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古本屋日誌
井上章一が工藤美代子との対談本を出した。
『お帰りやす、天皇陛下』(ビジネス社)だ。
工藤美代子は以前「関東大震災、朝鮮人虐殺の真実』なる本を産経新聞出版から出した人物だ。
この本は、関東大震災のどさくさに紛れて、自警団と称するバカが、無辜の朝鮮人を大量に殺してしまったとんでもない事件を扱ったものだ。
工藤美代子よれば、そのころ朝鮮人は皇太子暗殺を企んでいて、震災を機に実行に移そうとしていた、だから虐殺なんかではなく、暗殺事件を阻止したのだという。
この工藤のお話は、根拠薄弱で、愚かしい。
そもそも大衆なんぞというものは、バカなんだから、きわめて醜悪な行動をするものだ。そんなこと、ちょっと歴史を学べば容易にわかることだ。
日露戦争の際の日比谷焼き討ち事件などどうなんだ。
賠償金が取れないから、講和は、とんでもないと主張して暴動を起こすなど言語道断だ。
ナチスに投票して政権を取らして、挙句第二次世界大戦を引き起こし、ユダヤ人の虐殺に手を染めたドイツの大衆など、衆愚の極致だよな。
関東大震災では、日本人、朝鮮人にかかわらず塗炭の苦しみを味わったのに、差別意識にかられて殺しを働くなど、バカもここに極まれりだ。
工藤の著作は殺人を働いたバカを免罪するもので、到底認められないし、学問的にもいい加減だ。
それはさておき、俺は井上章一は天皇制を否定する考えを持っているのではないかと思っているのだ。
天皇や皇族とかいうのはつまりは身分制度であり、人間の平等を旨とする近代民主主義に反するものだ。
江戸時代じゃああるまいに、天皇なんかをありがたがってどうするんだろうと思っている。
今日から阪神百貨店八階の催物会場で古本市。
朝10時の開店と同時に、地下一階のエスカレーターにたくさんの年配のお客さんが乗り込んだが(俺もその一人だ)、やはり、予想通り全員男というのが古本市の抱える問題だな。
でも例えば、堺筋本町にある会員制の卸の繊維問屋の寺内はタイムセールと称して、1日何回かワゴンに積み上げた鞄やバッグのタイムセールをやっている。
横に店員がスタンバッていて、「さあ〜皆さん、お待ちかねのタイムセール❗️〇〇のバックを始め、このワゴンの中のはすべて3000円均一❗️」とやっている。
この周りにたむろっているのは全員女だ。(ただし俺だけは例外、一人だけ男。)
寺内がこの現状をどう思ってるのか、わからないけど、扱う品物で極端な性比になってしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
さて、阪神百貨店の古本市だが、毎年恒例で、レコードや紙もの(古い写真、観光案内、パンフレットなど)と併設されている。
大阪の古本屋のほか、京都、神戸、金沢、富山などの古本屋も参加している。
それにしても、このところの酷暑で、きなきなしていたところ、屋内のクーラーの効いた会場で、腹が北山ならすぐ上の階で満たすこともでき、地下に降りたらあのミックスジュースが飲めるという、まるで極楽か天国のような環境が用意されていてありがたい。
それに比べて、8月の下鴨の古本まつりは、ものすごく暑いし、湿気も大変なものだ。
さらに蚊の襲来や、ほぼ毎日やってくる突然のスコールを考えたら、よくそんなややこしいところに行くものだと我ながらあきれてしまう。
しかし、コレクターの心理としては下鴨のような過酷な環境の方が、満足感が大きいのだろう。
コレクターは本を読むひまなどない。そんなことなんかよりも、コンプリートすることに喜びを感じる生き物だ。
全精力を収集に費やしている。
そのように、収集の過程が人生の全てになるから、血と涙の結晶みたいな時間を持つ方が、楽して集められるより、遥かに価値があるのだろう。
俺は、コレクターでは全然ないので、下鴨の古本まつりは改善してもらいたいといつも思っている。屋内の会場でやらないものなんだろうかね。
以前は糺の森の南にあった大きな道場(体育館みたいな建物だった)で古本まつりを一部開催していたけど、今はその場所に億ションが建っている。
神戸、元町の「花森書林」は魅力的な古本屋だ。
花隈の駅からほど近い、路地裏の、元は倉庫ではないかと思われるスペースに25坪くらいはゆうにある長細い店だ。
店の前には均一本が並んでいるが、入るとまず目に入ってくるのが、料理や手芸、安野光雅などなど絵本のコーナーだ。
さらに、本のほかに、お皿、小物、アクセサリー、仏像、海外の雑貨などもところ狭しと並んでいる。
店主はまだ若い女の人で、気さくにお客さんとあれこれ話をしている。
なんでも弟さんも一緒に店を切り盛りしているのだそうだ。
俺がこの店を知ったのは上本町にあった「一色文庫」のマスターから「神戸の古本屋でゆうたら、花森が一番いいのとちがうかな。いい本たくさん持ってる」と聞いたからなのだ。
その後実際に訪れてみてその言葉に偽りはないと思ったのだが、当の一色文庫のマスターは突然店を閉めてしまった。
その後花森書林に行った際、店主に「知ってはらへんかなあ。一色文庫が閉店してしまいましたんや。以前マスターから花森のことも聞いてたんで、お知り合いやろう思てね。」
「えーーそうなんですか。それは知りませんでしたわ。あのお店はたくさん馴染みのお客さんもついてたし、赤字ゆうことはありませんからね。また聞いときますわ」てなやりとりをした。
その後も阪神百貨店での古本市に花森も参加していたことがあった。初日ではない何日目かの昼下がり、出向いてみたら花森の店主がリュックサックから本を取り出して本棚に詰めている。
通常、古本祭りでの本の補充は、オープン前にやってしまうことが多い。それで「ご主人❗️えらい勢が出ますな」と話しかけたら
「いやいやいやいや、用事が、用事がありました」という。
何か早朝や前の晩に大阪までやって来にくい事情があった訳だ。
さらにコロナ騒ぎがあった。
全国で古本まつりは軒並み中止となったが、店舗での営業は続けているところがほとんどだった。
その中で花森はしばらく店を閉めていた。
後で聞いてみたら、子供さんがまだ小さくて、感染したら困るとの心配からのことだったようで、それはその通りだと納得がいったし、あの阪神百貨店でのこともそのあたりの事情だったのかなと思ったのだ。
コロナ騒ぎも収まって、また花森に来てみると、次第に本よりも雑貨、小物の方が増えてきていた。本は量が増えないし、同じ本がいつまでも棚にある。
古本屋なんだから、本も集めてもらいたいところなんだが、そうなるのは何か訳があるのだろう。
ここからは俺の勝手な想像、つまり邪推なんだが、普通の古本屋は買取に慎重だ。
自分の店の商品に合わない本は買い取らない。
いわんや、雑貨や小物なんかは扱ったこともないし、価値もわからないから買い取ることはない。
でもお客さんは「ここらへんにな、あるやつはな、こないだタイに行たときにな、こうてきたもんなんやけどな、もうただでええよって、姉ちゃんにやるわ。頼むよって持っていんでんか❓」てなことを言ってくるものなのだ。
花森の主人は(想像なんだが)日頃から店に来てくれるお客さんとあれやこれや話をして、人間関係ができてしまっているから、無下に断れない。
「そしたら、もって帰りましょうか」となって、結果、店には本以外の大量の雑貨、小物が溢れることになったのではなかろうか。
実は雑貨や小物が好きなお客さんは旅行が趣味の方が多い。
そういう方は本を読まない。だから旅行好きのお客さんへの買い取りが増えてきてしまうと、勢い古本屋が雑貨屋みたいになってくるのだ。
もちろんこれは俺の勝手な憶測だ。
ところが、その花森書林のホームページを見るとつい最近の、7月15日付の書き込みがあって、まだ若い店主が(43とあるから若いよなあ)5月に亡くなったとある。
店はしばらく閉めていたが7月17日から、弟さんが店主を引き継いで再開するとなっている。
これには驚いたよ。そんなことがあるんだとしか言いようもない。
本当に残念だ。
今から考えたら店主の健康状態があって、本の買い取りが十分にはできなかったのが原因なのかもしれないと思っている。
花森にはよくミニコミやら新聞の取材が来ていた。
若い女の経営者というのが物珍しいというのもあったのだろうが、彼女に喋らせると面白いというのもあったと思う。
今までよく覚えているのは、ミニコミの取材を店で受けていて、店の歴史を語っていた時のことだ。
実は花森は前に「トンカ書店」という屋号で別の場所で古本屋をやっていたのだ。
その辺から話し始めて、やがて店を移す話になる。このへんはよう覚えていないのだが、店が入っていたビルが老朽化していて、雨漏りがするようになったという話だったようだ。
それで今の店に移ってくるのだが、この辺になると彼女はすごく興がのってきて、「それで、それでここなんですが、倉庫だったところなんです。実は。ちょっとそうは見えないでしょう。そこを手を入れてね」と聞かれてもいないことを話し始める。
そのあと、ふと我に帰るのか「あー倉庫でという訳じゃないんです。実は」という。
店のお客さんやミニコミの読者が古本屋の場所が倉庫なのか、コンサート会場なのか、テナントビルなのか、そんなことを気にするとは俺には思えない。
そんなもんどこであったかて、なんの問題もないんだが、彼女はふと喋ってから、これは失言だと思ったようだ。
今日は祇園祭。
嫁は御池通の市役所前に設けられた有料観覧席(4100円)を早くから取っていて、朝早くからいそいそと出かけて行った。
KBS京都は生中継するのだが、うちは視聴できない、ただBS11では無料放送なのでこれを見た。
祇園祭は町内対抗レースなので、わが町の山や鉾、衣装には損得など抜きにして多大な金子をかけてしつらえるものだから、あのような豪華絢爛な祭典となる。
(天神祭は町内対抗レースではないからあのようなよくわからない内容だ。地盤沈下を理由に、鉾流し神事の方向を下流から上流に変更するなど言語道断。そもそも神事の意味を失っている)
「向かい町さんには負けられません」とか「この鉾はうちの町内の誇りです」というのは聞こえはいいが、実は「隣町なんかダメだ」であり、引いては「大阪の連中とは出来が違うんです」「宇治なんか、そもそも京都ちゃいます」という差別意識に結びつくものだ。
差別意識が濃厚であるからこそ、京都は素晴らしいし、祇園祭の荘厳さが保証されているのだ。
だから差別には意味があるし、無くすことはできないと俺は思っている。
さてBS11の巡行生中継だが、全ての鉾山が四条堺町の籤改めを通過するところを映し出していた。
ここでは各山鉾の正使が文箱を開けて、巡行の順番を記した紙を取り出して、改役に示し、また箱を閉めてから、長い紐を扇子を使って巻くしぐさを行うのだ。
紐は二重で、かなり長い。(特に月鉾はすごい長い)それを扇子で微妙に調整しながら、一気に文箱に巻きつけていくのだから上手くいかないこともある。
勢いが足りなくて、紐が全部は、巻ききれないことがある。
そうかと思えば、上手くいって紐が一旦高く弧を描いてから(これはカッコいいのだ)、クルクルと寸分の余りもなく、文箱に巻きつく場合もあるのだ。
それが余すところなく、一々テレビで放送されるのだから、やる方、つまり正使の方やその背後で固唾を飲んで見守っているその町内の皆さんの心痛は計り知れない。
しくじった時など、後で口では「よう勤めはりましたなあ」とか「あんばいやっててやで」とかいうのだが、陰で何を言われているかわかったものではない。
そのあたりの駆け引きを京都の方々は楽しんでいるのだと思う。
わが国の最高の古本屋であるブックオフは、このところ客を店に長く滞在させようと、「立ち読み」キャンペーンを始めた。
コロナ騒動で立ち読みが少なくなり、滞在時間が減ってしまうことになった。
店内に長くていてもらったら、衝動買いもしやすいわけだろう。
店内放送で立ち読みを勧め、合わせて「やってはいけない7つのルール」もアナウンスしている。
声を出して立ち読みしない。
寝てはいけない。
身体を揺らしながら近づいてくる店員は補充しようとしているので立ち塞がってはならない。
ペットに餌をあげない。
飲食はしない。
カードゲームはしない。
などとおちょくりぐあいもなかなか面白い。
「寝てはいけない」のくだりなんだが、不覚にも眠り込んでしまった客を店員が揺り起こす際、「アサー」という高い声が入るのが懐かしかった。
これは1970年代初頭、谷岡ヤスジが少年マガジンの『メッタメッタガキ道講座』などでやっていたギャグなんだが、もう半世紀も前の話だ。
知ってる人も少ないだろうに、それでも敢えてやるところに、古本屋の意気込みを感じたのだ。