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古本屋日誌
春先はなんやかやで宿替が増えるから、それに伴い古本屋も忙しくなる。
私も時に買い取りに伺うのだが、憂鬱だ。
紙の本が生まれたのは古代エジプトであり、それは紀元前20Cといわれている。
つまりもう4000年は経っている。
その間洋の東西で出版された本、肉筆本などがどれほどの量になるのか、想像を絶する。
お客さんのご自宅に到着して引き取ってくれという本の山を見ると、値打ちもよくわからないし、見たこともない本ばかりなのだ。
店舗があって、例えばもう潰れてしまったが上本町の「一色文庫」みたいに大半が100均で売っているのなら
堂々と
「あのね、お客さん、うちは来てくれはるみなさんはご近所さんばかりやし、100円とかで売っとるさかい、安う買わしてもらいますわ、かましませんやろ」と言える。
しかしうちは店舗もないし、そんな言い訳も通用しない。
「もう、あれやこの辺の本は要らんねん、なんぼかんぼでもええよって全部持って帰ってや❗️」
ゆうてくれるお客さんはいるのか、いないのか❓
これは実はいらっしゃるんですね。本にも金にも大したこだわりのないお客様が。
この前も西村賢太の新潮文庫や文春文庫、あんまりみたことがない幻冬舎文庫の「けがれなき酒のへど」や、徳間文庫の「下手に居丈高」の初版、帯付きを売ってくれたお客さんがいた。
文庫の帯はかなり面白くて、新潮文庫の「どうで死ぬ身の一踊り」には「便座上げとけ言ってんだろがっ!」と黒で大書された帯が付いているのだ。
こういうコンディションのいい本は古本屋などに売らず、個人でメルカリやヤフオクに出品した方がずっと高く売れることは間違いない。
しかしお客さんのおっしゃるには
「そんなことめんどいだけやろ。おまはんに来てもうてあれこれおしゃべりした方がよっぽどおもろい」
そんなもんだろうかね。実に不思議だ。
京都、神戸、そして大阪の古本屋なんだが、明らかに京都のそれは以前ほどいい本を揃えていない。
京都で一番の古本屋は、もちろん三条にあるブックオフなんだが、棚を見ても魅力的な本を持っていない。
値段が高くて買えないという話ではなく、そもそもいい本を持ってないのだ。
先日は岡崎公園のみやこめっせで、3年ぶりの大規模な古本市だった。
初日から行ってみたが、開店前に並んでいる人数も減っていたし、扱う本のレベルも落ちている。
いい本がないわけではない。
例えば講談社学術文庫の「今鏡」全3巻が7500円、同じく「増鏡」全3巻揃は3500円となっている。
いずれもAmazonの価格に準拠していて、「なかなかない本だし、安いから買おう❗️」とはならないだろう。
むしろ古本市ではコンディションや中身をチェックするだけにしておいて、買うのはAmazonからになるのではないか。
これはやはり観光都市である京都の衰退を意味していると思う。
バカバカしいコロナ騒ぎだが、客は来ない。
旅館、飲食展、のみや、花街、観光業者軒並み上がったりで、消費トレンドは冷え込んだままだ。余裕がないから本も買わない、当然だ古本屋に売ってくれることもない。
たくさんいるはずの学生も飲食店、家庭教師などのバイトが減少し収入がおぼつかないものだから、自ずから本を買わなくなり、必然古本屋に流れてこない。
森毅は京都大の教養部の教授だった。
数学者だそうで、あれこれ著作もものし、その中で中公新書から「数学受験術指南」を出していた。
これは京大の入学試験が答えだけでなく、プロセスも見るという話で、たとえ答えが間違っていたとしても、プロセスがきちんとしていれば点を与えるという話だ。
森毅はそこから敷衍して京大のテストでは発想の豊かさがもとめられる、たとえ定期試験だとしても単に暗記した内容を解答用紙に滑らかすことは評価されない。
そもそもテストで測りたい学力は暗記とは無縁であり、新しい発想なんだから、京都大学のテストでは教科書やノートの持ち込みが認められているという。
これは生意気盛りのバカな若者をつけ上がらせる論理だよなあ。
本当にちゃんとした能力があれば問題ないだろうが、京都大学に入学できる程度の浅はかな力では大半の学生は無能だ。
その無知蒙昧な輩に、自由に自分の考えを述べなさい、書き記しなさいてなことを言うんだから困ったもんだ。
今まではおとなしいバカだったのに、けたたましく、やかましいバカになるだけの話で、前の方がまだマシだったことはいうまでもない。
ゴールデンウィーク中、特定郵便局は営業していない。
5月4日のことだが、翌日も休みで、発送が明後日の金曜になってしまう。
ゆうメールは土日は配達がないので、結局来週の頭にしか客のところに着かない。
コロナ騒ぎで通販を利用するお客さんが格段に増えた。
これまでは街中の古本屋を利用していた人たちも出歩かなくなって、メルカリとかAmazonなどで買い物をするようになったのだ。
ところが例えばゆうメールは土日や祝日な配達がないことをご存じないお客さまもいらっしゃる。
あまり到着が遅れると不審がられてしまうし、読みたい本をすぐに読めないのは気の毒だ。
それでもサービスの一環として、5月4日に朝一で寝屋川郵便局に出向いて発送した。
ゆうゆう窓口は2人の係の人が対応しているが、ひっきりなしにお客さんが段ボールやレターパックを持って来ていてなかなか盛況だ。
もちろんメルカリやヤフオクなどのサイトで売り買いをする人が増えたからだ。
昨日で天王寺さんもみやこめっせも古本市は終わりだ。
天王寺さんでは値引きの交渉をしてる人もいた。
浮世絵版画(小型の風景画)の束を店主に示して
「これ全部買うから2万にしといてや」
「いやいや、一枚1500円見当やから三万」
「なんとか二万」
「いや、三万」「これそのままバラして売ったら一枚3000円とかになるもんやで。東京の業者なんか五万でもこうていくで❗️」「もうそっちへ戻しといてや❗️」
「これ後2時間くらい待ったら二万にならんかなあ❓」
「絶対ならん、来年になったかて三万や❗️」
てなやりとりだったよ。
また、ある古本屋は近代文献(戦前の社会科学、満州、朝鮮などに関するものだ)の専門だが、天王寺さんではそれ以外にいろんな地方史の文献や和本なんかもたくさん並べていて
「業者お断り」との張り紙があった。
しかし、よく見るとその張り紙は上から赤いマジックで「お断り」のところにぺけがつけてあって「大歓迎」としてある。
また別の貼り紙には「ヤフオク、メルカリ業者大歓迎」とか「ブローカー歓迎❗️」とか書いてある。
これはかなりの人が本の前に突っ立ってスマホでAmazonの値段を調べるためにカチャカチャやってるので、ちょっと皮肉っているのだ。
転売されることが嫌というわけではないのだ。(もちろん嫌がる古本屋もいることは間違いないが)
うちも古本屋さんや大学の生協さん(古本を扱っているのだ)から本の注文を受けることがある。
これは本当にありがたいことで、俺も売れて嬉しいし、向こうの古本屋さんも利益がでて嬉しいわけだろうから、誰も損する人はおらず誠にめでたいと思う。