Welcome
古本屋日誌
2025-10-21 12:01:00
今年のノーベル賞のことで京都大学を評価する向きに違和感を覚える。
そもそも大学は教育機関であるはずで、いたいけで、無知蒙昧な学生連中をそれなりに手なづけ、常識ある大人に成長させる責務もあると思う。
もちろんそんなことばかりしていては人類の進歩はないし、第一面白くもない。東大と並んで、世界水準の研究機関であることも確かではある。
それにしても京大は学生を教育していないし、野放し過ぎるのではないか。
才能ある学生にはストレスなく思う存分力を揮う機会を保証してはいるが、そんな能力ある学生などほとんどいない。
ほんの一握りの天才を発掘して、その力を伸ばすために、その他のバカを2500人も入学させて、挙句堕落させてしまうとは、あまりにも効率の悪いやり方ではないか。
とりわけの野放しが激しいのは熊野寮だろう。自治寮ということで、大学の管理は及ばない。
入寮させる学生の選考から、寮の運営は学生に委ねられている。俺がいた1980年代半ば、寮費、つまり家賃は月に200円ぐらいだったし、食堂で3食美味しいご飯が食べられて、それでも食費は一日数百円。
また寮には随時アルバイトの依頼が電話で入ってきて、割りのいい仕事にありつくこともできる。
1980年代の前半から後半にかけては藤ノ井工務店がよく熊野寮に仕事の依頼をしてきていて、3時間くらいで6000円とか7500円になった。
仕事は藤井大丸などの百貨店の模様替えや改装作業なんかがあって、大量にバイトを使い、短時間で終わらせる形だったから、怠けていることもできたのだ。
こういう環境に長くいると、もともと怠惰に流れやすい凡人の通弊としてどんどん、怠け癖が付いて、社会生活を普通に送れなくなってきてしまうのだ。