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古本屋日誌

2018-09-20 15:44:00

今日は10時くらいから雨が降り出してしのぎやすい。近所の巣本の交差点の歩行者用信号は先日の台風で折れ曲りあらぬ方向を向いてしまっていたが、今日確かめたら直っていた。この交差点の北東隅は以前はガソリンスタンドがあったようだが、御多分に洩れずま経営難で潰れ今は「メガネの愛眼」になっていて、元がガソリンスタンドだから敷地が正方形で相当に広く、対して店舗は奥にちんまりあるだけでやたらに大きな駐車スペースがある。まあメガネ屋はガラス玉が原料だから儲かるんだろう。よく駅頭でコンタクトレンズはどないやゆう小さなチラシを配ってるやつがいるが、あれもティッシュをつけて客が取りやすいようにする気遣いはない。コンタクトレンズが欲しいやつはバイトの出す声に反応してきてくれるし、来ないやつは来ないから別にチラシを取ってもらう努力をする必要がないのだ。まあほとんど取る人もいないチラシをえんえんまかされるバイトは気の毒だな。

「大阪春秋」の2号に寺島珠雄が「織田作雑記」を書いていて彼が支那事変から四年後、大東亜戦争の一年少し前に「夫婦善哉」を雑誌「文芸」に載せ得たのはちょうどその頃最後に言論統制がゆるんだ時だったからだとゆう。その号は朝鮮の文学特集で金史良とかも書いているし、何より宮本百合子や徳永直も評論を書いてるわけだ。確かに結局転向しなかった宮本百合子を登場させるのは勇気のいることだろうから寺島の話も説得力があるな。


2018-09-19 12:34:00

今日もかなり暑なってきましたな。日中はそれこそ大変で汗まみれになります。

タイガースの金本監督は2003.2005年の優勝の立役者で、気合の入った男ですが以前FXで損をした時に胴元に「俺には自衛隊が付いてるから、気をつけろよ」と面白いことをゆうてたと週刊誌にありました。

新田たつおのマンガ「満点ジャック」はさいとうたかおのゴルゴ13そっくりの男が家庭教師になってバカを教育する話だが、暴走族のダチ公につきまとわれて勉強がはかどらない子どもを集中させたいので、自衛隊の戦闘機に頼んで自宅周辺で騒いでいる暴走族の集団にミサイルを発射し、おののく子どもに「安心しろよ、俺には自衛隊がついている」とゆう話があったが、金本もこれを踏まえて笑いを取ろうとしたのだろうが、そうは受け取られず、単に非常識でバカなやつとなった。

ジャイアンツの原は以前おかしな女と付き合って、妊娠したからと脅されて1億円はろたことがあった。さすがはプロ、額が違うなあ、豪快で素晴らしい。その後かたがついたはずなのに、女が顛末を記していた日記が週刊誌に公開されてことが明るみに出て気の毒だった。


2018-09-18 11:55:00

昨日は過ごしやすい気温でした、1日ごとに暑かったり涼しかったりと目まぐるしく変わるので不思議な感じです。

祥伝社新書から井上章一と本郷和人の「日本史のミカタ」が出ました。日本人という意識がいつ頃出来たのかの話が面白くて、井上は元寇の時に九州の侍は圧倒的な元の大軍を見ても「あーこらあきまへんわ、わてら向こにつきますわ」と降伏することなく勇敢に戦い続けたわけだからその時点で既にわしらは日本人で、その祖国を守りたいんやという意識があったとする。本郷は「元の連中が話す言葉が日本人のそれとは全然違うので違和感があったのではないか」というが井上はヨーロッパではかなり言葉が違っていても負けると思ったら寝返るのが普通だからそれは成り立たないと反論していた。

なるほどね、確かに元の10万とかなんとかの大群を見たら普通「やめとこか」思いますよねー最近の研究で神風みたいなものは大して損害も与えていないことが明らかになり、文永の役の時は1ヶ月にも戦闘が及んでいるわけでそれでも降伏しない、裏切らないというのはナショナリズムではないだろうが、やはり島国日本を守りたい意識は間違いなくあったんでしょうね。


2018-09-17 12:11:00

なんか蒸し暑い日が続いていてまた夏が戻ってきそうで困る。夜中は涼しいのだが日中は湿度も高うて、汗してもべったり張り付いた感じがぬぐい去れない。

樹木希林が亡くなり残念だ。朝日新聞に少し前彼女が自叙伝風のエッセイを連載していて例の「寺内貫太郎一家」の原作者である向田邦子を評して「毎回下手くそな、よくわかってない脚本を遅れて書いてくるので嫌だった」とか「向田邦子はこの作品であれこれ学んで少しはマシになったのだろう」とか樹木特有の毒舌を遺憾なく発揮しているのを読んでビックリするとともにまだまだお元気そうだなと思っていた。向田邦子は私の最も好きな作家で、日常に潜む心の闇を淡々と描くことのできる稀有な才能だと思っていたのにこうもけちょんけちょんに言われるとは残念だと感じた。

まあ確かにエッセーなどに比べたら小説や脚本は劣るのかもしれないし、いくら天才とはいえ気持ちの入らないとかもあろうし、努力の過程で雌伏の時期だったのかもしれないしなあ。

古本屋としての話をすれば向田邦子全集は以前全3巻で文藝春秋から出ていてものすごい分厚い本で箱に入っていてだったが、この前軽い新書スタイルで新装の全集が出た。売れ行きはというと旧版の3巻全集は2000円くらいにしてもなかなか売れない。横幅が7、8センチくらいもあってちょっと向田邦子のイメージに合わないからかもしれない。新装版はあまり手にしたことがない。

 


2018-09-16 10:57:00

今朝はまた蒸し暑なって作業していると汗みずくになりました。去年までは9月といええろう暑うて、秋のかかりだという雰囲気は皆無でしたが今年は気温も下がり風も出てきてしのぎやすかったのに残念。

古本屋の商品である本を集める方法ですが、お客さんからお電話をいただいたり、ご紹介いただいて買い取るのは一応あるのですが、基本的にお客さんからの買取はなかなか欲しいものがなく、お売りいただいたものの半分以上下手をしたら9割方は処分しています。他に私は大学に伺って営業しています。研究室に行ってご不要の本を買い受けるのですが、専門的な本はなかなか価値をつけるのが難しく、しばらくお預かりしたら知り合いのその分野の本屋に頼んで査定してもらっています。先日はある先生のところに行って本棚を拝見していたんですが昭和46年発行の角川文庫「八つ墓村」の再版、つまり白い背表紙のやつがあり、「先生ーこれね、私まだ手に入れたことがないんですよ、これからまたええ本があったら持ってきますよって譲ってもらえませんやろか」などと頼み込んで「ああ、まあかまへんよ、しゃーけど、再版やで」と鷹揚にお譲りくださいました。初版だけが白い背表紙ではなく、再版や以前見たものでは4刷でも白い背表紙のがありました。

他には廃品回収の業者さんにお願いして本が出た時に持ってきていただいて全部買い取るというのがあります。同じようなやり方ですが、図書館の廃棄本を手に入れる方法もあります。だいたいの図書館は蔵書を収納するスペースに苦慮しておられて、毎年二回くらい一人100冊までただでいただけることがあります。確かにカバーに保護のシートが貼ってあったり、蔵書印があったりしますが、読むぶんには何の支障もありませんし、汚れている分安く売ることもできるのでありがたい存在です。あと喫茶店や特定郵便局、銀行などに置いてある週刊誌、これもきれいな状態のが多いし問題なく売れます。それから以外に大量にお譲りいただけるのご海外の邦人がぎょうさん勤務している町です。故郷の情報が恋しゅうてかなりいろんな分野の本をお買い上げのようで重宝しています。

というわけで古本屋はほぼゴミ屋であり、ゴミ屋に徹することでいい本が手に入ると思います。


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