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古本屋日誌

2022-09-02 14:49:00

BS吉本で今週、5回にわたって笑福亭仁鶴追善の番組がある。

 

 

その3回目に「崇徳院」が放送された。

 

さるご大家の若息子が、高津神社で出会った女に一目惚れして、恋焦がれるあまり寝付いてしまう。

 

 

女はどこの誰とも知れず、手がかりは女が料紙を取り寄せて書き残した百人一首の崇徳上皇の上の句「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の」しかない。

 

だんさんは若旦那から事情を聞き出せた熊五郎という手伝いの職人にだけ、オンナを探し出すよう依頼する。

 

ここが不思議なところなんだよな。

 

ご大家なんだから、丁稚やら番頭やら出入りの業者やらなんやかや総動員して手分けして探した方が、明らかに合理的だし、見つかる可能性は格段に上がるだろう。

 

 

それをたった一人の、それも頭の弱そうな大工に依頼するとはね。

 

 

しかしこれはわれわれの勝手な思い込みのようだ。

 

 

川田順の「住友回想記」には毎年正月の祝いに、およそ正月にふさわしいとはいえないみすぼらしいなりの老人を招待して、厚くもてなすことが書いてある。

 

 

なんでもその老人は、住友が創業した折に世話になった人の子孫だとのことで、今は落魄して見る影もないが、そんなことは関係なく昔の恩や繋がりを大事にしているのだという。

 

ここで「崇徳院」に戻れば、結婚や婚約はとりわけお家の大事で、それこそ一生にただ一度しかない晴れの場だ。

 

だからそれにつながる縁は特別なものとして大切にされた。当然その得難い縁をもたらしてくれた人への熱い思い入れも大事にされたのだ。

 

でも、われわれは頭では理解できても、「そんな縁とかなんとかにこだわってたら、みすみすチャンスを逃してしまうんちゃうんかい」と思ってしまうよなあ。