Welcome
古本屋日誌
今日は北野天満宮に出向いた。
青紅葉を見ようと思ったが、出町柳から17系統の市バスに乗ったのだが、これは河原町通を南下するバスで、永遠に行きつかない。
河原町三条で降りてタクシーで天満宮に出向いた。2000円ほど。
参拝して500円払い、御土居の青もみじを見てから上七軒をぶらぶら。
うどんの「松葉」で嫁は冷やし中華、わしは冷やしきつねを食べた。
その後もぶらぶら今出川通を歩いて堀川通をすこし下って晴明神社に詣でた。
五芒星が充満するパワースポットだ。
戻り橋からバスで三条まで行って、4時に河原町三条のアサヒビヤホール。
この店は一階と2階に分かれているのだが、人気があるのは一階で、それも河原町通に面した席なのだ。
縦が3メートルは優にあろうかという大きなガラスを通してメインストリートを歩く人たちをゆっくり眺められる。
すりガラスでもないし、特殊なフィルムを貼って外側からは内らが見透せないようになっているものでもない。
だからのんびり椅子に収まってビールをきこしめしている自分の姿を見られてしまう。
「なんか気恥ずかしい」と思う人ももちろんいるのだが、全然逆に楽しんでいる人もたくさんいるのだ。
(俺はこんなにのんびりして、ビール呑んで、美味いものを買っているのに、あんた方は忙しそうに、額に汗してえらい大変やなぁ〜)
今日も既に窓際の3席は埋まっていて、それぞれクセのありそうな年寄りが座っている。
河原町三条にある古本屋「京阪書房」が近く閉店すると聞いた。
覗いてみたが特にセールの予告してはなかったな。
今月の『文學界』にのっている朝日書林の荒川義雄の文章には次の内容がある。
なんでも今から2年くらい前の話だと言う。
「市場で入手して彼に送った、田中英光の書簡の内容が、今の彼の精神状態とすごくマッチしたらしいんです。(中略)
彼の説明によれば、英光が『周りから全然認められなくて悔しい、悲しい』と訴えるような文章だった。
それを読んで、「泣いた。今の自分だ」と言うんです。その時、「自分の二回目のブームは必ず来る」とも言ってました」
2年前といえば2020年あたりだが、特に西村賢太が売れなくなったわけではないし、田中英光のように『周りから全然認められなくて』てなことはないのにね。
ただ文庫本は次々品切れとなり、重版されない状況になっていたことも確かだ。
それが西村賢太には耐えられない事態だったのかなあ。
それだったら、例の父親の事件を赤裸々に書いてみるとか、田中英光の遺族に暴言を吐いたやつを取り上げてみるとか、西村自身が暴力沙汰を起こして収監された話を取り上げるとか、そういうセンセーショナルな、本人にとっては身を切られるようなネタだろうけど、其処に切り込んで欲しかった。
センセーショナルなネタの方が話題になって部数も出るに違いないからだ。
今日は純文学雑誌4誌の発売日で、「文學界」は西村賢太の特集だ。
また、今月も連載をまとめた単行本と藤澤清造のエッセイを集めた、西村賢太編纂の文庫本が出る。
また7月には文庫本サイズで追悼文を集めた特集本が出る。
それにしても西村賢太については懸案の「藤澤清造全集」を朝日書林から出さなかったのが謎だな。
あれだけの年収があるんだから、なんの問題もないのに不思議だ。
「売れないとわかってる本を赤字覚悟で出すのはなあとひよったんだよ」という人もいる。
「藤澤清造の小説は大したものではない。今読んで通用する代物ではない。そういう真っ当な意見を周りから聞いて、西村賢太も二の足を踏んだんやないか」てな話も聞く。
さて、今日出た「文學界」には朝日書林店主の荒川義雄の話が載っている。
「彼は百パーセントを求めるタイプですから、資料集めでなかなか踏ん切りがつかなかったんじゃないでしょうか。ただ去年あたりから、今年こそは出そうと言っていました。
毎年そんなようなことは言っていたんですが、今回は本気のようでした。だから、すごく残念です」
とある。
つまり荒川は西村が凝り性だったので先延ばしにしていたと判断しているわけだ。
田山花袋が大正3年に出した「田山花袋の日本一周」は2007年に東洋書院から復刻が出た。
全3巻のなかなか大冊でもちろん大阪の話もある。
「大阪人は利の上の交際のみで、家庭の中は城壁のやうで、滅多に人に開放しないさうだが、其処が面白いね。
金さへあれば、開放する必要はないからね。人に内幕なんか見せない方が安心でいいからね。
金がないから、仕方がないから関東人は交際なんかするんだね。そして、生活の保障を友情とか人情とかいふやうなもので得て行くんだね。
だから、関東人の交際は面倒で仕方がない」
これはその通りだ。金がないのが根本的な原因で、1人では生きていけないからどぶ板の付き合い、隣三軒両隣と密に繋がりを持って暮らして行かざるを得ない。
それがいいところもあるのは確かなんだが、全体としては極めてわずらわしいこともわれわれの共通認識なのだ。
大正時代にそれを看破したのはさすがは「蒲団」の田山花袋だよなあ。
これまでの大阪論では、つまりは大阪は金にうるさい、また大きな田舎で人付き合いが濃密だというのばかりだった。
花袋はそんな愚かしい駄論にはくみさない。
このところ仕入れがうまく行ってない。
さすがに6月ともなると、宿替やら、転勤やら入学やらもなくなり、慌ただしく不用品の断捨離に励むお客さまが減るからだ。
確かに1月からこの方は例年にも増していい本を仕入れられたので嬉しいし、いつの年も夏場は仕入れが難しくなるものであることもよくわかっている。
それでも古本屋の宿痾は仕入の不安なのだ。1日でも買取がないと不安に駆られる。
ゲーマーは数時間Switchに手を触れないと震えが来るだろう。
カーキチは電車に揺られてると情けなくて涙が出て溢れよう。
結局どんな仕事でも趣味でもホリック化してしまうのだ。
さて、いい本を持っているのはそれなりに収入がある地区、まともな大学があるところ、マスコミや出版社が集まっている街だ。
そこで今日は行ったことのない奈良、新大宮近くにあるブックオフに行ってみた。
佐保川からほど近い国道沿いにある二階建ての大きな店舗だ。
ただ本のスペースが広くない。
入口すぐのところはゲームソフトや機器、そして大量のカード。
続いてテレビのフロアでさらに進むと音楽CD、映像ソフトなどが所狭しと並んでおり、その後はマンガだ。
そしてようやく1階の一番奥が文庫、新書、文学書その他のスペース。
小説の単行本コーナーなど、棚三つくらいしかない。
また岩波文庫、中公文庫、ちくま文庫などのコーナーはあるものの、蔵書量があまりにも少なく、目を引くものもない。
結局店で売れる主力商品はゲームソフトやカード、電子機器あたりなんだろう。
2階のフロアはカードゲームの対戦スペースになっている。
これでは客がいい本を売りに来てくれたとしても、買い取りの店員は今ある棚の空きスペースが気になって積極的に買い取れないのではないか。
買いに来るマニアだって、なんでもごった煮で、色々あるけど何にもない空間は魅力的とは言えない。