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古本屋日誌
昨日からえべっさん。
今日は本戎。
うちは近所の寝屋川えびすに毎年行くのだが、福笹をもらい、巫女さんに清めていただき、あれこれ縁起物を買う。もちろん裏参りもする。
縁起物は、高いもので2万くらいのがある。宝船に、えべっさん、宝珠、米俵、小判、熊手などを組み合わせたものだ。
東京の友人によれば、向こうは酉の市というのがあって、やはり商売繁盛を祈願する祭礼だそうだが、ここでは熊手に縁起物をつけて売られているのだという。
ところが高いものになると100万を優に越すのがあるのだというのだ。大きさもさることながら、重さも大変で一人では運べないほどなんだという。
なんでも、年毎に少しずつ買う熊手を大きくてしていくのが(つまり、高いものを買うということだ)作法なんだそうだ。
元旦に大地震が発生して、能登半島北端の街は大変なことになっている。
なんの落ち度もないのに、天災に見舞われて不条理な話だ。
自衛隊員や消防隊員、警察官、自治体職員などが下敷きになっている人たちの捜索や避難所の人たちの救援に携わっている。
雪も降っているし、寒いし、余震も頻繁に起こっている。そんな中命懸けで捜索活動をしているのだから、大変なものだ。
実は、民主主義の根幹には徴兵制による自衛があるのは政治学の基本だ。
(ちゃんとした大学の政治学の講義では普通にレクチャーされている。自由、平等、そして博愛だが、博愛は博く愛するではなく、敵から実力で自分たちを守る郷土愛のことだ)
自衛は戦争に限定されるものではなく、地震や台風、原発事故による国難も当然含むものだ。
そういう緊急事態で、対処を人任せにして、自分とは関わりはないと考えるところに、民主主義はない。
なぜなら国難が全国を覆い尽くしても、衆愚の大衆はなすすべなく、国家は崩壊してしまうからだ。
福島の原発事故はメルトダウンを起こした原子炉が、幸い吹き飛ばなかったから、助かった。
また、朝鮮戦争では、アメリカの軍事力によって戦禍がわが国には及ばなかった。
つまりこれまでのわが国は危機の度合いが低いという天佑とそれへの対処をアウトソーシングすることでやってきたわけだ。
それにしても命懸けで救助活動に挑まなければいけない自衛隊員とごく普通に生活しているわれわれとのギャップは大きい。
そういう割に合わない仕事を強制されている人たちのモチベーションに資するものをわが国は持ち合わせていない。
例によって、移動期にはいり、古本屋にとってはありがたいシーズンとなっている。入学、進学、転勤などのシーズンだ。
赴任地に持ってはいけない大量の本の処分を依頼されるわけだ。
もっともうちの店は固定のお客さんを持っていないので、老舗の古本屋を嫉妬してしまうけどね。
だって何もしなくてもいい本を客が持ってきてくれるわけだからね。
東京の古本屋も楽な商売だよなあ。出版社やら大学やらが密集しているから、商売で本を必要としている人が桁違いだ。
よほどのバカでもやっていけることは間違いない。
タイガースが優勝して、前回の2005年や2003年の『月刊タイガース』や優勝特集の『spa』『スポーティバ』なんかを買取依頼してくるお客さんも多い。
この18年の体たらくで、前回の栄光にすがって日々過ごしてきたが、ようよう念願がかない一息ついたし、今年の優勝特集号を買い揃えるスペースを確保したいとのことだろう。
しかし、もちろん前回の優勝特集号はまったく売れません。そんな昔のことを今さら読みたいとは誰も思わないからだ。
地震はべき乗則で発生するため、予知するのは不可能だといわれている。
ちゃんとしたテストの成績や身長、体重のようなデータならベルカーブを描くので、データを揃えれば、次回の予測が可能になる。
しかしべき乗則のものは、そもそも予測ができない。
地震にしても、その大半は問題ない事象で、ごく一握りが大災害を及ぼすのだ。
99.9パーセント以上の地震は、大したものではないが、残りのごくわずかな地震だけがマグネチュード7クラスで、とてつもない災害を引き起こしてしまう。
あらゆる地震は、発生段階では震度1あたりで終わるか、震度7を引き起こすのかわからないのだという。
だから残念ながら理論的に予知は不可能だということだ。
したがって南海トラフ地震が今後〇〇年以内に80パーセントの確率で発生するなどという話も全く根拠のないデマだ。
無能な地震学者の保身と生活保障のためや、自治体が行う対策事業で潤う土建屋などにとってありがたいだけだ。
やはりスカイAで2003年9月15日のタイガース優勝の試合を再放送していた。
試合はともかく、観客の応援スタイルが興味深い。
ライトスタンドやレフトスタンドに加えて一塁側のアルプススタンドの一部の客は、タイガースの攻撃中は、立ち上がって応援している。
今はライトスタンドも立って応援はしていない。
東京方面の球場ではまだ外野席はスタンディングで応援しているので、不思議な現象ではあるな。
俺はこの2003年はライトスタンドで観戦することが多かったが、仕事から直です甲子園に駆けつけて、弁当を座って食べていると、「にいちゃん、腹減ってんなやな、ゆっくり食べや」と気遣ってもらった覚えがある。
また選手の名前を書いた手書きのプレートを手にしている客はもいるのだが、かなり少ない。
矢野や赤星なんかは2枚のプレートにしたり、ジョージアリアスなんかは10枚くらいに分けて、横並びにたくさんの人が手に持って掲げている。
またライトスタンドでは、スタメン全選手のボードを集団で掲げるシーンがあった。
そんなどこから見えるのかもよくわからないものより、2003年のライトスタンドには選手名を大書した横断幕や巨大な旗が打ち振られていた。
今は手書きではなく、タイガースショップでこうてきた選手のネーム入りタオルを振っている人が多い。
これは小さなものだから、グラウンドからは何にも見えないだろう。
テレビに、たまさか映ることを期待してる人もいるのかも知れないが、大半の客は推しの気分だろうと思う。
自分お気に入りの選手のグッズをいろいろこうて応援しているし、そういう自分が好きなんだろうと思う。
俺は(そんな小さいタオルみたいなもん振っても、誰も見えへんねんからバカだよなあ)とも思うけど、グッズを持って応援している自分が好きだという価値観には文句をつけるいわれはない。
2003年はまだまだ同好のよしみで、知らない人同士が、その場で簡単に打ち解ける感じだったな。
ライトスタンドでは7回裏の風船飛ばしの際は、わざわざ自分の周りを見渡して、風船を持ってない人を探し出して「にーちゃん、これ使いや〜」と手渡ししていた。
知らない客同士の会話も途切れることなく続いた。
「わしの嫁はんはスワローズファンですねや」
「ほたら、仲悪なるやろ」
「いや、だいたいタイガースが弱いよって、向こうがええ思いしてますわ」
「あの今出てきた〇〇ゆうスワローズのピッチャーはえらい苦労人ですねや」
今は得点シーンでは知らない客同士のカンフーバットを叩き合ったり、ハイタッチして喜び合うことはあるものの、以前のようにいつまでも、ああでもない、こうでもないと話が続いていくことはないな。
2003年の甲子園はまだまだ巨大な田舎の人間関係が保たれていたが、現在それはもうない。
スカイAの平田、掛布、真弓鼎談では横浜戦の話も面白かった。
平田が「佐野と牧に打たれすぎてるでしょ。監督が『あんなもん、カープとか見てみぃ、うまいこと内角攻めてるやろ。お前の方から内角きちんと攻めるようにゆうてくれ』言うわけです。
それで俺から、投手陣に『内角いけ』ゆうたわけよ。
そしたら、佐野にまた内角の球ヒットされた。俺は『きちんと内角いけ』ゆうたら、次の打席、初球を佐野にホームランされたよ。
監督はそれ見て『おーい、いつまで内角いっとんねん。外角とかあるやろ」ゆうんよ」
なかなかおもろい岡田語録だよな。笑かそうと思てゆうてんのかな。