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古本屋日誌
文藝春秋から出たルドガープレグマンの「希望の歴史」には興味深い話がある。
第一次大戦での戦死者の原因を調べたら前線での戦闘ではなく後方での爆撃や長距離砲によるものが極めて多い。
これは前線の将兵は敵兵を目の前にしてもなかなか発砲できず躊躇してしまうからだという。
なんでも発砲できたのは全体の一割くらいしかないのだそうだ。
これは人はそもそも善人でいくら戦争とはいえそう簡単に殺人を犯すことはできないからなんだそうだ。
ルドガーは1914年のクリスマスに塹壕戦を戦っていたドイツとフランスの将兵が期せずして賛美歌を歌い合い、挙句サッカーの試合をしたり、宴会まで催した語り合ったりしたことも挙げている。
これも人の性がもともと善なるものであることを印象付けるという。
なるほどね。
これまでも戦争では様々な飛び道具が使われた。重火器もそうだし、飛行機、弓矢や投石などもそうだ。
その目的は接近戦で敵に対してしまったら、こっちもやられる危険性が高くなる、つまり我が身かわいさからと理解されていた。
ところがルドガーはこの理屈を覆して他人や敵兵への思いやりから接近戦では矛先が鈍ってしまうからだというのだ。
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今日から天王寺さんで古本市。
早速行ってみた。
例によって大阪、岡山、奈良、滋賀、京都、兵庫、静岡、鳥取の古本屋が集っている。
岡山の「不死鳥ブックス」は大型のテントを4つも設営して300円均一で本の他にレコードを大量に販売している。
おそらく10トントラックで岡山から運び込んだものだろうが、10月とは思えない猛暑の中その労力を想像すると神々しくさえ思える。
新しい単行本や文庫本はない。かなり昔の本、例えば広辞苑の初版や筑摩書房や角川書店から出ていた日本文学全集の端本、古典文庫が目についた。
古本屋の交換会や客から買い取った本で通販にはなじまないものを出品しているのだろう。
通販で本を売るときに避けて通れないのが客が持ってくる通販向きでない本のことだ。
店舗なら50円とか100円で売れる本でも通販では売れない商材はたくさんある。
古本屋によっては無人店舗を設置して販売してさばこうとする店もあるんだが、聞いてみたら「せやなあ、日に千円とか二千円とかやな、でも盗まれることはないな。うちも盗まれたらやめとこおもてたんやけどな」
このあたりは悩むところだろう。
以前は神戸の口笛文庫や昼猫堂、広島の古本屋も参加していたが今回は参加していない。
初日なのでレジに行列ができている店もある。
ある古本屋のレジのすぐ横に写真を売っているコーナーがあって「これはすぐに勘定してください」とある。
写真を持って本を探したら写真が傷んだり、本のあわいさに紛れ込んだりするから、買うと決めたらすぐ勘定してくれということだろう。
見ていると写真を何枚か持った爺さんが、それを逆手にとってたくさんのレジ待ちの人たちを尻目にレジに割り込んで「写真やからすぐ勘定してくれ‼️」と言っている。
店の方は「ほんまは並ばんとあかんねんで、ようさん並んではるやろ。しゃーないから今回だけ特別にやったるけどな」と応対している。
爺さん、婆さんが傍若無人で恥知らずなのはどこでも見られることだよなあ。
無駄に馬齢を重ねて見苦しい。
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10月1日から緊急事態ではなくなり、売り上げがどうなるのかな。
やはり外に出ていろんな本屋に行く機会も増えるだろうから、売り上げの減少もあるよなあ。
先日京都の知り合いの古本屋と話すことがあった。
「うちもな、通販で売り上げは上るてようわかったさかい、もう古本市なんぞほんまはやりたないんや。せやけど、誓文払いやとか日頃のご愛顧に応えるのが商売人の心意気やゆう同業者もようさんあってな、そない言われたら無下にはでけへんやろ」
その通りで今後も通販に古本販売が傾斜していく傾向は止まらないだろう。
このところうちの猫のノミはだいぶ減りました。
通販で購入した「ブロードライン」を肩甲骨あたりに垂らして能書によれば「24時間以内にノミとその卵の90%を駆除」とあり、確かに翌日床に弱ったノミがたくさん落ちていた。
その後通販でノミ取りブラシを買い、さっさとブラッシングをした残ったノミを駆除している。
ところが購入したブラシなんだが細かい目のブラシに取ったノミを収納するガラスのケースが付いているのだが、一度収納したノミが暴れると容器とブラシの隙間から逃げてしまう問題がある。
仕方ないので一匹捕獲するごとに容器の隙間を押さえて台所に走りシンクに用意した水を貯めたタライにつけて駆除している。
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朝日新聞社から昭和48年に出た「六浦光雄作品集」はいつ見ても面白い。
後半に京都、大阪を旅したイラストと日記風の文章が載っている。
四条縄手上るの「いづう」に鯖鮨を食べに行きたくなった六浦は道ゆく人に
「すみません、祇園の『いづう』はどこにあるかご存知でないですか❓」と訊ねるのだが
みな一様に「…………」でなーんも教えてはくれない。
「あの、有名な『いづう』だよ‼️知らないわけがない‼️京都の人は金にならないことにはまるで関心がないんだ」と書く。
前に雑誌『大阪人』に井上理津子が大阪市内の盛り場の大衆酒場をルポする連載をやっていて、千林の回が面白かった。
千林商店街の古くからやっている飲み屋に出向いて井上が「この辺で昔のことをようしてってはるおかたをご存知ありませんか❓」と取材しようとしても誰も彼も
「さあな……」と口を濁すばかり。
井上は頭にきて「こんな不人情な街はこれまでなかった」と書く。
そりゃ井上みたいなひまじんに付き合ってはいられないよなあ。
ただ文庫本になった時は「取材しなおした」とかで千林の悪口は消えていたけどね。
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早川書房からローゼンタールの「それはあくまで偶然です」が出た。
運を信じて右往左往する人たちに鉄槌を下す本だ。
「13日の金曜日は縁起が悪い」というのは西洋社会ではポピュラーな迷信だがその真偽を確かめようと大規模な調査が行われた。
13日金曜日に起こった交通事故の件数を他の曜日と比べて有意な差があるのかを調べてみたのだ。
もちろん差は検出されず、バカな噂に過ぎないわけだがわれわれがそういうものから自由になることはない。
それで思い出すのは、私がえらい前に通っていた大阪市立住之江中学では社会の夏休みの宿題は自由研究が課題だった。
1番優れた研究として教師が発表していたのは岡崎という女生徒のもので「雨の日は本当に交通事故が増加するのか否か」というものだった。
もちろん有意の関連がある結果が示されていて、目の付け所がいいなと感心した覚えがある。こっちの方がよっぽどまともだよなあ。
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