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古本屋日誌
今日から花隈の神戸古書会館で小規模な古本市。
暇なので行ってみた。
ここは阪急電車のすぐ北側、モダン寺のねきにあって、木造二階建ての今では珍しいバラックで、地震で倒壊しなかったのが不思議なくらいの古い建物だ。
一階には神戸の古書組合のいろんな掲示がたくさん貼ってあって、それらを眺めるのが楽しい。
まず、役員一覧、さらに、古書会館の鍵は誰それと誰それが持っているから、必要な際は借りて欲しいとか、用が終わったら鍵は直ちに返却して欲しいなどの注意書きもある。
会館を使う際に冷房を入れたら、1日の場合は800円、半日なら400円徴収するなどというのも貼ってある。
他には古本屋同士の交換会で入札できる札の説明(金額によって札の数が違う)もある。さらに交換会でのルールの説明もある。
なんでも、出品する本のコンディションはキチンと書くように❗️、線引きがあるとか、水濡れがあるとか、ページの欠損があるとか、いくつか、註記すべき内容が列挙してあって、「これらが守られない場合は、値引きや返品の対象になる」
「これは神戸だけでなく、近畿全体の古本屋組合の取り決めだ」とも書いてある。
さらに「印象」で本の状態を説明するのは認めないともある。
聞いた話では組合の交換会では縄でゆわえた20〜30冊の本に封筒が付いていて、その中に買いたい金額を書いて入札するのだそうだ。俺はやったこともないし、やりたいとも思わないが、その際一冊一冊のコンディションを確かめる時間はないのだろう。
出品してる方も騙してやろうとは思ってないはずだが、20冊、30冊てな量になるから当然チェックミスも起こるだろう。
喜び勇んで落札した古本屋が、チェックしてみたら線引きがたくさんあって「これで5万はおかしいやろ‼️」と問題になるケースもあるのだろうよ。
また新しく古書組合に加盟した古本屋の名前と責任者名も張り出してある。
みつづみ書房とか、四つ目屋とかの名前があるが多くは店舗を持たない、通販専門の店だ。
掲示の話はさておき、この古本市は目録も出していて、30ページくらいの小冊子と、オールカラーで大判の写真版目録の2種類だ。
ここの目録は伝統的なしきたりを純朴に守っていて、本のコンディションなんかは書いてない。
書名と著者名、初版とかの説明に値段というシンプルなもので、客はそのわずかな記述から欲しい本の状態を想像しあれこれ妄想を膨らませるのだ。
NHK大阪放送局が出した「JOBK70年」という大判の回顧録を入手した。
その中に1964年の10月10日のことが書いてある。この日は東京オリンピックの開会式であり、またタイガースとホークスの日本シリーズ第7戦でもあった。
しかしこの本によれば、日本中がオリンピック熱に冒されていて、民放も含めて、テレビで日本シリーズは放送されていない、したがってNHKにも画像が残ってないのだそうだ。
確かにオリンピックの熱気はあるんだろうが、その頃のタイガースはジャイアンツ相手でないと甲子園を満員に出来なかったから、ホークスとの試合では盛り上がりに欠けていたことも事実だ。
さかもとやすしが1944年に出した『キャバレー論』を手に入れた。
さかもとは東京でキャバレーの支配人を長年していた。今でこそキャバレーは気息奄々だが(キタにはもうないし、ミナミも「ミス大阪」とかがあるだけだ)、さかもとがこの本を書いた1970年ごろはまだ巨大キャバレーもいくつもあったのだ。
さかもとはこの本で、キャバレー業界はなってないという。
まともに仕事する気もない連中が入ってきて、酒を飲みたい、女と遊びたい、朝から出勤したくないなどという不純な動機に突き動かされているという。
経営者にしてもホステスには日給2000円の保証を付けて、月給8万くらいにしているのに、キャバレーの部長には7万しか出さない。
男性スタッフなぞ、所詮ホステスの悩み事の相談相手ぐらいにしか見てない輩が多いという。
そうだよなあ、そういうやる気のない業界て色々あったよね。どうしても真面目に勤務できない人とか、人付き合いが無理な人とか、一時的にキレてしまう人とかね。
そういう人の受け皿は、こういう水商売に加えて、塾、予備校業界、雑誌、マスコミ、ゲーム業界だったように思う。
俺はしばらく河合塾で現代文を教えていたことがあった。
名古屋の校舎にも教えに行くのだが、宿泊費をもらって、名駅そばのホテルに宿泊して、晩は暇だから同僚の講師と飲みに行くのだ。
東京から来ていた英語の先生は電話帳みたいな英語入試問題解説の著者なんだが、
「今日はな、往生したわ。あっちの人に連れられて公証役場まで行かされて証文書かされたわ」
要するにややこしい借金で首が回らなくなってるわけだ。
京阪電車の株主優待は7月11日がスタートなんだが、なんか中途半端だな。阪急なんかはちゃんと1日のスタートだからね。
株主優待の半年定期の発送は6月下旬で、その直後からヤフオクに並んでいるのだが、俺としては75000円くらいで手に入れたい。
新京極の四条通に面したチケット屋は毎回京阪の定期も扱っていて、「来年の一月までとやつはなんぼなん❓」と聞いてみたら「80,000前後ですわ、予約を受け付けてますけど」というからちょっと高いなと思い断った。
いつも通りヤフオクで落札することにしたのだが、相場を見てみると8万くらいする。
早々と6月下旬に落札している人たちもいるのだが、早く手に入れても使えないわけだし、金をその場で払うわけだからメリットは何もない。
だから落札は7月10日ギリギリでいいのだが、7月に入ってもやはり落札価格は8万くらいしている。
結局7月4日に、相模原市に本部があるアクセスチケットのを落札した。
値段は送料込みで80000。
ここは振り込みだけなので手数料が330円もかかって(ポイントはVポイントに合算しているので、残ってない)しまい、こんなことならチケット屋に予約しておいた方がよかったなあ、と後悔している。
1995年に上原正稔が沖縄タイムズ社からだした『沖縄戦トップシークレット』を入手した。
上原は例の渡嘉敷島の集団自決が軍命令ではなかったことを示した人物だ。
沖縄戦は戦後の価値観からの意味付けが露骨で、真相すらも明らかになっていない。
そもそも住民の死者数もよくわかっていないのだ。
1993年に沖縄を訪問した天皇は「沖縄戦で20万の人々が犠牲になった」と述べている。
また県知事だった大田昌秀は17万8千人の沖縄出身戦没者数をあげ、全戦没者数25万7千人としているのだ。
上原はこの本の中で1944年2月の沖縄本島人口492128人と1946年の本島人口326628人をあげ、さらに本島から疎開した人を62000人としたデータも示して、結局全住民戦没者は103503人になると書いている。
天皇や太田の示した数字は、米軍の死者12520人も入れているのだが、上原の出した数字に比べてかなり増加している。
上原によれば、これは援護法で救済する人数を増やすためだという。
なるほどそれは必要なことだろうけど、沖縄戦での死者数がきちんと把握できていないのも問題だ。
疎開した人の数なんかは、全然検証されていないというのだ。