Welcome
古本屋日誌
角川新書で広中一成の「後期日中戦争」が出た。
大東亜戦争中も果てしなく続いた日中戦争を網羅的にまとめたもので、蒙を開かれた思いだ。
阿南惟幾は第11軍司令官として長沙攻略作戦を推し進めた。阿南はのちに終戦の決断にあくまで異を唱えクーデターを目論んだ。
さて、当初の方針では長沙の占領は意図せずとのことだったが、阿南は独断であくまで占領にこだわった。
著者によれば「独断自体は陸軍が認めていた」という。
「作戦要務令」には「凡そ兵戦の事たる独断を要するもの頗る多し。而して独断は其の精神に於いては決して服従と相反するものにあらず。常に上官の意図を明察し、大局を判断して状況の変化に応じ、自ら其の目的を達しうべき最良の方法を選び、以て機宜を制せざるべからず」とあるそうだ。
阿南は帝国陸軍が香港攻略作戦を展開していて、その側面支援を意図してのことだったのだ。
しかし大部隊と大量の火器を備えた国民党軍の前に陸軍は敗走してしまう。
当時とはいえすでに民主主義の世の中、一人一人の兵隊の命は重要視された。また帝国主義の戦争が横行する世相では、戦争で物事を決着させるわけだから、勢い軍部の発言権が高まることは避けられない。
だから命を張ることもなく後方で作戦指揮をしているような連中は政府首脳や天皇も含めて軽蔑されていた。
また戦時であるから一々上に判断を仰いでいたら勝機を逸するおそれがあることも納得できる。
いのちを惜しまず勇猛果敢であることは軍人の本分でアメリカ映画の「パットン大戦車軍団」みたいなものだ。パットンは戦場の恐怖に耐えられず精神的に追い詰められて野戦病院に収容されている兵隊を捕まえて罵るのみならず、怯懦だとして殴りつける。
またナチスの敗戦で戦争が終結した後も兵隊を終結させて、「さあ‼️これからモスクワに進軍だ‼️‼️」と真顔で訓示していたよなあ。
パットンはたまたま勝ったし、アメリカの軍人だから、日本のように軍隊への評価が戦争の前後で正反対にもならず、一貫して軍人は評価されていた。
でもやっていることは阿南とおんなじだよなあ。
iPhoneから送信