Welcome
古本屋日誌
店舗を構えて古本屋をやっている友人の話。
「映画のポスターを毎日のように持ってきて『これなんぼするねん❓』て聞きにくる客がおんねん。『あーその侍ゆうやつは1500円ですわ』と答えたら、『そんなもんなんか、安いもんやなあ』ゆうて帰ってしまう」
売る気もないのにポスターを持ってきて値段を聞く、自慢したいわけですな。実に下らないし、バカです。
「若い男が入ってきて本を見定めているんやけど、なんか電話がかかってきて本を物色しぃもってペチャラクチャラ話してるのはイライラするなあ。それも10分くらい店の中で話しとるんや。もちろん何も買わんと出て行きよったしな」
確かにストレスのたまるシチュエーションだな。
iPhoneから送信
品切れになっている本を買うには通販は有効な手段だ。
古本屋のサイトなんかを覗いてもほぼ徒労に終わるから、通常はAmazon、日本の古本屋、ヤフオク、メルカリなどの大規模なサイトで探すだろう。
値段がほとんど同じ本もあればそれなりに差がある本もあるから、私は何度もいろんなサイトをチェックして少しでも安いものを買おうと試みる。
その話をお客さんにしたら
「おまはんな、そんなもん時間の無駄やろ。Amazonで見つけたらちゃっちゃとこうてもうたらええやんか、日本の古本屋のサイトに移動するのにヒマいるし、また打ち込まなあかんやろ。そんだけ手間かけてあれへん可能性もあるやろ」
なるほど確かにネット通販の長所はピンポイントで欲しい本が見つかるところにあるわけだから時間の節約こそが要諦だということだな。
それはそうなんだが、リタイアしてからの相当に長い人生ではむしろヒマをどうつぶしていくかが大問題だ。
以前聖護院で安い下宿を探したことがあって、周旋屋が紹介したのは岡崎公園の疏水べりの旧家の二階で「ここの婆さんが話し相手を求めていはりますねや、お家賃は3万くらいでかまへんゆうてはりますよってに」とのお話で、実際にお宅に伺ったら車椅子に乗って膝に赤いバンケットをかけた優しそうな婆さんがニコニコしていた。
そうだよなあ、年老いたとはいえ、おそらくまだまだ20年からはありそうな老後を持て余している様が見て取れた。
iPhoneから送信
古本屋はネットでの通販が売り上げのかなりのウエイトを占めるようになっている。
コロナ騒ぎですごもり需要が高まり以前に比べて通販の売り上げは大いに伸びているからだ。
それに購買層は近所の人ではなく、全国津々浦々の1億2千万人であるから、需要は膨大であり、相当おかしな品揃えであっても必ずそれを求めている人が層として存在している。
うちの店など主力商品が大阪の本やきちんとした大学生が学ぶ文庫の基本書であるため、例えば十丁目筋に店を構えたとしても数ヶ月で万歳することは間違いない。
大阪は出版社が全然ない上にちゃんとした大学も郊外にあるところが多いから、商売の材料として本を使う需要が少ない。
だから本を読むのは純粋な趣味からとなってしまい、そうなるとゲームやアニメやYouTubeなど本に比べて遥かに面白い商材と競いあわなくてはならず、勝敗は目に見えている。
しかし通販となるとそんなことはなんの問題もなくいくらでも売ることができる。
店舗の商売なら近所の商店の老舗の人たちにご挨拶をして人間関係を作り、お客さんにも気を配ってどのお客さんにもそれなりに満足してもらえるような品揃えをすることが、こと大阪では求められる。
でもそれは古本屋の経営者の自分としてはあまり面白くないことで、つまり趣味に合わないのだ。「お客さんからお金もらうんやから、辛抱せなあかん」とこれまではなってきたわけだ。
しかし、通販ならそんな心配はなく、自分の趣味やこだわりに特化した商材を扱うことができる。これは古本屋でいえば、神田の古本屋街みたいなものだ。
ビートルズに関する本だけを扱う古本屋、万葉集に関する書籍に特化した古書店そういうヘンテコな店がいっぱいある。こういう客を選ぶわがままな店は東京という特権的な都会にだけ許された形態だった。
たくさんの大学を抱え、その上出版社やマスコミを独占している東京だからこそこういうふざけた品揃えが許容され、商売が現実的なものになってきた。
しかし通販の広がりとコロナ騒ぎで今や全国どこも東京化したといえよう。
iPhoneから送信
本を仕入れることが古本屋の仕事の最大にして最高の業務だ。
お客さんの依頼で買い取ることもあるのだが、これまでの現実から言うと全く必要なない本の買取要請が大半である。
時代小説のシリーズものやベストセラーの小説やエッセイの類が多く、いずれも通販にはなじまない商材だ。
うちの近所の国道163号線には何か所も紙ゴミの集積所がある。
覗いてみたら紐で結えた本の束も散見される。三省堂の「新明解国語辞典、第二版」や「世界神話事典」などもある。しばらく物色していたら
「にーちゃん、わしはここの束ねゆわれてるもんなんや、勝手に持っていったらあかんで」とのことだった。そりゃそうだろう。
出入りのトラックの業者にお願いして適当な本が出たら持ってきてもらう手がある。
ただこれも見ていたら投下される本や雑誌の量は膨大で雑誌は大半がボロボロの少年ジャンプや週刊文春なので、受け取ってもそのあと大半を処分せざるを得ないだろう。
iPhoneから送信
東大路丸太町には京都大学の寄宿舎の熊野寮がある。
様々な事情でたくさんの学生が入寮しているようだが、能力のある学生に教育の機会を保証する意義のある施設であることは間違いない。
ただその一方で、バカを生み出す工場になっていることも事実だ。
安い家賃、食堂を備えた快適な環境、勉強しなくても大丈夫な学生を縛らない大学のシステム、長い受験勉強からの解放感、知識や教養が欠如していても意見を言っていい生温い土壌などが相まって人間が堕落しやすい環境が用意されている。
京大の学生だから能力が高いというのも大きな間違いで年間3000人以上も合格者を出しているのだから、大半は必死に努力してやっとどうにかなった程度の連中に過ぎない。
こういう生温い中途半端な人間への京都の人の考えはどうなのかいつも気になるところだ。
高卒で叩き上げの運送屋Y君の言は「熊野寮の学生さんで京都市役所の就職の面接があるのに酒を前の晩飲み続けて行けずにパーになった人おったな。ほんまあほやで。あれやな、頭がええのと世の中で金儲けできるのとは全然違うよな。それに勉強も大事やけど息抜きもな、要る思うで」
ものすごく好意的な発言ですな。これがまたバカをつけ上がらせるもとになるんだろう。
iPhoneから送信