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古本屋日誌
京都にあるミシマ社という出版社から仲野徹の「そろそろ大阪の話をしよう」が出た。
大阪に詳しい各界の人との対談集なんだが大阪城天守閣の北川央とのやつでは大阪の上町の意味が取り上げてあって大阪城が上にある意識でつけられているのだという。つまり東西南北でいえば、大阪城は東なんだが、そこが1番上で、そのお城の近くにある場所が上町なんだそうだ。
そうなのかあ〜〜〜〜、船場に比べて標高が高い地点にあるから上本町とか上汐町とかいうのかとばかりおもっていましたわ。確かに徳川時代の地図は東が上になっていますな。
北川央は以前新風書房から出した大阪城の本の中で、昭和の再建天守閣は最上階だけが黒塗りでほかは白い、これは夏の陣の黒田家屏風と全然違う。黒田図屏風は全て黒塗りですからね。
実は2006年にオーストリアで見つかった秀吉時代の天守閣を描いた屏風では最上階だけが黒塗りでほかは白い。北川は昭和の再建時にどうして秀吉時代の天守閣の様子がわかったのかミステリーだとし「これが話題にならないことが不思議だ」とまで書いていた。
さてその後進展はあったのか?今回の仲野との対談集で新たに新潟から発見された聚楽第の屏風に描いてある天守閣は最上階だけが黒塗りで残りは白いから秀吉時代の流行なのかもしれないという。また黒田家屏風に全体が黒塗りの天守閣となっている理由に関して「秀吉の創建の後慶長の大地震で大坂城も大きな損害が出たことがわかっているので、天守閣に大幅な修正が加えられたのかもしれない」という。
うーん、まあそうなのかな、でも肝心の昭和の再建天守閣がなぜ秀吉時代の天守閣の姿をしているのか?その典拠は何か?が問題なのにそれには答えられていないよなあ。
酒は日本では許容度が広く、「酔うとったんや」と言えば暴言を吐いても、物を壊しても許されることがある。
今ではさすがに無理だか1980年代の半ば、枚方の塾の社長は泥酔して車を運転して民家の塀に激突して足の骨を折ったんだが、「あれ〜〜〜〜なんか足が曲がってもてよう立たんわ〜〜せやけどちょっとも痛ないわ」とびっくりして同乗していた女に記念写真を撮らせ、後日自慢そうに社員だったわたしに見せてきた。
今でもいつまでも飲める人がいて、気持ちよさそうに生ビールを2、3杯くらいあけて、ハイペースになって酎ハイだのハイボールだのを注文していく。
顔も赤くならず、のっぺりと白いままで、こっちは一杯目ですでにゆでダコなのに不思議と言うほかはない。
「はしご酒」というのは何軒も店をへめぐって、店を変える度に酒量が上がってくるやつのことだ。
血液中にアルコールを分解できる酵素が大量に含まれていてしかも旺盛な活動能力を保持している。それに加えて肝臓の分解能力も高い。味には適度に鈍感。ビールはとりわけ二杯目、三杯目と重なるごとに膨満感も増してくるし、味わいも衰えて通常はブレーキがかかるものだが、どういう体なのか鈍感なのか大丈夫だ。
このような幾重にも重なった特殊能力を保持できて初めていつまでも楽しく飲むことができる。
最終的にどうなるのかというと、ハイピッチになるとともに「いまここで裸になるぞ‼️」とか横の人にからみだしたりして、結局酔いつぶれてねてしまう。
この前の月曜深夜の「ビーバップハイヒール」は京阪電車のミステリー特集だった。
ミステリーとされたものは「アンスリーとは?」「1番駅間距離が短い土居と滝井間は何分かかるのか?」「初め香里園には何があったのか?」というようなくだらないものばかりでもっとちゃんと作れよと思うしかなかったなあ。
なんでも京阪電車の森小路から土居の区間は「日本一駅間距離が短い」と放送していたがそんなことはない。同じ京阪電車の中で考えても石山線の京阪膳所から粟津の区間なんかどの駅間距離も400メートルくらいしかない。
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NHKの古館一郎司会の「日本人の名前」で京都の特集があった。
京都人のプライドの話で例の「一見さんお断り」のネタが出て古館はかつてロケに行って予約なしで割烹に入ろうとして扉を開けて「すみませんが、予約取ってないんですが〜」と頼んだらカウンター席にだーれも客がいないのに「申し訳ありません、今日は満席ですので」と断られた話をしていた。
京都の人によれば「一見さんお断り」は十分なおもてなしができないから、そのこしらえが出来る次の機会に来てもらいたいという意味で極めて丁寧な、客をもてなす態度だと弁護していたがそんなことはないだろう。
だいたい次に断られた店には行かないから、もてなしてもらいようもない。
私も大徳寺近くの蕎麦屋に友人5人で1時くらいに出かけて、「すみません、5人なんですがいけますでしょうか?」と尋ねたら「あのーうちの店ねー団体さんは3人までに決めてますねん、すみませんが遠慮しとくれやす」と言われて、店内を見回すとテーブル席はまだまだいくらも空いているので「それやったら3人と2人に別れて座りますから」
と食い下がってみたら「うちはそういうのもやってませんので」とすげなく断られた。
それでも「じゃあ私ら3人だけ食べます〜〜」とか言って適当に別れて入ってしまうこともできたんですが、別々のテーブル席に付いてもなんとなくグループだというのはわかってしまうし、そうなったらそうなったで今回はいいとしても次回は出入り禁止になってしまうだろうから、グッとこらえてすごすご帰りましたよ〜〜〜〜
でもまあそれはそれで意味のあることなのだろう。わが道をゆくというスタンスがなければ祇園祭は存続できなかったし、東山の景観も保つことはできなかった。
このところ急に朝夕冷え込んきて、急遽石油ストーブを引きずり出してつけてみたが、確かに部屋全体がぬくなって快適ではあるのだが、灯油の残りは少なく、移動販売車もまだ来ておらず、かといってガソリンスタンドまで買いに行くのも道中寒風吹きすさぶ中であるのを思うと二の足を踏む。
そこでホットカーペットを二階からおろして来て床に敷き詰め、さらにこたつぶとんも探し出しておこたのしつらえた。こたつぶとんは長らく押入れに入れっぱなしでよく見るとコートに付いていることがある白い虫が蠢いているので、仕方なくガムテープで少しずつ埃などといっしょに取り除いた。
日本家屋は風通しが良くなっているので、やはり隙間風が入ってくるかがするので、角2号封筒の封をするときに使う幅広の透明テープで窓や扉を目張りしてみた。