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古本屋日誌
今日から阪神百貨店8階で古本市、朝から行ってみた。
昨日は夕方からずっと雨で、普通なら寒くなるところだが、今朝は風もなくぬくい。
天満橋から谷町線で東梅田に出て、てくてく歩いて9時45分くらいに地下一階の入り口前、その時点で並んでいる人は10人くらいだ。
開店時エレベーターは1階に停まっていると聞いたことがあるので、本当は1階で開店を待つべきなんだろうが、やはり寒いし、地下一階なら入ってすぐ右に折れたらエスカレーターが3台あることも知っているから今回もここにする。
さて今回も、すぐにはエスカレーターには乗れず、また年末の買い物で訪れている人もいたせいで、エスカレーターは2階、6階にも停まったので、少し8階に行くのが遅れた。
今回の古本市には大阪8、京都5、神戸5、三重1、愛知2、岐阜1、金沢1、富山2計25の古本屋が参加している。
百貨店の古本市はいつもながら快適だ。
雨風も関係ないし、温い、また催し物会場は広大なスペースがあって、各店のワゴンや平台の間隔も十分とってあって、お客さんがごった返す感じはない。
お店によっては本のカバーにさらに透明なカバーをかけているところもあって、本の美しさが際立つ。
今回、珍しいと思ったのは、朝日文庫から出ていた『オウム裁判』全13巻揃に『オウム裁判傍聴記』を添えた14冊で33000円というやつだ。
この本はわりと人気があって、俺も最初の方の何冊かは扱ったことがあるけれど、全巻揃というのは初めて見たな。
他には岩波文庫のロックの『人間知性論』全4巻揃、リクエスト復刊の帯付(5000円)というのも珍しい。
また、蛭子能収のコンディションのよい単行本が2000円くらいで並んでいた。
ちくま文庫の中沢新一の『観光』は珍しい、値段は5000円。
大阪の玄関に聳える百貨店でモノを売るにはかなりの場所代もかかるだろうし、重たい本を8階まで運び込む労力は大変なものだ。
通販をメインにしている古本屋なら、当然だと通販価格で売りたいと考えるものだろう。
店舗を構えているお店でも、相当な手間と時間をかけるのだから、それに見合う利益を追求するのではないか。
しかし、そういう常識的な考えに反するような値付けをして古本市に臨んでいる古本屋もある。
店主の考えにもよるだろう。「相場ばかりでは、面白くない」とか、「うちの店の値段ですかまへんわ」とかいろいろあるのだろう。
レジはいつも通り集合レジで、出店している古本屋も加わったいるのだが、いつもと少し違っていた。
いつもは1人が本の最後のページに挟んである、店名と値段を書いた紙片を外しながら、各店に割り当てられている番号と値段を読み上げる。
横に控えているもう1人が店番号と値段を復唱しながら、ボールペンで小さな紙にそれを書き写していく。
全部終わると最初の1人が本の数を読んで、2人目が市販を見ながらカウントする数字と照合する。(ここでよく不手際があって、1人目がセットになった何冊か合わさっているのを、1点と数えることを忘れてしまい、2人目の数と合わないのだ)
そして3人目がちょっと離れたところにいて、2人目が持っていく紙片をもとに再度ぜんぶ計算してチェックすることになっていた。
ところが今回は3人目のチェックはおこなわれず、その分早くレジが終わるようになった。
今日から来年1月12日まで、一乗寺の恵文社で古本市。
前日から京阪の特急を予約してさっそく朝から行ってみた。
枚方を9時23分に出る特急はほぼ満員だった。出町柳に10時前に到着たが、エスカレーターは大学へ向かう学生らでごった返している。
古本市は11時からなので、上がりきった川端通りに面する「ゼッテリア」でコーヒーを飲んだ。店内は空いていてテーブル席で突っ伏して寝てる人もいる。
叡電で一乗寺に10時40分くらいに到着、恵文社は入り口が2ヶ所あって、東側のは雑貨や装飾品を扱うフロアーで、西側が新刊書店だ。天気も良く、日差しが照り付けて、風はなく快適だ。
古本市は東側で行われるのだが、まだシャッターが下ろされている。
しばらく斜向かいにある薬局でぶらぶらして、11時ちょうどくらいに店の前に行くと、数人が待っている。
さて店内に入ると、床が長細いグレイの板張りで、店の左半分が今回の古本スペース、20坪くらいで、普通の古本屋くらいの規模だ。
百万遍の北にある古本屋「福」の棚には、山田稔の『ごっこ』『教授の部屋』(ともに1500円)、川崎彰彦の『わが風土抄』(カバーなしで3000円)『虫魚図』(3000円)なんかが並んでいる。
他の古本屋の棚を見ると小林信彦の『ある晴れた午後に』(1650円)や『東京のロビンソンクルーソー』、小島信夫の著作、雑誌『sumus』『ARE』、阪急が出した森茉莉のムック本、近藤ようこの諸著作なんかも見られた。
そもそも、恵文社は新刊書店で、西側の入り口から入ると山田稔、大江健三郎、金井美恵子、坪内祐三、小島信夫など極めて特色ある文芸書や、美術書、大型本がずらりと並んでいて壮観だ。
普通の本屋に大量に置いてある山本周五郎、佐伯泰英、山本一力なんかの時代小説や東野圭吾、宮部みゆきらのミステリーは見当たらないな。(置いてあるのかもしれないが。)
またAI企業の経営者マックス・ベネットの『知性の未来』とかノンフィクションの『透析を止める日』だとか『爆弾犯の娘』なんかも見当たらない気がする。(あるのかもしれないけどね)
叡電で3駅下った出町柳近くの枡形商店街にある古本屋「上海ラヂオ」なんかには大量の時代小説があるのと対照的だ。もちろん三条京阪や四条のブックオフにはそれらはものすごい量がある。
普段は川崎彰彦やら天野忠、大江健三郎なんかを好んで読んでる人でも、たまには『青べか物語』とか『おたふく』とか、経済書なんかを読みたくなるのではないか。そんな時一乗寺では、かなり不便な感じがする。
これは古本屋があえて棲み分けをしているのかもしれないし、お客さんの方でもそれをよしとする感覚が強いからかもしれない。
俺はブックオフこそが日本一の古本屋だと確信しているけど、京都の古本屋にとってブックオフは嘲笑う対象でしかないのかもしれない。お客さんとの共犯関係が京都の特色なのだろう。
昨日、土曜日はかなりぬくなっていて、カーディガンもいらないくらいだ。
お昼くらいに久しぶりに堺筋線の南森町まで出向いて、天神橋筋商店街を北上。
天三にある「天牛書店 天神橋店」に出向いた。
以前レジのところで、店の方が本に引かれた鉛筆などの線引きを消してるのをお見受けしたことがあった。
客対応しながらだし、立ち仕事になって集中して作業に取り組めない感じを受けた。
しかしこの頃は、線引きの本は消さずに、安値で販売しているのではないか❓という印象を受ける。
消す作業はめんどくさいし、時間も要する、また、どうしても消え残りが出てしまい、それを目にするとイライラしてくるからだ。
店舗販売はどうし、ても来てくれるお客さんが限られてしまうから、ネット販売のような値段ではなかなかうまくいかない。
そこで、線引き本やコンディションの悪い本は50円とか、100円とか、300円とかにして店の前の平台に、コンディションを明記した上で販売する工夫がなされる。
天牛書店の雰囲気は落ち着いていて、上品だが、俺はブックオフと同じものを感じる。
通路は広く確保してあるし、床に無造作に本を積み上げることもない。
文庫本、小説の単行本は作者別の50音順に整然と並んでいる、歴史書は古代から年代を追って並んでいて見やすい。
新書は岩波新書、中公新書、講談社現代新書、ちくま新書などレーベルごとに並んでいるし、発行順にもなっている。
本のコンディションも素晴らしいものがほとんどで、瑕瑾のある本には「線引き」とか「印」(蔵書印があるということ)「歪み」等々きちんと表示してある。(この点はブックオフはダメ。線引きのある本をチェックせずに高い値段で出している場合がある)
今日は10時から谷町四丁目の古書会館で古本市、早速行ってみた。
朝一で郵便局に注文品を持ち込み、9時16分の準急に乗り、41分に谷町四丁目に到着。
朝は冷え込んでいたが、晴れているので気温は上がり、余り寒い感じはない。
古書会館のすぐ南に南大江小学校があって、おりしも休み時間でグラウンドせましと、子どもがけたたましく歓声をあげ走り回っているのが見える。わけのわからない小学生を教えるのは大変だよな。
そこから坂を北向きに少し上がったところにローソンがあって、店内に入って時間が来るまで待機する。このローソンは元は飲食スペースがあったり、セルフレジも設けてあったりしたが、今はどちらもない。
飲食スペースは日常品、雑貨コーナーとなっていて、インナー、手袋、ガムテープ、蝋燭、コンドームなんかが所狭しと並んでいる。
5分前くらいに開館前に到着して、30人くらい並んでいる。
10時ちょうどにオープン、入ってすぐ右手に「古書 牛歩」が100均の文庫本や昔の漫画雑誌(『マガジン』など)を300円から500円くらいで並べている。
西洋文学の「寸心堂」も筑摩叢書の『ミメーシス』揃とか、古井由吉の単行本、いろんな岩波文庫、同時代ライブラリーなんかが並んでいて、オープンと同時に人だかりが出来ていた。
「横丁」はたくさんの単行本を「値段の半額」をうたってズラリと並べている。中山太郎の著作、『大日本地名辞書』、筑摩書房が出した単行本の『現代民話考』の端本などがあった。
「真木書店」は今回は100円均一の単行本をワゴンに並べていて壮観だ。
「古書ディック」もきれいな文庫本、新書、単行本、雑誌を並べていてすごい。本には一冊一冊丁寧に透明なカバーもつけてあって、輝く本がさらにグレードアップした感が伝わり、お客さんも嬉しいだろう。
レジで、来年の2月1日に開催の、堂本印象シンポジウムのチラシをもらった。
杉本梁江堂が大正元年に出した『いの字絵本 恋の都大阪の巻』を復刻したのを記念してのものだ。
『いの字絵本』は、先日梅田の杉本梁江堂で購入して(1500円)一読した。
堂本印象が大阪市内を歩き回って、目にした若い女の姿をさらりと描き写したものだ。
「京阪電車の女」とか、「黒焼屋の女」などというタイトルがついていて、どうやって模写したんだろうかと心惹かれる。
魅力的な古本屋がある場所は限られる。
まず金持ちが多い町であり、さらにちゃんとした大学があるところだ。
大阪ならまず豊中、吹田であり、阪大や関大があって、天牛書店本店とブックオフ吹田関大前店がある。
また箕面も阪大の石橋キャンパスがあって、ブックオフ箕面市役所前店がある。
金持ちが住んでいるところとしては高槻市や中之島があるのだが、それなりの大学はないから、古本屋自体あまりない。
神戸なら六甲道であり、神戸大があって口笛文庫、神戸学生青年センター、古本市場灘店がある。
芦屋は金持ちは多いらしいが、ちゃんとした大学はないから、俺にとって魅力的な古本屋はない。
先に挙げた古本屋は規模も大きいし、何よりさまざまなジャンルの本や絵本、実用書、趣味本、明治時代の古い本や雑誌、和本、紙もの、ポスター、CDなども網羅している。
しかし京大がある東一条、百万遍、少し北に上がった一乗寺あたりには大阪や神戸のような古本屋はない。これが以前から俺には不思議だった。
百万遍にはまず吉岡書店があるが大学の教科書を扱っている感じがするし、規模もさほどではない。
一乗寺には老舗の萩書房があって、かなりいろんなジャンルの本を扱ってはいるけれど、大規模な本屋とはいえない。
またこのところアリバイブックスとか、ぼあい書房などの新しい古本屋もできているが、いろんなジャンルの本を網羅しているとはとてもいえない。
また、文学書を扱う古本屋がかなりあるのだが、学生は貧乏だし、骨董品みたいな古い単行本に魅力を感じるとは思えない。
文学部は、さほど学生も多くないということもある。
ごく普通に考えれば、お客さんが望んでいるのはいろんなジャンルの本が置いてあり、通路も広く本が見やすく、しかも整理されていて容易にお目当ての本が探せて、駅にもちかいということだ。
つまりブックオフのような古本屋を求めているわけだよ。
しかし京都の古本業界は、頑なにそのニーズに応えるスタンスではないように思えるのだ。
俺が学生だった1980年代と今の京都の古本屋を比較してみると、潰れたり、店主の高齢化でやめてしまったりというのはあるが、店での本の展示、分類は全然変わってない。
京阪三条の「京阪書房」、少し下がった「大学堂」など、タイムマシーンで40年前に逆戻りしたような既視感に襲われた。(今は2店ともない)
この頑固さは京都人の矜持みたいなもんなんだろうか。