪神地方にはそもそも存在しない。
「大阪タイガースの歌」を作った古関裕而は福島の人間だ。関西の知識はないか、でたらめで、群馬の空っ風みたいなものが大阪にもあるだろうみたいなノリで適当に作詞したと俺はおもうね。
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今日から平安神宮で古本市だ。
早速出かけてみた。
雨が夕方まで降り続くとの予報通り、朝から断続的に雨。
応天門には茅の輪くぐりができるようになっているし、神苑では菖蒲は盛りを過ぎたが、大輪の紫陽花が見ごろだ。しかし観光客は少ない。
門を入った大きな空間に白いテントが三列に並んでいる。雨の中とはいえ、古本市の初日としては人出はかなり少ない。
白いテントには雨を防ぐためにテントの端から地上に付くくらいまでビニールシートが垂らしてあって、テント内で本を見れる人数は限られるが、朝10時の開店時混み合うこともない。
考えてみれば平安神宮で古本市て、異常事態だよなあ。今年限りだろうよ。
コロナ騒動などなければいくら梅雨時とはいえ、京都会館前の観光バス駐車場には次から次へと40台にも及ぶ大型観光バスが乗り入れ、海外からの客も含めてゾロゾロ神宮へ向かうはずなのだ。
駐車場沿いにはできたばかりのお土産、お食事ビルがそびえている。
一階で阿闍梨餅、八つ橋、宇治茶、千枚漬けなどをいくらでも客は買うものだ。一階には他にも手作りのソーセージやアイスクリーム、生ビール、地酒などが味わえるから客は大喜びで舌鼓に興じるはずなのだ。
応天門を入った右手の御朱印どころはいつも行列ができているはずだし、左手の招福所ではおみくじ、お守り、破魔矢などいろいろ手に入れられるからここも大変な人出になっているはずなのだ。
雨にたたられて人出も少ない古本市が改めて京都の受けた打撃を示すかたちになった。
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今日から日曜日まで谷町四丁目の大阪古書会館で古本市をやっている。
早速行ってみた。
参加店はアジア、シルヴァン、唯、真木、ディック、矢野、厚生、杉本、横丁、象々など。前は参加していた池崎やロビンは今回はなし。
レジでは明日初日の平安神宮の古本市のチラシが置いてある。
18軒の古本屋が参加するのだが、チラシの下半分にそれぞれの古本屋の店主の顔写真がコメントとともに掲載されている。
大阪の古本屋が7軒、京都が6軒で京都開催なのに大阪の店が多い。
クラウドファンディングのページの呼びかけ人も梅田で店を構える汎書店だった。
それに京都の参加店は石川やシルヴァンはあるものの、いつも百万遍や下鴨に出店している主だった古本屋は全然加わってない。
つまり赤尾、キクオ、竹岡、吉岡、谷、津田、萩などは参加しない。
この間のコロナ騒動で古本屋は店舗での売り上げは減らしているところが多いが、通販は好調な店が多い、トータルでは大した打撃は受けていない。
通販で儲かるんだったらわざわざ古本市などというめんどくさい行事を開催する意味などないのではないか❓てな判断が京都の古本屋にはあったのかな〜
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きつねやたぬきは食べ進むにつれて味が変化していくのが楽しめる面白い料理だ。
実はカレーうどんもそうなのだ。
今日は京都に仕入れに来て帰りに四条の「おかる」に出向いてチーズ肉カレーを食べた。
たくさん肉が入っているのも素晴らしいが、チーズがまるで溶き卵のように固まって、カレーの辛さを包み込んでまろやかにしてくれる。
ただチーズとカレーの出汁もともにとろみがついているので、両者は容易には混じり込まない。
器の左半分は色鮮やかなカレー、右半分は月見うどんのようになってそれが長く維持される。
味も左は店内いっぱいにカレーの香りが充満するほどのスパイシーさだが、左は月見うどんさながら、優しい味が楽しめる。
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角川新書で広中一成の「後期日中戦争」が出た。
大東亜戦争中も果てしなく続いた日中戦争を網羅的にまとめたもので、蒙を開かれた思いだ。
阿南惟幾は第11軍司令官として長沙攻略作戦を推し進めた。阿南はのちに終戦の決断にあくまで異を唱えクーデターを目論んだ。
さて、当初の方針では長沙の占領は意図せずとのことだったが、阿南は独断であくまで占領にこだわった。
著者によれば「独断自体は陸軍が認めていた」という。
「作戦要務令」には「凡そ兵戦の事たる独断を要するもの頗る多し。而して独断は其の精神に於いては決して服従と相反するものにあらず。常に上官の意図を明察し、大局を判断して状況の変化に応じ、自ら其の目的を達しうべき最良の方法を選び、以て機宜を制せざるべからず」とあるそうだ。
阿南は帝国陸軍が香港攻略作戦を展開していて、その側面支援を意図してのことだったのだ。
しかし大部隊と大量の火器を備えた国民党軍の前に陸軍は敗走してしまう。
当時とはいえすでに民主主義の世の中、一人一人の兵隊の命は重要視された。また帝国主義の戦争が横行する世相では、戦争で物事を決着させるわけだから、勢い軍部の発言権が高まることは避けられない。
だから命を張ることもなく後方で作戦指揮をしているような連中は政府首脳や天皇も含めて軽蔑されていた。
また戦時であるから一々上に判断を仰いでいたら勝機を逸するおそれがあることも納得できる。
いのちを惜しまず勇猛果敢であることは軍人の本分でアメリカ映画の「パットン大戦車軍団」みたいなものだ。パットンは戦場の恐怖に耐えられず精神的に追い詰められて野戦病院に収容されている兵隊を捕まえて罵るのみならず、怯懦だとして殴りつける。
またナチスの敗戦で戦争が終結した後も兵隊を終結させて、「さあ‼️これからモスクワに進軍だ‼️‼️」と真顔で訓示していたよなあ。
パットンはたまたま勝ったし、アメリカの軍人だから、日本のように軍隊への評価が戦争の前後で正反対にもならず、一貫して軍人は評価されていた。
でもやっていることは阿南とおんなじだよなあ。
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