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古本屋日誌
古本屋商売の最大の課題は仕入れだ。販売は通販もあるし、店売りや即売会など手段が多岐にわたっていて困らない。
しかし仕入れ先はあんまりない。
客から売ってもらう、回収業社に頼んで本を譲ってもらう、せどりをするそれくらいしかない。
古本屋としては、通販で購入してくれたお客さんに「本を売ってください」のチラシを入れておく、大学の研究室に日参して御用を伺う、開業している医院やクリニックにポスティングするなどが従来の方法だった。
しかしどれもみんなやっていることで、後発の、しかも資金力もノウハウも乏しいマルス書房が始めても面白くはない。
そこでYouTubeで毎日古本屋コントを発信して合わせて『お手持ちの本を売ってね❗️』とお願いしてみることを思い立った。
幸いかなり前からYouTubeに鉄道写真や自作のミュージックを投稿し続けているベテランがいるので、彼の協力を仰いでやっていくことにしました。
今、台本を作っているところで、すでに20本くらいできたので、当面50本は作成して、連日投稿していきたい。
今日は久しぶりに京都のお客さんのところに仕入れに出向いた。
東寺のそばにある横幅は二間ほどのしもたやだ。
お話によれば「築200年くらいやろな」とのことで、玄関を入ったところに吹き抜け、煙出しを備えた台所がある。(今は物置になっている)その横に長い土間が伸びていて奥の蔵のところまで続いている。
奥に進むと、せんざい(中庭のことです)があって、石造の蔵がそなえられており、その中にいろんな本が積み上がっているのだ。
「適当に見つくろって、もってかえってもうてかまへんよって」とのことで気楽に査定を始めた。
すぐ横にこの家の主人、60がらみで楽隠居風の親父が椅子に腰掛けて見ているが、今回は俺の得意な講談社文芸文庫やちくま文庫なので、査定金額が分からず、焦るということもない。
蔵の中は風もないので蒸し暑いが、静かで集中して本をチェックできる。
なんの音もないのに、不思議なことに両膝から下がやけに痛痒くなってくる。全体が腫れぼったくて、熱を帯びている感じなのだ。
下半身を覗き込んでみたらものすごい数の蚊が足に止まったり、周囲を飛び回ったりしているではないか。
暑いので半ズボンに草履というラフなスタイルだったのが災いして、太ももより下を集中して噛んでくるようだ。
「ご主人!これはえらいこってす。蚊が多すぎますな!」と横で査定を見守っているおっちゃんに、嘆きをぶつけてみる。
「俺は、なんでなんやろか、ちょっとも噛まれへんのよ。蚊はな、足の裏から出る臭いに反応してやって来るらしいで。血液型は関係あらへん。要するに、あんさんは蚊に好かれとるな」とる呑気なことをいう。
ざっと数えただけでも20箇所くらいは優にやられていて、叩き潰した蚊はせいぜい五匹くらいで、全く計算が合わない。
「いやもう、これでは日本脳炎なるやら、下手したらマラリアになってまいまっせ、今日はもう手仕舞いさしてもらいまっさ」とさっさと切り上げて出てきた。
梅田の北、中崎町で毎週朗読をやっているバーがある。
突撃金魚という劇団が主催していて、夜の7時半から料金は2500円で、ろうそくの灯りの中、酒もオーダーすれば飲めて、いろんな作品を聞ける。
YouTubeでも朗読は、いくらでもあるけど、臨場感がない。
自宅でうまいウイスキーを飲んでも、あんまり感動がないけど、いいバーでマスターに作ってもらって飲んだら実に美味い、あれとおんなじだ。
これは老後の楽しみの一つとして、実に興味深い。
老後は時間は確かにありあまってはいるんだが、そもそも視力も衰えるし、細かい字面を追っていく作業が大変だ。
朗読してくれるならもってこいだし、ボケ防止になることも間違いない。
俺の連れで今71の親父がいるが、こないだ
「もう、俺ちょっとボケてきとんねん。地下鉄乗ってたんやけどな、これからどこいくのかわからんようになってしもてん。」
「それだけやないで、つい先だってなんかな、地下鉄に乗ってんのか、外におんのかわからんようになったんや。
一生懸命考えたんやが、どないしてもわからん。歩き回っとったら、切符の自販機があったさかい、『あー外やったんや』て一安心したわ」
てなことを真顔でいってくるから、彼は確かに心配だ。
朗読BARだけど、もっと安い値段にして、毎日昼間にも開催すれば、一種の見守り機能も果たせるから新しい福祉のかたちということもできよう。
BS吉本で今週、5回にわたって笑福亭仁鶴追善の番組がある。
その3回目に「崇徳院」が放送された。
さるご大家の若息子が、高津神社で出会った女に一目惚れして、恋焦がれるあまり寝付いてしまう。
女はどこの誰とも知れず、手がかりは女が料紙を取り寄せて書き残した百人一首の崇徳上皇の上の句「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の」しかない。
だんさんは若旦那から事情を聞き出せた熊五郎という手伝いの職人にだけ、オンナを探し出すよう依頼する。
ここが不思議なところなんだよな。
ご大家なんだから、丁稚やら番頭やら出入りの業者やらなんやかや総動員して手分けして探した方が、明らかに合理的だし、見つかる可能性は格段に上がるだろう。
それをたった一人の、それも頭の弱そうな大工に依頼するとはね。
しかしこれはわれわれの勝手な思い込みのようだ。
川田順の「住友回想記」には毎年正月の祝いに、およそ正月にふさわしいとはいえないみすぼらしいなりの老人を招待して、厚くもてなすことが書いてある。
なんでもその老人は、住友が創業した折に世話になった人の子孫だとのことで、今は落魄して見る影もないが、そんなことは関係なく昔の恩や繋がりを大事にしているのだという。
ここで「崇徳院」に戻れば、結婚や婚約はとりわけお家の大事で、それこそ一生にただ一度しかない晴れの場だ。
だからそれにつながる縁は特別なものとして大切にされた。当然その得難い縁をもたらしてくれた人への熱い思い入れも大事にされたのだ。
でも、われわれは頭では理解できても、「そんな縁とかなんとかにこだわってたら、みすみすチャンスを逃してしまうんちゃうんかい」と思ってしまうよなあ。