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古本屋日誌
今日は糺の森の古本市の最終日。
昨日の台風の大雨で森の中には至る所に川が流れていたようで、よく晴れた今日もくっきりと痕跡が地上に刻まれている。
本を並べた平台には二重にブルーシートがかけられていたようだが、それでもなお、雨粒が侵入して本が濡れそぼってパンパンに膨らんでしまっている店がある。
それにしてもここ糺の森は京都らしさが充満している。
出町柳駅から下鴨本通に向かい、大鳥居をくぐって糺の森に向かうと、御影通りのすぐ南側には参道の左右に億ションが建っている。
ここは元は武道館があったのだが、いつのまにかマンションになってしまっている。金儲けがしたいだけなんだろうけどな。
しかしここからが、京都のみなさまの興味深いところで、マンションの前に生えているたくさんの大木は生かしてそのままにして、小川を整備して、下草も植え直して左右にあるマンションを覆い隠して、あたかも悠久の昔から、このままですよー感を醸し出している。
そして森の中には水が溢れる泉がある。
大木の太い幹があってそこから清水がこんこんと湧き出してくるようなしつらえになっているのだ。
大木風の幹の下にはポンプが設置してあって、汲み上げているのは間違いないが、なんとなく、昔からある泉で、自然にこんこん湧き出してるんだよという感じを作ろうとしているのだ。
今日は台風7号の上陸で早朝から風がすごい。
2階で寝ていると、もがり笛のような音が聞こえるし、家々の窓に打ちつける雨音が響く。
気圧は970hPaくらい、最大風速も35メートルと表示されているから、そんなに強い台風ではない。
上陸は潮岬で、進行方向は北西、ここ門真は中心の右なので、接近局面では強い風が吹くとしても、強すぎる印象がある。
以前の台風で970mb程度のものなら、こんなに強い風は吹かなかったと思う。
つまり、このところの台風では、気圧と最大風速という従来の強さを示す指標では捉えきれない面があるのではないかと思うのだ。
朝9時過ぎに、近所の郵便局まで徒歩で注文品を運んだが、強風のために傘をまともに開くこともままならないし、開いたら開いたで、風に煽られて飛ばされそうになったり、ひっくりがえって花が咲いたようになったりする。
寝屋川萱島郵便局は今日も営業中。萱島駅の松屋も開けているが、うどん屋、コンビニは休んでいる。
嫁の働く万代も今日は臨時休業。
今日は嫁と御幸通のコリアタウンに行ってみた。
鶴橋駅から歩いて10分くらいかかるにもかかわらずなかなかの人出だ。
山田商店で、あんまり見たことのない、なっばとかずのこのキムチを買うてみた。
帰りは環状線で京橋に出たが、駅頭で昭和20年8月14日の京橋空襲のチラシを配っている人たちがいた。
京橋駅の大阪方面行きホームの、片町線と交わるあたりに数発の1トン爆弾をアメリカが落としたために、たくさんの人が殺された。
造幣工廠を狙った爆弾がそれて落ちた可能性があるが、それにしても敗戦の前日まで造幣工廠は無傷だったのが解せない。
帝国陸軍の最大の軍事工場であり、砲弾や大砲など大日本帝国の戦争遂行に必須の兵器を生産し続けたのに、アメリカは一切手をつけていなかった。
そのくせ市民の皆殺しを狙い市街地に執拗な爆撃を加えたのだから、ヤンキー野郎どもは間違いなく地獄に落ちるだろう。
原爆など全市民の皆殺しを狙い、実際に実行したのだから、アメリカの行為はナチスのユダヤ人抹殺と完全に同じだ。
それなのにナチスはその責任を問われて、(それは当然のことだが)一方ヤンキー野郎は免罪されるのはおかしな話だ。
ヤンキー野郎は「原爆は戦争を早く終わらせるために必要だった」などというが、その理屈は戦争を終わらせるためには広島や長崎の全市民を殺せばいいと言っているわけであり、到底容認できるものではない。
ヤンキー野郎のこのような理屈を聞いていると、アメリカ人は理詰めにモノを考える能力がそもそもない連中なんだということがよく分かる。
それはさておき、ポツダム宣言の受諾決まった8月14日に何故造幣工廠を破壊したのかよくわからない。
大日本帝国の復活を阻止したかったのかもしれないが、アメリカにとって問題は共産主義国家のソ連であることくらい、その当時はもうわかっていたのに、ヤンキーの指導部もバカばかりだよな。
昨日から糺の森で大規模な古本市。
恒例のものだが、今年は以前勤めていた職場の先輩に手伝ってもらうことにした。
いつもは一人で行くのだが、100冊くらいは買うので持って帰るのが大変だし、また先輩の好みで本を買うてもらいたいとも思うのだ。
今年は京都の老舗のシルヴァン書房が参加していない。
去年の夏は80を超えて、なお矍鑠とした店主が、開店前の蒸し暑さの中、平台に重たい単行本を一人で並べて汗をかいていた。
その直後に彼は、熱中症で倒れて、すぐ病院に送られた。
その時は「リンゲルな、点滴してもうたら治ってもうたわ。わしはもう、何回も倒れてとんねん。この歳やし思い残すことはないな」と翌日にはまた下鴨で姿を見た。
また大阪の池崎書店も参加してない。
今年は初日の開店前に、見て回ると平台にせよ、テント内の本棚にせよ、ブルーシートで覆って、中の本のタイトルが全くわからないようにした店は少なく、透明なシートをかけていて、どんな本があるのかわかる。
初日の朝一は、たくさんのお客さんが押し寄せるので、取り合いになる。
そうなれば人間心理として、とにかく気になる本は押さえたくなる。
つまり、いちいち細かく値段やコンディションをチェックなどしていられなくなって、店の側としたら売り上げが上がるとの考えがあるのではないだろうか。
糺の森では数年前に、関西ラグビーの発祥の地がここだとして、それを敬承するという神社ができた。
もともと「さわた社」というお宮さんがあって、御祭神は「神魂命」であり、魂は玉に通じる、と球技上達のご利益があったというのだ。
それにかこつけてラグビーボールをかたどったモニュメントまで備えた神社が出来たわけだ。
いかにも京都らしいやり方だよね。
つまり球技ならまず野球だろうよ。
それをないがしろにしてラグビーにいってしまうのが、京都らしいということだ。
俺は邪推するのだが、野球はタイガースのイメージが強い、すなわち大阪のイメージが強烈なので毛嫌いしたのではないのか、ということだ。
久しぶりに『月刊タイガース』を買うてみた。
この雑誌はタイガースファンに、選手のあれこれを伝えるのものなんだが、全くやる気のない、いい加減な編集で、イライラさせられる。
今回、8月号には「虎番目線」と称するデイリースポーツの関谷文哉の連載がある。
今月は佐藤の話だ。
佐藤はちょっと速いストレートには全然対応できてないし、変化球にも今ひとつといういかにもタイガースらしい、典型的なダメ選手に見える。
その佐藤が、6月25日に2軍落ちとなった。それに関して、関谷はこう書いている。
「佐藤輝本人が、平田ヘッドコーチら首脳陣から「プレー以外のところを見られているぞ」と指摘されていたことを明らかにしていた。」とある。
これはどういうことなんだろうか。
佐藤のプレーは、一軍レベルとは到底思えないから、それが2軍降格の理由だろうと思っていたが、そうではないということなのだろうか。
「プレー以外」というのは、私生活がなっていないということなのか。いわゆるタニマチに誘われて夜な夜な遊び歩いているということではないのだろうか。
これまで、なんの才能もないのに、ちょっと試合で打てたとか、投げれたのに舞い上がり、自分は力があると誤解して、練習もせずにダメになった連中は多すぎるよなあ。
しかし関谷は、その文のすぐ後で、佐藤は練習があまり好きではないんだということを書いている。
そういうことか、結果も出せないのに練習してしないことを首脳陣から、たしなめられて、2軍落ちとなったのか、といちおう納得した。
しかし関谷は、そのすぐ後で、今度は実は佐藤は研究熱心で、打てない時は試合終了後に居残って練習し、バッティングをチェックしていると書いているのだ。
じゃあ、そもそも「プレー以外」とはなんなんだろう。
ぜんぜんわからない。こういう意味不明な記事しか書けないとは情けないよな。
佐藤やタイガースの首脳陣に気を使うにしても、才能があれば、わかる人には分かる書き方ぐらい出来るものだ。