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古本屋日誌
こないだNHKで「満願」というドラマをやっていて西島秀俊扮する商社マンが東南アジアの某国に出向いて天然ガスの採掘権を取りたいと暗躍する話で、結果を出して認められたい、部下が死んだり怪我したりしていて後に引けないというような事情と土人の長老が外国人が採掘権を取得することに激しい難色を示したことで、長老と対立する部族の長にそそのかされて抵抗する長老を車で轢き殺した。殺害現場に一緒にいたライバル会社の男がしゃべるのでないかと邪推して、日本まで追いかけていき、殺害するが、その男はコレラに感染していて自分もうつってしまい困るというストーリー。かなり粗雑なドラマであきれました。西島秀俊も大して上手くなく、長老の殺害を決意するシーンは点いていたろうそくが消えて西島の表情が見えなくなるようにしていて、大した演技ができないゆえで、残念だ。
まあ娯楽はこの程度でもドラマ化されてしまう、大衆向けだからということなんだろうが、ゲームとかスポーツとかに比べても低レベルだろう。まあ需要と供給の関係だから引きがあればバカな作品でもかまわないということで、世の中才能などいらないんだということはよくわかる。
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谷沢永一がよくゆうてたように「大阪は雑誌はカッコええねん、シャアけどあんなもんは人気ないねん、大阪はやっぱりちょっともっさりしたやつが大衆の好みなんや。その証拠にあいつ偉ぶってるゆうことなったら、そら早いでー手のひら返しでもうあんさんいらしまへんわなってまう」その通りでしょうな。大大阪モダニズムとかゆうてるけど、あれは単に東京のモノマネでしょう。今回の展覧会でも一番大大阪モダニズムを感じたのはキャバレーのチラシでした。根本の率いる「巨大キャバレー赤玉」のチラシには古代エジプト建築とパリの建築とを融合したビルだとある。村野藤吾の手になるものだが興味深いなあ。
昨日は台風だということで兵庫はえらい早うに、午前中に暴風警報を出しあきれ果てました。大阪はさすがにそこまでバカではなかったが、それでも1時半ごろ発令、意味のないことをありがたがる猿の遺伝子のおかげで気象庁はありがたがられるだろう。
ビートたけしが平成15年に出した「悪口の技術」を入手しました。ビートたけしの本はかなり多いが「だから私は嫌われる」のような時事ネタは季節ものなのであまり値上がりというわけにはいかないがツービート時代の新書なんかはプレミアがついていて興味深い。
この「悪口の技術」には「大阪だめやねん」なる一章があり、オリンピックに大阪が立候補したが投票で北京に敗れたことを取り上げて大阪が運動費に116億円も使いながらたったの6票しか取れず惨敗したのに、新聞は「北京に栄冠‼️」とまるでシナの新聞であるかのような記事を載せていた、大阪はなめられたもんだという。
ビートたけしの批判のポイントは大阪がイキって東京のマネ、二番煎じをしているのを叩くことにあり、これは全くおっしゃる通りだろう。夢洲だの何島だの使い道もない埋立地を大阪湾にたくさん造成して、オリンピックとなったらアクセスはこないこないしてなどと取らぬ狸の皮算用ばかりに励んでいた大阪市役所の連中ほど役立たずはいないな。 今年の秋には万博の開催地が決まるのだが、例によって大阪も立候補していて、まあいくらなんでも6票しか取れずに落選ということはないだろうけどな。こないだ東京の根っからの住民であるお客さんと話す機会があって「そらな、大阪はな、ターミナルゆうたらキタとミナミへてから天王寺くらいやろ。東京はなその程度の街がな、なんぼでもあんなや、新宿、池袋、渋谷、上原、代々木、ちょっと郊外になんねんけど立川、町田、吉祥寺、中野、八王子とかもうなんぼでもあんねんで。それこそみんな百貨店やら、パルコやら、なんやかや見るとこいっぱいやで」という。そういうもんかなあ。金回りのいい消費都市なんでしょうけど、梅田や難波や天王寺がいくつもあったら、なんかハードル高すぎで面白ないことはないんかなあ。
ただビートたけしは「少年」と
いう小説で父親を亡くして母と兄の3人で大阪に出てきた主人公を描いて「大阪の夜空は厚化粧の女みたいだ」とか学校では「東京モン」言われていじめられた話を書いているので、何か大阪に含むところがあるのやもしれない。
台風の接近で、JRは明日は間引き運転をするそうで過剰な反応がお好きですな。
大阪の古本屋で天牛書店は本店は自社ビルでテナントも入れていて、なかなか繁盛してると見受けられる、他には天牛堺書店も10カ所以上の販売拠点をかかえ、一時は難波に進出して羽振りが良いように見受けられる。しかしそれ以外の古本屋は財をなしているとはちょっと言いにくいような店構えで、やはり古本屋稼業はもうかりません。まあ別に儲からなくても構わんのですが、お客さんと話していて違和感を覚えることがあります。それは「俺の本を安う買い叩いてもうけてるやろ」というもので、正面切ってゆう人もいますし、それを言いたそうな雰囲気が充満している人も数知れません。
本はもともと安いものです。新刊でも2000円も出せばいいのがいくらでも手に入るし、いったんこうたら何回でも読めるし古本屋に売って資金を回収することもできる。歴史的に見ても昭和戦前の本は今で言えば4000円くらいは平気でしていたし、例えば藤澤桓夫の「大阪の話」など箱に入り、カバーもしっとりと輝いているわけです。それ以降本の値段はどんどん低下しいまやほとんどは2000円も出したら余裕で入手できます。車やらパソコンやらスマホに比べてこれほど安いものはない。それにもかかわらず、高い買い物をしているようなことをいうひとが多いのは、まあ活字に対して価値の置き方が異常に低いということだろう。
まあ普通の人は基本的に本は読まないから、役に立たないものに金は出さない。しかし一応学習院大の文学部の教授である中条省平なんか、それなりの金は大学からもうているであろうに小林まことの長谷川伸シリーズを読みたなって、古本屋に注文したらバカ高い金を取られたと書いているのは実に深い違和感があるな。そんなその辺の大衆みたいなことは言わないでほしいもんだ。
台風の接近のせいかかなり暑なってます。もっとも夜中は気温も下がっていて風はないものの、寝苦しさはありません。
ロバートライトの「なぜ今、仏教なのか」は人類が長年の狩猟生活でてあ性向がパソコンやスマホを駆使する現在の生活に合わなくなっていて、そのため自分がいいと思うこと、好ましいと考えることをやってしまうと逆に体に悪いことがあると主張したい本です。ライトはこの中で甘い物好きの人を例に出して、狩猟生活では甘い食べ物はきわめてレアで、見つけたら好ましく思うように長年の生活から離れプログラミングされているが、現代人がいくら甘い物好きといえ、いつでも手を伸ばして食べてしまうようでは、高血圧や糖尿病を引き起こしかねません。つまりは我々の好みや趣向はそのまま肯定できるものではないわけで、著者をその成否を瞑想によって見極めていくことが大切で、それが実はブッタが大昔に唱えたことなんだという。
なるほどね、それで気象庁は何の意味もない暴風警報を毎回出すんですね。こないだの台風など、まだ関東にいるときに大阪や兵庫に暴風警報が出て、日がさんさんと照り、無風の中仕事をやめさせられて帰宅したひとがたくさんいました。まあそれも外れても外れても蛇に襲われるのではないかという予感を大事にして暮らしていた我々の先祖の名残なのだろうから致し方ないのだろう。