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古本屋日誌
昨日はハルカス美術館でやっている「福富太郎コレクション展」に行ってみた。
福富はキャバレーの経営者で銀座にも「ハリウッド」と銘打ったキャバレーをオープンさせその利益で様々な絵画をコレクションしていた。
鏑木清方のはその中でも有名だが、伊東深水の絵も実はあるのだ。
それは「戸外は春雨」と題された巻物状の連続画でキャバレーの楽屋や舞台袖の様子が活写されている。
福富の経営していたキャバレーもそうだが、客を入れるホールや生バンドを入れてのショーが行われる舞台は驚くほどきらびやかで、異空間といっていいものだ。
ところがその舞台裏はショーを終えてあられもない姿のまま腰に手を当てて咥えタバコのホステスたちや、難しい顔をして舞台や客席を覗き込む経営者と思しき男の姿があるのだ。
ミュージアムショップでは図録とともに2018年に出た今井晶子の「キャバレー、ダンスホールの20世紀」も売られている。こちらはミナミの「ミス大阪」や「ユニバース」東京の「ハリウッド」の内装が取り上げてある。
私は「ミス大阪」が好きで何回も出向いているのだが、表から入ると段差もなくどんつきの舞台まで遮るものもなく見渡せる解放感を感じるはものの、店内は薄暗く、くすんだ落ち着いた雰囲気だ。
ところがこの本ではそれこそあたう限りの照明を使い、カメラの角度も工夫してこれまで見たこともない灼熱のトロピカルな空間が切り取られているのだ。
だから今回展示中の伊東深水の絵とはまるっきり反対の世界がそこにはあって面白い。
生活保護を受給している人をバッシングする風潮があるよな。
自分が負担した税金から保護費が出ているのに、パチンコやギャンブルに使っているとか、不正な受給を受けているものがいるというやつだ。
でもこの手の批判は必ず自分より下の連中にだけ向けられるという、不思議さがある。
毎日汗水垂らして仕事に励んでいるのにあいつらは何をしとるんや❗️というのは会社の経営者や株で儲けている連中や、マンションを所有して不労所得をたんまり得ている見苦しい輩に向けられてもおかしくないだろう。
でもそうはならないんだよな。
俳優やタレントもまともな仕事をしているわけでもないのに、法外な所得を得ているわけだから批判があっても然るべきだがそうならない。
でもこれは現代の特徴であって、これら芸人風情はずっと河原ものと蔑まれて「あの芸人がどれだけ金を稼いでるのか知らんけど、そいつらの稼ぐ金と俺が汗水垂らして稼ぎ出す金は根本的に値打ちが違う」という価値観が一般的だった。これは山本夏彦や山城新伍が縷々述べていたことだ。
サッカー選手やプロ野球で何億円もの収入を得ている連中も「たかがサッカーや、野球みたいなガキでも出来ることを大の大人がしてるだけやないか」という批判は当然成り立つ。現に設立当初のプロ野球はそのような批判にさらされていたことは井上章一の述べるところだ。でも現代ではその批判は見られない。
例のMMTの価値観では税金を原資として国の様々な財政支出(公務員の人件費も含まれます)がなされるというのは間違いだとなる。
管理通貨制度の下では国は何もないところから金を生み出すことができる。税金はあまりにも金が市中に溢れてインフラになるのを防ぐために回収しているだけということだ。
MDN新書で藤井聡の「超入門 MMT」が出た。
MMTはケインズ以来の需要喚起政策で、インフレにならない限り積極財政を展開して財政支出を拡大すべきとする理論だ。
よく赤字国債の残高が1000兆円を超えて、それだけ国民の借金が積み上がった。ここは是非とも財政健全化を目指して国債の発行を減らして均衡財政に移行すべきだという話は聞いた。
しかしMMT理論ではこの程度の赤字国債で財政破綻は起こらないとし、むしろベイシックインカムのような大規模な財政出動こそ、デフレの状況下では望ましいというのだ。
今日から京都文化博物館で小規模な古本市だ。
ここは京都の伝統的なメーンストリート、三条通に面していてすぐ西隣のマンションはバブルの頃に建ったのだが、億ションだと騒がれていた。
朝から行きたいところだが、折あしく買い取りの仕事があったので昼過ぎに行ってみた。
本館の一階、路地のような通路の壁面とテーブル一つ分に本が並んでいる。
京都はいろんな大学があるから、本の買取依頼も多いだろう。保守的な土地柄だから研究室の蔵書の整理を依頼するのでもブックオフではなくて、昔から出入りのある本屋になるだろう。
しかし、文系の専門書は仲間内しか読まないような高額な物も多く、つまりは同人誌みたいなものだ。
これを店舗や古本市に出して売れるかというと全く売れない。だから買い取りの際もそれらはなんとか金は払いたくないのだが、先生方は「三万するんだから、せめて5000円くらいでこうてくれよ」みたいなことを本気で思っているからタチが悪い。
今日は京都に買い取りに出向いた。
亡くなったお爺さんの遺品の整理だ。
昭和9年の室戸台風で被害を大判の写真で報じた大阪毎日新聞、アポロ11号の月着陸を報じた京都新聞、1979年の三菱銀行北畠支店の強盗事件、2001年の同時多発のアメリカ中枢への攻撃などの新聞があった。
よく何十年も前の新聞が残っているものだよなあ。
他にも京都市内を走っていた市電は少しずつ廃止されたわけなんだが、廃線となるたびに最後に発売された記念切符のコレクションもあった。
私はこういうものはあんまり興味もないし、売れることは売れるだろうけれど面倒でもあるので
「これはね、お客さん、電車の資料はなんぼでも欲しいゆう人おるよって、大切に持っていなさった方がよろしいで」と申し上げてそのままにした。
三条駅の男子トイレはすべて和式便器だ。嫁に聞いてみたら女子の方もそうだということだ。
確かに和式の方が便器に肌をくっつけることがないから清潔だ。もともと日本人は下着を付けてないから着物を捲り上げるだけで用がたせたわけで極めて合理的なのだ。