Welcome
古本屋日誌
昨日は日差しはあるはものの、風が強くて肌寒いなか、久しぶりに中書島まで出向いて、橋の下の駐輪場に設けてあるHello cyclingで電動自転車を借って、伏見桃山の大手筋商店街に行ってみた。
ここは東西にまっすぐ伸びる、アーケードも備えた大きな商店街で、チェーン店の喫茶店なんかもあるのだが、伏見の酒を飲めるアンテナショップや八百屋、ブティックそして何より小さい本屋が健在だ。
黄桜などの酒蔵が儲かっていたり、インバウンドの収益が大きかったりするのだろうと俺は思うのだが、昔風の商店街がそれなりに残っている。
小さい本屋が残ってるところなど観光客で潤う京都と金回りがいい東京ぐらいなのではないか。
俺の住む萱島はチェーン店が多い。松屋、珈琲館、大阪王将、モスバーガー、鳥貴族などなど。
これが実は、最先端のニッポンだと思う。こういうチェーン店はみんな安いし、美味いし、スピーディだし文句のつけようもない。その点、東京だろうが京都だろうが遅れてるよね。
さて、その足でブックオフ、スーパーバザー伏見店に出向いた。
ここは本のみならず家電、ブランド品、スポーツ用品なんかも取扱う巨大店舗だ。
京都本コーナーには品切れの『京ことば辞典』(2000円)、プレミアムコーナーには小学館文庫の『漫画家残酷物語』(全4巻2200円)『マタギ列伝』なども並んでいた。
しかし俺の好みの本は少なく、今回は残念な結果になった。
巨大な店舗で絵本やCDなんかもたくさんあるので、親子連れがたくさん見えていたし、国道沿いでモータープールも完備されているので、トラックの運転手と思しきおっちゃんが江藤淳の『1946年憲法』(1400円)や『神功皇后の謎』(2800円)を立ち読みしているのを見ていると、いい古本屋だなぁ、とつくづく思うよ。
国道沿いの『来来亭』で遅い昼ごはん(コッテリラーメン、味たまご入り、1080円)を食べて中書島に戻り、自転車を返却してから宇治線で黄檗駅。
てくてく歩いてJRの黄檗駅に到着し、二駅目の小倉で下車して、初めてブックオフ小倉店に行ってみた。
確かにスーパーバザー伏見店は巨大だが、周りは工場や倉庫が多く、純粋な住宅地ではないので、集まってくる本にも限界があると思う。
それに対して宇治市は、黄檗には京大のキャンパスもあるし、周辺は住宅地だし、あの井上章一先生もお住まいになっているようだから、いろんな面白い本があると期待できるのだ。
といってもすごくいい本は、すぐに売れてしまうだろうから、残ってはいないはずで、おそらく棚にあるのはごく最近出た本やだいぶ前に出てそれなりにいい本だろうと思うのだ。
岩波文庫でなら『パサージュ論』全5巻とか『西行全歌集』とか『拾遺和歌集』とかは残っている可能性はあるが、発売されて日も浅く、値段も定価より少しやすい程度だろうから、みんな得をした感じにならないから買わないだけのことだ。
俺はそういう本よりも、角川文庫の今村夏子の『あひる』の初版帯付きとか、中公文庫の『第三の波』の初版、ちくま文庫の松岡和子の『シェークスピア全集』とか新潮文庫の『深夜特急』全6巻とかが欲しい。
これらは素晴らしい出来栄えの本だし、今すぐにでも読みたい作品だからだ。さて結果は予想した通りで、なかなかいいお店だとわかりました。
それなりにいい本が置いてあるのに加えて、一部の単行本は半額になっていたし、今日は本は全品2割引きになっていた。
土曜日でお客さんも多く、かなりの人がスマホで値段をチェックしながら品定めをしていた。当然のことだろう。
中学受験の進学塾、日能研関西の最初の過労死事件を考えている。
2000年1月末に自宅でくも膜下出血で倒れて搬送されるまで、酒井(職責は算数課の課長)は50日以上休んでいなかった。
当然肉体的、精神的疲労が蓄積して様々な身体の不具合があったと思う。
ここに二つ目の注意すべき点があると思うのだ。
それは、くも膜下出血という病気はひどくしんどい時と体調が戻る時が交互に現れるということなのだ。
1月の統一入試が終わり、その後、後期日程でダラダラ入学試験が続いていたのだが、日能研関西では(他の塾もそうなのだが)試験当日、生徒の集合の1時間前に教師も集まって「激励」する習慣があった。
それで酒井も日能研上本町校で授業を終えて、その翌日大阪市内の、ある中学校の入学試験の激励に早朝から行くシフトになっていた。
彼はその時門戸厄神に住んでいたので、大変だと思い、わしが「今日はわしの家に泊まったらええやん、サッカーの試合も見れるし」(俺はその時、千林に住んでいた)と誘ってみたが「いや、激励の道具(日能研の小旗やネーム入りの腕章のこと)を持ってきてないから」と言って断られた。
地下鉄谷町線に2人で乗って東梅田駅に着くと、彼はそこで下車して阪急に乗り換えるのだが、しばらく、3秒くらい立ち上がれなくて、その後も力を振り絞るようにやっとこさ立って降りていったのだ。
そんなに体調がすぐれないんだったら、仕事なんか何の意味もないし、すぐに医者にかかったほうがいいよね。
ところが酒井はそうしていない、これはおかしなことに思える。
いくら体力に自信があるといっても、地下鉄の下車駅でしばらく立ち上がれないほどしんどいわけだから、まずいと普通は思うところだ。
ところが、そのしんどそうだった日からしばらくして、上本町校でまた酒井に会う機会があった。
日能研では、行われた入学試験の問題を入手して、直ちに模範解答を作成する(どこの塾でもそうだろうけどね)のだが、酒井がある中学の入試問題を手にして、控え室に入ってきて、後ろには若手の算数の職員を従えていて、張り切った声で「付き合わせ‼️付き合わせ‼️」という。
自分の作った答えを他の先生のそれと比べて正確さを期そうというわけだが、顔色も良く、テカテカ光っていて、とても先日のしんどそうな様子はかいまみられなかった。
その時ちょうど新入社員の子もいて、わざわざ酒井が俺に紹介してくれたので「いつもね、酒井先生にはお世話になりっぱなしなんよ」という話もして、彼は楽しそうに聞いていた。
というわけで、このくも膜下出血という病気の特性には目を向けておかないといけないと思うのだ。
今日は嫁と山崎蒸留所に出かけた。
以前は無料だった見学ツアーは3000円の有料となっているが、なかなか人気だ。
われわれは無料のもので、ウィスキー館の1、2階を自由に見ることができ、またテイスティングカウンターも利用できる。
早速カウンターに行ってみると、以前はハーフショットだったが、今は30ミリのフルショットになっている。
値段は山崎25年、白州25年、響30年がそれぞれ22000円となっている。
以前はハーフショットではあるものの、3500円くらいだったと思うので、だいぶ値上がりしているね。
山崎18年、白州18年、響21年はそれぞれ3400円だから、こっちをオーダーする人がたくさんいる。
品薄だし、安くするとみんなオーダーするから、ある程度高くしておかないといけないのだろう。
中学受験の進学塾の日能研関西では過去2回過労死事件が起こっている。
2000年の1月に算数課の課長だった酒井がくも膜下出血で亡くなった。
自宅で倒れるまで50日以上休みをとっていなかった。
神戸地方裁判所で和解が成立したのだが、なぜこういうことになるのかを考えてみる必要を常々感じていた。
いうまでもないことだが、当時、社長であった小松原景久氏の労務管理がでたらめであったこと、その責任は重大であることは明白だ。
ただ、だからといって全ての社員が追い込まれてというふうにはならないわけだから、いろんな面から考えてみる必要がある。
まず一つは本人の健康への過信がある。
彼は会社で実施される定期的な健康診断で高血圧が指摘されていたが、特段降圧剤を服用するなどした様子はない。
俺は、酒井の健康診断の結果を記した用紙を見ながら「これはえらいこっちゃ、どないかせなあかんやん」と本人に言ったことがある。
「いや、父親も高血圧やったから、遺伝で、仕方がない。(父親は)特に問題なかったからな」と答えた。
今考えるととんでもない話だが、この話を聞いた1999年の夏段階では、そういうもんかいな、まだ歳も若いし(当時酒井は38だった)と思った。
また酒井は時々『日刊ゲンダイ』を読んでいて、そこに掲載してある、医者に健康状態を相談するコーナーを指差して「これ、月に90時間残業して、2日しか休んでなくて、身体がだるいです、どうしたらいいでしょうか?と聞いてるけど、そんなもん、働きすぎに決まっている。休まないと」と笑っていた。
また彼は静岡の掛川西高校の出身なんだが、高校時代は自宅から自転車でかなり長い坂道を毎日毎日通っていたし、クラブは水泳部でバタフライが得意だったという話だ。そもそも基礎体力に自信があったと思う。
それで高血圧で、要治療の判定が健康診断で出ていたのにもかかわらず、自分は大丈夫だろうという過信があったことは間違いないと思う。
ただ、もし彼が身体がだるいとか、頭が痛いと訴えて、近所のクリニックを受診したとしても、「それは疲れてからくるものです、ちゃんと休みましょう」とか、「夏風邪ですよ」とか誤診されてしまった可能性も高いと思うのだ。
俺は2011年8月末に結核の診断が下り、入院したのだが、その年の2月に手首の腫れがあって整形外科を受診したが、よくわからずで、都島にある大きな医療センターで診てもらうよう紹介状をもらって、MRIやらの検査を受けた。
しかし、医者の見立ては「よくわからないな。手首の腫れは切開してみたらわかるけど、今は手術が詰まっているから8月終わりくらいにしましょう」などと言われた。
その後も耳鼻科、内科2軒などを受診したが、全て「中耳炎だ」とか「風邪でしょう」と誤診された。そういうバカで無能な医者が町中に溢れているという大きな問題もあるのだ。
中学受験の進学塾の日能研関西で働いていた先輩の話は何回か書いた。
先輩は社会を教える講師で、東京にいる時分から、小学生相手の仕事をしていたベテランだった。
2000年にこの塾の算数課の課長だった酒井が、50日以上休みが取れず過労死したことを契機に労働組合を作り、その初代の副委員長に彼はなった。
そのため同僚の先生方から労働相談を受けることが多々あったのだが、興味深いのは誰もが抱える不思議なバイアスのことなのだ。
バイアスについてはこのところ、いろんな種類があることが知られているのだが、よく陥ってしまうのが、現状維持バイアスだ。
とにかく今のままにこだわり続けて、変化を好まない傾向がわれわれの脳にはあるというのだ。人類の長い歴史の中で、これまでのやり方を変えてうまくいったことが少ないところから、脳は現状維持を選びがちだ。
仕事においては、目前に危機が迫っていて、周りにもそれがわかっているのに、本人は平気で、今の仕事のやり方を変えようとしないばかりか、変な自信まで抱いている。
塾であれば生徒からの評価は大切にしないといけないのはいうまでもない。
例えば生徒や親からクレームがたくさん出ていて、上からも注意を受けているにもかかわらず、当の本人は危機感を抱いていないばかりか、よかれと思って耳の痛い話をしてあげている上司や先輩、つまり労働組合の幹部に対して反感をもつのだ。
本人の心理はよくわからないが、「俺はきちんと仕事している、それなのに、不当ないちゃもんをつけられている」とでも思っているのだろう。
俺がつねづね不思議に思うのは、その自信の出てくる根拠だ。全くよくわからない。
予備校業界はかつてゴールデンセブンといわれた、生徒急増期があって、3大予備校は競って全国に校舎を展開した。
大教室で100人以上1クラスの授業が行われて、先生も不足がちで、力の不足している人もどんどん採用していたと思うのだ。
予備校業界でも、もちろん生徒からアンケートを取ったりして、講師の評価をしていたのだが、あまりにもひどい人はさておき、かなり問題があったとしても、背に腹は変えられないから(お客さんがたくさん来ていて、授業を提供しないといけない)翌年も仕事を依頼するわけだ。
教育業界のみならず、どんな仕事でも大なり小なり同じことが起こるだろう。
つまりその労働者の力量なんかとは別の使う側の都合が入り込んでくる。
上の人間も、その問題のある労働者と話すときに、めんどくさいから、嫌がる話はしないケースも多い。
そのため労働者の方ではおかしな自信を持ってしまうのかもしれない。