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古本屋日誌
このところ古本業界は出入りが激しい。店舗を構えていたのに、店を畳むケースがある。
千林の「尚文堂」は先月店を閉めた。店主が高齢でそろそろ引退ということだ。
天神橋筋の「駄楽屋」は移転するとのことだ。賃料が高いからではないかと、勝手に推理している。
梅田の地下街にあった「汎書店」は今月で店を閉める。店主の話では「豊中に新しく店を出そうかなとは思っている」とのことだから移転かもしれないけどね。
店舗を構える古本屋はコロナ騒ぎで売り上げが減っている。
しかたなく始めた通販は意外なくらい売り上げが上がるし、コロナが去った現在でも売り上げは落ちない。
そうなると高い家賃を支払って店を構える意味がわからなくなってくる。
昔から店舗を構えて、たくさんのお客さんを抱えている古本屋の売り方はわれわれのような零細とは全然違う。
京大文学部の〇〇先生の自宅に電話する。
「先生、古本屋です〜お世話になっております。先生❗️実は、雑誌「人間」の昭和20年代のをかなり手に入れたんですが送っときましょか❓値段は張りまっせー」
「そうかそうか、よかったよかった❗️❗️おまはんに頼んどいた甲斐あったわ。金は気にせんよってすぐ送ってくれ。ついでにその辺の適当な本もみつくろって送ってかまへんさかい」
「ありがとうございます」
こんな感じだ。ものの2分くらいで話しはまとまり、この先生に送る雑誌や単行本の売り上げは80万くらいになるようだ。
羨ましい限りだが、ないものねだりをしても仕方がない。
やめる古本屋もあるが、反対に起業するのもある。
若い頃から本が好きで、学生の頃も梅田の第一ビル一階にあった高尾書店なんかに通い詰めていた人がいる。
4回になって就職活動となったんだが、古本屋を始めたいと思って高尾のおっちゃんに相談したら
「あかん、あかんで、そんなもん就職した方がええに決まっとる。(1980年代の前半のこと)どないしてもやりたいんやったら定年になってからやったらええやない」と言われた。
素直に従ってリーマンを勤めながら、嫁には自宅近所にタバコ屋をやらせた。
これは早期退職後、改装して古本屋も始まる布石なのだ。
55で早期退職して、たばこ屋のバックヤードを含めて改装、自宅や倉庫に積んであった本を運び込んで古本屋を始めた。
開業時は自分の蔵書を並べたのだが、勘定したらとりあえずタバコ屋には7800冊からの本が収まった。
持ち家だし、店舗は昔から借りているので、賃料も安い。年金があるし、保険でタバコ屋もまだやることにした。
「俺は通販はひちめんどくさいからやらん。あんたとかいろんなオモロいお客さんとこうやって話しすんのがええんや」とのことで、これもなかなかよい老後だ。
昨日は日本シリーズの初戦。
9回のバファローズの攻撃が面白かったなあ。
中川を一塁に置いて、4番の吉田が登場。
抑えのマクガフの初球の落ちる球を強振した。
スィングスピードも速く空気を切り裂いて空振りし、ヘルメットがすっぽり脱げて宙を舞い、かなり離れた地点に裏返って着地した。
長嶋茂雄のようなパフォーマンスだった。
長嶋はわざと大きめのヘルメットをあつらえていて、空振りした時投げるように細工してファンを喜ばせたわけだが、吉田もその域に入っているのだろうか。(本人の中では)
さらに昼間は、3年ぶりの時代祭で、12時に御所を出発した次代絵巻ともいえる行列が延々と続いたそうだ。
というのも俺は仕事で見に行けず、嫁からの伝聞による話だ。
なんでも794年の10月22日に平安遷都が行われたそうで、その日にちなんで祭りの日が決まっている。
3500円払うと、御所、平安神宮、御影通りに設けてある観覧席のいずれかで、2時間にわたって続く隊列をアナウンス解説付きで、じっくり見聞きできるのだ。
幕末勤王隊から始まり、徳川時代の和宮とか安土桃山の武将から、鎌倉時代の巴御前、そして牛車、ご鳳輦の平安時代まで連綿と続く。
侍はちゃんと馬に乗っているし、牛車は黒牛が引いている。大勢の見物に囲まれ、暑い中何時間もノロノロ歩くのを強いられる馬や牛は相当なストレスだろう。
たまらず暴れたり、へたりこんだりする場合もあると聞く。
また衣装や具足は時代考証をかさねて、その当時のものを再現するように努めているそうだ。
十二単衣のいだしぎぬなど、外からは何も見えずわからないが、そういうものもきちんと再現してあるわけだ。
この祭りは京都人の街自慢みたいなものだが、ここまで徹底して自慢されると、それはそれで清々しいし、認めざるをえないよなあ。
ただご承知の通り、戦災を被っていないにもかかわらず、現在の京都の街並みは、大阪や神戸と大差ないものでしかない。
町屋は解体されてマンションになり、かなりの規模を誇った鉾町のお屋敷も細分化されて、マンションやモータープールに化けてしまっている。
いつまでも町屋にこだわっても金にならないからだ。
つまりは金が欲しいわけだ。
そのあたりの健全な下品さと時代祭のこだわりとはどう折り合いがついているのだろう。
秋晴れが続いている。過ごしやすい季節でありがたいことだ。
明日は3年ぶりに時代祭の巡行がある。衣装の細部にまでこだわった各時代の行列派さぞ面白かろう。
ところが問題なのが猫がなつかないことだ。
オスネコの「カイ」さまは俺が寝ようと2階に上がろうとすると、嫁の布団から抜け出して、寝室の前で待っておられます。
またメスネコの「ポコ」さまは今の今まで俺の布団にこもっていびきをかいていたのに、大急ぎで抜け出して俺の傍をすり抜けて一階に降りていかれます。
もう「ポコ」のことはひとまず置いておこう。
問題は「カイ」さまだ。
寝室に入るとおいどを向けてくる。
おいどの付け根あたりを叩いてほしい❗️とのリクエストだ。猫にはありがちなことらしいが、快感を覚えるパーツなんだろう、俺も懸命に叩いて差し上げます。
その間、長い尻尾を左右にぶらんぶらん振っておられます。
しばらく叩くと、カイ様はくるりと向きを変えて俺の手のひらや足の先に顔を擦り付けてゴロゴロのどを鳴らされます。
その後またくるりと向きを変えておいどを突き出されますので、例によってパンパンと叩いて差し上げます。
このサイクルを何度も繰り返して、さてカイ様は十分に納得されます。
その後何度も呼んでも俺の布団には入らず、また嫁の布団に帰っていかれます。
これがどうしても納得できないのだ。
今日は京都の一乗寺で新しく「アリバイブックス」という古本屋がオープンするということなので、昼からぶらぶら出かけてみた。
一乗寺は出町柳から叡山電車で3つ目で、かなり前だが、例の京一会館があったところだ。
こないだ閉館した「テアトル梅田」みたいな感じで、毛色の変わった映画をあれこれやっていた。
しかし次第に客足は伸びなくなり、施設の改修、更新もおこたりがちとなり、冬場は暖房も入らず、寒さに凍える中で上映が行われていた。
俺が見に行ったある冬の日など、後ろの方の座席が解体されて、通路付近に集められて焚き火をしながら、お客さんたちが映画を見ていたので、びっくりした。
映画は一時、大衆娯楽の頂点を極めて繁栄を謳歌していた。
だから大半が駄作だ。
だってそれしか娯楽がなくて、映画への需要は物凄いから、供給する方はところてん方式で適当に作っていたからな。
ところが、テレビやビデオでいくらでも作品が見れるようになり、娯楽も多岐にわたる時代になると、くだらない映画に1000円以上も前払いさせられ、おまけに2時間も暗闇に監禁されることに我慢できない人が増えるのは当たり前だ。
また、ここは恵文社という変わった本屋がある。
店主の趣味で本を集めたセレクトショップで、文学書なら山田稔、川崎彰彦、野呂邦暢、小島信夫、武田百合子、多和田葉子、大江健三郎なんかが並んでいる。
大衆の好む時代小説やハーレクイーン、ハウツー本、自己啓発本なんかは置いてない。
普通ならすぐに潰れてしまうところだが、ここは京大や京都芸大の近所で学生や教員がたくさん住んでいるという極めて特殊な環境であるがゆえ、もう40年くらい商売を続けている。
本屋は入場するのに金は取られないし、自由に立ち読みができるから「つまらんな」と思えば閉じて本棚に戻せばいいだけだから、映画とは大違いだ。それも存続できた要因だろう。
今回のオープンした「アリバイブックス」も文庫本は岩波文庫の赤を主力とし、映画本、映画のポスターなどがたくさん置いてあった。
雑誌はオードリーヘップバーン関連のものが色々集めてあって、かなり前の出版物なのに保存状態もよい。
文学書は三島由紀夫関連が棚を埋めているという具合で非常にクセの強い品揃えだった。
コロナ騒ぎもようやく収束してよかった。
この3年飲食業やホテル業、観光業者などはなんの落ち度もないのに塗炭の苦しみを味わわされた。
気の毒というほかない。
古本業界は通販を足掛かりに、コロナに便乗してかなり売り上げを伸ばしたといえる。
さて今年の売り上げだが去年並みくらいに落ち着きそうで、通販で本を買う生活スタイルがすっかり定着したのを印象付けている。
本が売れ続けるととなれば、問題は仕入れだ。
今回の天神さんの古本市では知り合いの古本屋が仕入れに来ていて話を聞いてみた。
「いやもう、ここは安いよな。
店舗を構えてる古本屋が値段を安くするのはわかる。
客が限られるからな。
でも通販でメシを食ってる古本屋も安くしてるよなあ。
通販で売ったらもっと高い値段でも売れるのに、俺は不思議だよ。
間違いなくいい仕入先と太い購入層を持ってるんだろうなあ。
けなるいよ、ゆうてもしゃあないけどなあ」