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古本屋日誌
今日から来週水曜まで、天王寺さんで大規模な古本市。
早速朝から行ってみた。
大阪だけでなく、京都、神戸、滋賀、岡山などからも古本屋がテントを出している。
天王寺よりにいつも通り設けてある100円均一コーナーはたくさんの人で賑わっていて、今回は文庫本や新書もたくさんあった。
この近くには本部のテントがあって、荷物を預かってくれる他、宅配業者に依頼して1700円で、23キロまでの本を送ることもできる。
岡山から来ている瀬戸内アーカムハウスという古本屋は、いつも大量の古書を300円均一で売っている。ちらっと見ただけでも1960年に出た三一新書なんかがあった。
京都から来ているシルヴァン書房は、店主がお元気そうでありがたいことだ。和本もたくさん並んでいて興味深い。
滋賀から来ているクロックワークはレコードなどたくさん売っていて、いつも大繁盛だな。
大阪の小町書店はいつも「1冊300円、5冊で800円」で販売していて、商売が上手いよね。
3冊こうたら900円になってしまうから、無理にあと2冊買おうと客はすることになり、結果長いこと止まってくれる。そうなるとまた欲しい本が見つかって結局5冊以上こうてくれたりするのだ。
鶴橋の楽人館は「10冊以上」買うと半額にするセールをやっていた。これも商売うまいよね。
あじあ號は近代史を専門にしていると思うのだが、おまけで仕入れるのだろういろんな本を安く売っている。平台には「ブローカー大歓迎」との札が立ててある。以前は「せどり大歓迎」とかの表示があったが、面白いよね。
池崎書店もいろんな文庫本や、文学書が並んで壮観で、いつも驚かされる。
古本市は本当に大変な苦労があると思う。
重たい本をわざわざ倉庫から引っ張り出して、天王寺さんまで運んで、6日間販売して、その間雨もあるかもしれないし、また終わったら売れ残ったものは撤収する必要がある。要するに短期間のあいだに宿替えを2回やってるようなものだな。
そんな苦労を厭わず、毎年毎年、古本市が開催されているのは、やはり客層にポイントがあるようだ。
普段古本屋はおろか、新刊を扱う書店にも行かない人が、古本市にはたくさんやってくるのだ。
もちろん本が安いからでもあるし、大規模な催しだから、暇つぶしにもなるし、骨董品や、茶器、着物、古道具なんかも売ってるから面白いのだ。
そういう人たちは、普段はまったく本を手にすることはないから、どんな本でも、というのは古本屋から見てまったく価値のない本であっても、親しく手にとって、立ち読みしてこうていってくれる。
これが古本屋にとって大きな収入源になっていると俺は思っている。
10月6日に90で亡くなった、新風書房の福山琢磨氏の告別式が9日の1時から阿倍野で行われた。
彼が発行人となっている、郷土誌『大阪春秋』は大阪の様々な姿を実証的な研究をもとに伝えてきた貴重な雑誌だ。しかし、2021年の182号で休刊となっている。
この号には福山氏が「脳梗塞で発行人の責任果たせず残念」という一文を載せているが、同時に編集長の長山公一氏も「編集後記」の中で、休刊の経緯を書いている。
福山氏は「退院後(脳溢血で警察病院に入院していた)、新方針で臨もうと緊急編集会議を(2020年)11月6日に開き、内容を説明したのです。(中略)
2回目の編集委員会を17日に開き、まず医師の診断結果で『気持ちはあっても体力的に無理』とドクターストップを言い渡されたことをお話しし、休刊することの了承を得たのです」と書いている。
そもそも、「新方針」なるものの説明が全然ないのが不自然だよな。
また、彼の文章では体力が続かないからやむなく休刊となっているわけで、それならもっと若い人にやらせればいいだけだから、説得力がない。
一方、長山氏の文章は「発行人(もちろん福山氏のことだ)から編集方針を一新したいとの提案がなされた。大きくは、収益をあげるためのページの切り売りと、方針に従わない編集委員の追い出しの2点である。」とある。
つまり財政を安定させるための方策の提案があったわけで、これは確かに必要なことだろう。
以前はこの雑誌には三井銀行だとか、サントリーとか、たくさん広告が載っていたが、このところはほとんど載らなくなった。安定的に発行するためには広告収入は絶対必要だと思う。
発行元の新風書房はホームページを持っていて、そこには既刊の『大阪春秋』の目次やら、在庫一覧が掲載されていたのだが、数日前から、アクセスできなくなっている。
もちろん会社がバンザイしたわけではないから、近いうちにホームページの刷新が行われるからだろうと思いたい。
ネットのニュースによれば今月6日、雑誌『大阪春秋』を発行し続けた、新風書房社長、福山琢磨氏が亡くなったという。
90で、老衰だという。
1973年創刊の郷土雑誌『大阪春秋』が親会社からの財政支援が途切れて113号で廃刊となると、すぐに手を挙げて発行母体となり、以後2021年の182号まで途切れることなく続けたのは立派だよなあ。
俺は毎号、上本町6丁目近くにある、新風書房ビルまで発行と同時に買いに行っていた。
時には福山さんが2階に居合わせることもあって、「これな、封筒入れたげてや」と社員にゆうて下さった。
80を超えてもすこぶるお元気そうです、毎回(といっても季刊誌なので、年4回なんだが)律儀に買いにやってくる、おかしな中年男を訝しんで、彼が今取り組んでいる研究を話されることがあった。
「あのね、対馬にいる馬のことなんですけどね、野生種なんですけど、それを日露戦争で使ったという話があるんですよ。」
「へえー全然知りませんでしたわ。あれですか、奉天の会戦とか旅順なんかの時ですよね」
「そう、それでね……」とあれこれ話してこられるのだが、俺としてはそれ以上返す言葉も知識もない。
彼としては、わざわざ熱心に『大阪春秋』を本社まで買いにくるおかしなやつなんだから、郷土史家の端くれみたいな人かもしれない、ひょっとして今後の雑誌に使えるやつかもしれないな、と探りを入れていたんだと思う。
でも俺は一介の古本屋に過ぎないから、大したことも返せるわけもない。
「あー、それなら、これも書いておかないと」とゆうてはりました。(自分が死んでしまう前に、書き残しておかないといけないという分脈だった)
自分の読みが外れた時の返し方がうまい人だな、相手にきづつない思いをさせることのない、瞬時の反応がさすがだなと思いましたよ。
10月5日から大阪歴史博物館で川瀬巴水展が始まった。
「新版画」といわれる彩色の風景画の錦絵の巨匠だ。
明治16年、東京に生まれて、鏑木清方の門下で、ジャボニスムの流れの中、海外の好事家好みの作品をたくさん生み出した。
とりわけ雪や雨が降りしきる描写には定評があって、一つの世界を創造している。
スティーブジョブズがコレクションしていたことでも知られているが、値段は大変なものだ。
俺はね、川瀬の絵はちょっと受けを狙って作りすぎている感じがするので、どうかと思うところはある。
それにしても、今回12月2日まで、ロングランで彼の作品が見れるのはありがたいことで、早速昨日行ってみた。
平日ということもあって、お客さんも少なく、じっくり絵を見ることができた。
6階の展示スペースには400点以上の作品が照明が抑えられた中に並んでいる。
錦絵は、本来こういう仄暗い中で見るものだ。
夜の闇の中に浮かぶ宗右衛門町、道とん堀の錦絵は、立体的で浮かび上がるような感じがする。
闇の中に吸い込まれていくようでもあって、別世界を構築していると思えるものだ。
展示作品の所蔵先をみるとほとんど「渡辺木版美術作品画舗」となっている。ここは川瀬の作品を送り出した店だ。
川瀬巴水の作品は戦後も作られて続けていたから、板木もたくさん残っているのではないか。
摺師の加減もあるだろうけど、今でもいくらでも刷れるような気がするのだ。
ところが、展覧会場のショップには今回の図録は並んでいたが、刷り上がった錦絵は売ってない。
歴史家の安本美典は、文献を元に古代史の真実を探る手法をとっていて、邪馬台国九州説の最先鋒だ。
彼は邪馬台国が東遷して、大和朝廷となったと主張していることもよく知られている。
その安本美典が平成31年に勉誠出版から『神功皇后と広開土王の激闘』という本を出している。
この本では神功皇后が取り上げてあって、『古事記』、『日本書紀』、『三国史記』、広開土王の碑文など、内外の文献から、5世紀に朝鮮半島南部を支配下においていて、南下する高句麗と何度となく激戦を繰り広げたということだ。
一時は新羅まで攻め込み、その王子を人質に取ったことも書いてあるという。
日本の史書のみならず、朝鮮半島のそれにも同様の記事が見えるので、事実なんだろうけど、そもそも4世紀後半に朝鮮半島に領土を持っていた理由がよくわからない。
安本のこの本でも、その大元のところは触れてないので、もどかしい感がある。