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古本屋日誌
今日は朝から雨でした。天王寺さんと天神さんの古本市が始まりました。前に天王寺さんの古本市で八切止夫の「信長殺し、光秀ではない」を見つけてこうたんですが、初めにこの本に書いてあることは大変価値のあることだから読者は一読したらビニールに包んで地中に埋めて保存してくれ、その保存場所はこちらで用意してある、奈良県の吉野あたりで、ここですとその埋めていい場所の写真も添えてありました。なんかあまりにもバカバカしいのが魅力なわけです。
先日天満橋のお客さんから小泉八雲の本をお譲り頂きました。八雲は大阪を見て実に伝統を大事にしている街だと感心することしきりで、たとえ100年後でも大阪の街は今と変わってないだろうとおかしな予言をしています。まあえらい外れようですよね。
しかし川田順の「住友回想記」になんか得体のしれない浮浪者のような男を正月のお披露目に毎年招いていて、その正体は住友が創業の時に世話になった人の子孫だということで、川田はそれを聞いてびっくり仰天してるわけです。まあ住友は大阪城天守閣の再建の時も多額の出資をしているし、今慶沢園になっている本邸もなぜかできてすぐに寄付したし、バンザイした安宅コレクションを気前よく大阪市に寄付したし、なかなか面白いところのある会社ですな。
今日は清々しい秋晴れで仕事をしたくなくなるような感じです、そうもいかないのが浮世の義理で、しかたありません。先日北区のお客さんから歴史関係の本をお譲り頂き、その中に「秀頼の首」がありました。大阪城の旧三の丸の地点(今の追手門学院の敷地)から大柄な男性の首と馬の骨が出て遺体が天守閣の方を向いているところや埋葬の年代から夏の陣で死んだ秀頼のものではないかと言われているそうです。ということは秀頼は山里曲輪の蔵に逃げ込んであまつさえ千姫をネタに助命まで願い出て当然拒絶されて自刃したという話は間違いだということになります。
司馬遼太郎の「城塞」に秀頼は5月の7日に城が落ちたのにおめおめと山里曲輪に流れて母親と蔵にこもっていたわけで武将として極めて不可解なことだと書かれていて、まあそうやなあ、潔くない残念だとかねがね思っていましたから、やっぱりそうやなあ、それでこそ豊臣の貴公子だと安心しました。それにしてもこの本なんですが詳細な出土地点が明記されていないのは何故なのかふしぎです。
枚方市駅の壁面に展示してあった白髪一雄の絵が盗まれその犯人が捕まったと報道がありました。この絵は5000万くらいの値打ちがあるそうで、確かに誰もが行き来する駅に無造作に展示されていたとは素晴らしいような驚くしかない。高架の施工業者が寄付したとのことだが、どんな業者なのかもわからないし、事業が完成した折に寄付する慣習があるのかもわかりません。枚方は以前病院がそのロビーに置いて患者の精神的な安定に寄与したいとしてガンダーラ仏を奈良国立博物館の助言で購入したことがあるが、これは偽物ではないかと裁判になったことがありましたね。「はだしのゲン」にも出てくるようにあの世での幸せを願って重篤な患者のまくらもとでお経をあげる習慣が昔はありましたよね。坊主にやらすこともありましたが、「罪がないから」とかで小学生くらいの子供にやらすこともありました。
また以前阪神百貨店で水木しげるの原画展があり「墓場の鬼太郎」や貸本の原画が無造作に吊り下げて展示してあった。押し合いへし合いなんだが、またあまり意味のないことだが警備員も何人か配備されてはいたが、私は持ち帰りたい❗️と何度も思いました。
今日は雨です、先日千日前のキャバレー「ミス大阪」に行きました。ここは前に宗右衛門町にあった「富士」や「メトロ」のような巨大なキャバレーではなく、なかなかいいのが、入り口から入ってすぐ正面に舞台があって階段や段差もなく、外の日常からストレートに愉快な世界にトリップできるのです。経営は焼き鳥チェーンの「鳥よし」だと聞いています。いい会社ですね。コンパニオンは70代の人もいて、素晴らしく話が上手くてびっくりします。小説ではアルサロの経営をしていた磯田敏夫の諸作品、どおくまんの「花の応援団」ですね。こういうのがきちんと残っておる大阪はたいしたもんだと思いました。以前東京のキャバレー「ミカド」の写真を見たことがあるんですが、エンブレムに菊の紋章を使っていておもろいなあと思いましたが、今もあるのかなあ。