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古本屋日誌
今日、飛鳥新社から小林麻衣子の『西村賢太殺人事件』が発売。
小林は5年にわたり、岡山で西村と同棲していた人で、これまでその話を2回『月刊Hanada』に書いている。
西村は力のある作家だが、50過ぎても食生活での暴飲暴食がたたり、突然死してしまった。ファンも多く、古書価は高騰していて、なかなか手に入らない。
今回の小林の回顧録は400ページくらいあるので、余す所なく西村の一面が描かれるだろうと期待している。
三ノ宮のお客さんのところに行ったついでに、ジュンク堂で早速購入した。
ジャンルとしては、ノンフィクションだと思うのだが、本は「現代文学」コーナーに置いてあって、ネット検索によれば、三ノ宮の店には15冊入っている。
今年のノーベル賞のことで京都大学を評価する向きに違和感を覚える。
そもそも大学は教育機関であるはずで、いたいけで、無知蒙昧な学生連中をそれなりに手なづけ、常識ある大人に成長させる責務もあると思う。
もちろんそんなことばかりしていては人類の進歩はないし、第一面白くもない。東大と並んで、世界水準の研究機関であることも確かではある。
それにしても京大は学生を教育していないし、野放し過ぎるのではないか。
才能ある学生にはストレスなく思う存分力を揮う機会を保証してはいるが、そんな能力ある学生などほとんどいない。
ほんの一握りの天才を発掘して、その力を伸ばすために、その他のバカを2500人も入学させて、挙句堕落させてしまうとは、あまりにも効率の悪いやり方ではないか。
とりわけの野放しが激しいのは熊野寮だろう。自治寮ということで、大学の管理は及ばない。
入寮させる学生の選考から、寮の運営は学生に委ねられている。俺がいた1980年代半ば、寮費、つまり家賃は月に200円ぐらいだったし、食堂で3食美味しいご飯が食べられて、それでも食費は一日数百円。
また寮には随時アルバイトの依頼が電話で入ってきて、割りのいい仕事にありつくこともできる。
1980年代の前半から後半にかけては藤ノ井工務店がよく熊野寮に仕事の依頼をしてきていて、3時間くらいで6000円とか7500円になった。
仕事は藤井大丸などの百貨店の模様替えや改装作業なんかがあって、大量にバイトを使い、短時間で終わらせる形だったから、怠けていることもできたのだ。
こういう環境に長くいると、もともと怠惰に流れやすい凡人の通弊としてどんどん、怠け癖が付いて、社会生活を普通に送れなくなってきてしまうのだ。
今日は昼から三ノ宮に出向いて、昨日移転、拡大オープンしたまんだらけパック2に行ってみた。
場所は三ノ宮駅のすぐ南、センタープラザの2階、不二家の向かいだ。前のパック1の5倍の規模だという。
扱う商品は各種カード、ファミコン、スーパーファミコン、DSなどのゲームソフト、プラモデル、フィギュア、ソフビ、同人誌、エロ雑誌、アニメの制服、平凡、GOROなどの雑誌、プレミア漫画、写真集その他と幅が広い。
18日のオープン前にはホームページで売り出される特選品の画像が発表されて、本、雑誌、ソフビ、ゲームなどジャンルごとに整理券が配布され、客は指定された時間に出向いて好みのモノを買うシステムになっていた。
プレミア漫画では講談社の『キャンディキャンディ』の全巻セットが3種類掲載されていた。(値段は載ってない)
大きな通路の南側に入り口があって、まんだらけを象徴する真紅の縁取りの店構えで、入り口すぐ右には3段にわたり、箱が並べてあって100円均一、3点なら200円で、マンガやグッズがあった。その中には青林堂から出ていた近藤ようこの漫画もたくさんあった。
中に入ると、細長い通路が南北方向に走ってそれぞれ大きな赤い本棚が並んでいて壮観だ。ジャンルごとにぎっしり商品が並んでいる。
『キャンディキャンディ』は3種類ともまだガラスケースに残っていて、中でも初版のセットは50000円となっていた。
他にも大友克洋の『童夢』初版銀帯が9000円(初版でなく、状態の悪いのは1000円で出ていた)、小学館文庫の『洗礼』全巻が1000円、『わたしは真悟』セットが3000円となっている。
昨日は神戸のお客さんのところに行ってから、5時半に甲子園。友人に取ってもらったCSの横浜戦を三塁アルプスで観戦した。料金は2割ましくらいで3600円。
先発の才木は球が高く、空振りが奪えず、ファールで粘られる投球、おまけに5回表終了時に激しい降雨がやってきて50分くらい中断。
内野全体にシートが被せられて再開を待つ。
天気予報で雨だったせいで、かなりのお客さんはイエローのカッパを持参してきていて、スタンドに留まっている人もそれなりにいた。
そもそも野球は時間外無駄に長い。ピッチャーとキャッチャー以外はヒマで動きもない、その2人もアルプススタンドからは分かりづらい。
わメジャーが導入している投球の20秒ルール、サイン交換の電子化などはすぐにやってもらいたい。
試合は8回に伊勢を打って同点となり、10回裏に佐々木の初球を森下が一閃、低い弾道で、長い、長い時間をかけて左中間スタンドに入るホームランで、サヨナラ勝ち。
今日はあれこれ出荷する本を梱包して郵便局に持ち込んでから、神戸のお客さんのところに出向く。
SB新書から出た『東京格差』によれば、首都圏は埼玉、千葉、神奈川から昼間にたくさんの人が通勤していて、東京一極集中となっており、そのため街並みも途切れることなく続いている。
しかし京阪神の都市圏はそれぞれ独立していて、首都圏のような一極集中は起きていない。大阪都心への通勤圏は尼崎市などにおよんではいるが、京都は京都、神戸は神戸で独自の経済圏を形成している。
著者のにゃんこそばによれば、その原因は京都大阪間に淀川の形成する湿地帯や大きな巨椋池があって、住宅地が分断され、交通の便がなかったことをあげているけど、俺は納得できないな。
京都の人たちにとっては大阪のノリは認められないものだったからだろう。
交通の便なんか徳川時代でも、京街道はあるし、淀川の舟便もいくらでも整備されていたから、至便だったわけで、行き交いの阻害要因などない。
大大阪時代の大阪は、つまりはアメリカのノリで、スクラップアンドビルドで古いものを破壊して何でもかんでも作り変えるのが流行していた。
それを美しいと感じる価値観もあったし、また日本帝国主義の屋台骨を支えるスーパー近代都市として讃える視線もあった。
東京の人たちなど、嫉妬と羨望の眼差しを大阪に向けていたのだが、京都の人たちは一顧だにしなかった。