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古本屋日誌
今朝はどんよりしていて、しかしあまり暑のうて、風もあり、しのぎやすいです。
先日亡くなった田辺聖子の芥川賞受賞作「感傷旅行」の初版本、帯付きを入手しました。ぜひお求めください。この作品は角川文庫に入っているんですが、文庫とは収録作品が違います。文庫には血気盛んな播州路でのバス同士の行き違いを巡る争いの話が載っていますが、単行本にはありません。単行本の帯には芥川賞選考会を経た感想が綴ってあります。
受賞作の「感傷旅行」はライターをしている三十女が社会変革を訴える共産党の活動家に惚れてノロケるのだが、結局男には職場で別の女がいることがわかってしまうという話です。なんせ1964年の作品ですから、共産党やら社会変革やらへの期待感や敬意なんかは、今のわれわれにとっては全く理解できません。
ただまあこういう痛い女はどこにでもいますよね。IT社長と付き合って舞い上がり吹聴してる女、課内のモテる男として一夜をともにできたと自慢げに語る女とかは可愛げがない。
まああれですかね、今ならユニセフの活動家とか、学生なのに被災地のボランティアに打ち込んでいる男とか障害児童の普通学級での教育を訴えて自ら車椅子を押して毎朝子どもと登校する支援者とかかな。
そういうひたむきな男に惚れてのめり込む女はバカなんだが可愛げがあるし、ハラハラして目が離せない感じもする。田辺聖子はそういう女を描こうとしてまあうまくいったわけです。
ただ田辺にはこの作品ならかなり評判になるという計算もあったと思うんです。大阪は権威を嫌うとか、反体制とかいわれていますが、実際はそんなことは全くない土地です。車でも四角いベンツやボルボなんかが走っていたら近寄らないようにするけど、適当な軽ならどんどんあおります、そういう権威にはすぐに屈する土壌ですからね。ただやたらに僻み根性は旺盛です。何か威張ってひけらかすスタイルは嫌なんです、おそらく自分とひきくらべてげんなりしてしまうからなんでしょう。
田辺はこの小説で共産党の男を社会変革のために命を張って、人のできない偉大な人生を歩んでいる存在に描いて、うまいこと大阪人の僻み根性を刺激したのです、
今朝は曇り空で蒸し暑いこと蒸し暑いこと。
以前京都テレビで杉良太郎の「遠山の金さん」をやっていたが、最後に杉良太郎が諸肌脱いで桜吹雪を見せつけて度肝を抜き、次のおしらすの場面につながる、例のいつものわらけるシーンがありますよね。
杉良太郎が啖呵を切って、やがて遠くの方から「御用だ、御用だ〜〜」と北町奉行所の与力同心の到着となりますが、やたらにエキストラが少ない。三、四人しかいない。悪党はえらい多いのに大丈夫なんか〜〜と心配してしまいますな。ひどい時は与力も同心も全く現れない時がありました。「御用だ〜御用だ〜」の呼び声だけこだまして、見れど探れどだーれも現れません。
まああれですね、エキストラを雇う金がないわけです。みなもと太郎が学生時代に東映太秦撮影所でアルバイトをしていた時の話をエッセイに書いてますが、時代劇のエキストラは本職のヤクザを使っていた。従って日本刀の切り込みも鋭く、迫真の演技だったとのことで、さぞかし素晴らしい殺陣だったんでしょうな。
翻って人気テレビドラマ「相棒」は視聴率も高く、ストーリーとしてもよく練られていて見ていて飽きがきません。筋立てもいいし、杉下右京や亀山薫のやり取りも楽しい。しかしなんといっても無駄とも言えるくらいのエキストラの多さ、質の高さには驚かされる。
警視庁庁舎内で音楽隊の隊員と刑事の2名が青酸中毒で殺された話では、幹部連中が巨大な丸テーブルを囲んでああだこうだと雁首そろえるんですが、人数は40人くらいはいる。それだけいるのに発言するのは部長とその取り巻きの数人で、あとの30人以上はまああれですな、にぎやかしですよね。雰囲気を出したいためにそれだけ用意して、皆警視庁幹部のにぎにぎしい制服に身を包んでいるわけですからあきれはてますな。
一課の伊丹が取り調べをするシーンでも、取調室に詰めかける刑事の数が異常だ。狭い部屋に20人くらいはいる。取り調べをするのは2人くらいしかいないし、書記は1人だからなんでこんなに要るんだろう〜〜
昨日も天気予報通り夜半から雨で朝には上がりました。
日経BPから「ファクトフルネス」が出て書店でも平積み、早速読んでみました。ピンカーの「暴力の世界史」を読んだ後では衝撃は少ないものの、世界の平均寿命が70歳を超えているとか、乳幼児の死亡率が激減している、戦争での死者数も減少の一途だ、自然災害での死者数も大きく減っているし、経済的に豊かになってきた国々は女が生む子どもの数も大きく減っていて世界人口は2100年に110億になり以降安定するなどの話は興味深い。
何より貧困層の数が大幅に減少している事実は人類が徐々にではあるがいい方向に進んでいるような気分にさせてくれる。でも地球温暖化は間違いない事実で、その原因は日本やアメリカなどの裕福な国々が大量に排出している二酸化炭素によるものだという。
この本には2011年の東日本大震災の話も載っていて、原発周辺の病院などから無理に避難したために、必要な医療が受けられず震災関連死が1000人も出てしまった。これは人間が目立つことや日常から外れた現象にオーバーに反応してしまう悪癖からきているものだという。
この例は穏当なものとは思わないなあ。あの原発事故はラッキーだっただけのことで、チェルノブイリ以上の惨禍を招いていた可能性も確かにあった。そんな中で病院の職員が患者を基本的には見捨てずに連れて避難しようとしたのは大したものだ。
今日も垂れ込めて梅雨らしい様子で、世界が雨を待ち焦がれている雰囲気です。
中公文庫から去年全4巻で大岡昇平の「レイテ戦記」が活字を大きくし、新たに大岡昇平自身の講演による自作解説などを加えて刊行。
大岡昇平が言うように地図は添えられているものの、アメリカ軍との細かい戦闘の記録が綴られていき、無限ループのような印象がある。これも大岡自身が体験した戦闘を、そこで命を落とした多数の大日本帝国の将兵の御霊を追悼するためのものであるとするならば納得もいく。
アメリカ軍の記録も多数の参着して「1人の日本兵が棍棒一本持って襲ってきたのには驚いた。これの息の根を止めるのに銃弾15発を打ち込まなければならなかった」とある。機関銃や火炎放射器などの圧倒的な火器で武装したアメリカ軍に投降もせず、樫の棒で立ち向かうという常軌を逸した行動に米兵も取り乱して正気を失っていたわけです。
大岡は特攻に関して「その計画者も実行者も殺気に動かされていた。こういう感情は軍部という片寄った教育を受けた武装集団が存在する以上必ず育つものであり、それに鼓舞されて職業軍人はよく戦うのである」と書く。
まあ確かに戦争が出来るというのはそういうことなんですね。
「レイテ戦記」には殺気にかられたオモロイアメリカ軍の指揮官の話もあってカリガラ地区の戦闘で山から日本軍の迫撃砲を受けてアメリカ軍は立往生し、砲兵の掩護射撃をニューマン連隊長に具申したが「進むんだ、こんなところは砲兵に頼んだって頼まなくったって一緒だ」と却下された、ニューマンは先頭で歩きだしたが、日本軍の榴弾の破片が赤毛のニューマンのみぞおちに当たった。後方へ運ばれる前に彼は弾幕射撃の許可を出したとある。
まああれやな、オモロイやつやね。ニューマンの殺気もみぞおちの破片には勝てませんでした。
昨日の晩は遅うからしとしと雨が降り出しおそらく夜を徹して降っていた。結構なことだ。
京阪電車の萱島駅の大阪方面のホームには樹齢700年を越すといわれる巨大な楠の木がそびえていて、もともと複線の線路が現在の京都行きのホームのところにあったが、高架複々線工事を進めるにあたって、楠の木の土地が線路にかかってしまう。伐採もやむなしとなっていたところが、「地元の要望に京阪電車が応えて」駅のホームに巨木を抱え込む形で残すことにしたと美談めいてよく語られます。
しかし地図を見たことがないのかね〜〜
大和田から萱島駅を経て寝屋川市駅に至る線路は一見直線に見えますが全然違います。大和田駅から萱島駅の手前までは確かに直線ですが、萱島駅の手前から緩やかに南にカーブして楠のところに至り、また大きく角度を変えて、今度は寝屋川市駅に向かっています。
誰がどう考えても大和田から普通に寝屋川市駅まで直線に線路を引けば複々線であろうが、楠の木敷地のはるか北側を通すことができます。
では何のために神威をないがしろにしてまで、軌道を南寄りに変えたのか、これはわかりませんな。何者かに慮ったのか、それとも軌道を変えるために必要な地上げが京阪電車にとってめんどくさかったのか、よくわからない。