Welcome
古本屋日誌
夜中かなりの雨で窓を開けて寝ていましたが起こされてあわててしめました。倉庫で整理中谷崎潤一郎が文藝春秋に書いた阪急電車の記事が出てきました。子どもがばばをしたくなり母親が衆人環視の中床に新聞を引いてというやつです。降りりゃあええのにと思わないでもないが、人前で肌をさらすことへのタブーはあんまりない時代だったことを考えたらそれでよかったんでしょう。
またまた暑いですね、千林のお宅に伺い呉智英の文庫などをお譲り頂きました。呉智英は大阪が食い倒れと称されるのに疑問を投げかけ、ほんまはそんなに食い道楽やないやろーと書くわけです。根拠は森田たまの「もめん随筆」はいいとして、道頓堀の「くいだおれ」(あの上から下まで食いもんややったビルです)の創業の言葉に大阪をくいだおれの街にしたいとあることなどをあげています。くいだおれの街にしたいということは今はそうやないやろということなんですね。まあ確かに食べ物でどれだけぜいたくできるかゆうたらたかが知れてる感じもしますね。着倒れとか建て倒れならなんぼでもいくでしょうがね。
私は住吉で育ちましたが難波に親に連れられて行っても精華小学校うらの「すし半」で天ぷらうどんを食べるのがせいぜいでした。
昼間は暑い❗️今日は上本町六丁目のお客様から吉田健一の文庫本などをお譲り頂きました。吉田健一は大阪びいきなので大好きなんです。今日お譲り頂いた中にも講談社文芸文庫の「旅の時間」があり「この大阪という東京より数段上等な街に…」とか東京では普通の家から三味線が漏れてくるということはもはやないがそれが大阪にはあるんだというようなよいしょしてくれる記事がたくさんあって心洗われます。
昨日は朝から雨でふらみふらずみ蒸し暑かったです。花登筺の「ぬかるみの女」がありました。宗右衛門町の巨大キャバレー(メトロなのか富士なのか)でホステスが客を迎えるシステムが説明してあって、エントランスの左右にホステスが並んでいて、指名がない客は先頭のホステスが付くのだそうだ。メトロは「めし」に映像がありましたけど、他にも桂米朝が出ている「ネオン太平記」にも内部のシーンがあるそうですが、これは見たこともないです。
朝方かなりの雨で蒸し暑くなっています、倉庫の整理をしました。寺島珠雄の「私の大阪地図」が出てきてこの中に古川橋駅前にあった第1中学を作る工事に寺島が参加して門真でしばらく寝泊まりしたはなしがあります、例の幸福町という古川橋の地名に、よくもこんな馬鹿馬鹿しい地名をつけるものだと憤慨しているのが繊細で考え続ける寺島らしくてうれしい。
歌人の俵万智も門真に住んでいたのだが、そしてエッセーで(福井にいたにもかかわらず)叔母から大阪弁が本当にきれいだと褒められて嬉しくなる話がある、俵万智がちゃんとした大阪弁を話している印象はないのだが、どうしたのだろうか?それにしても大阪弁が褒められた時代があったのもうれしいことだ。