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古本屋日誌
今日は祇園祭。
嫁は御池通の市役所前に設けられた有料観覧席(4100円)を早くから取っていて、朝早くからいそいそと出かけて行った。
KBS京都は生中継するのだが、うちは視聴できない、ただBS11では無料放送なのでこれを見た。
祇園祭は町内対抗レースなので、わが町の山や鉾、衣装には損得など抜きにして多大な金子をかけてしつらえるものだから、あのような豪華絢爛な祭典となる。
(天神祭は町内対抗レースではないからあのようなよくわからない内容だ。地盤沈下を理由に、鉾流し神事の方向を下流から上流に変更するなど言語道断。そもそも神事の意味を失っている)
「向かい町さんには負けられません」とか「この鉾はうちの町内の誇りです」というのは聞こえはいいが、実は「隣町なんかダメだ」であり、引いては「大阪の連中とは出来が違うんです」「宇治なんか、そもそも京都ちゃいます」という差別意識に結びつくものだ。
差別意識が濃厚であるからこそ、京都は素晴らしいし、祇園祭の荘厳さが保証されているのだ。
だから差別には意味があるし、無くすことはできないと俺は思っている。
さてBS11の巡行生中継だが、全ての鉾山が四条堺町の籤改めを通過するところを映し出していた。
ここでは各山鉾の正使が文箱を開けて、巡行の順番を記した紙を取り出して、改役に示し、また箱を閉めてから、長い紐を扇子を使って巻くしぐさを行うのだ。
紐は二重で、かなり長い。(特に月鉾はすごい長い)それを扇子で微妙に調整しながら、一気に文箱に巻きつけていくのだから上手くいかないこともある。
勢いが足りなくて、紐が全部は、巻ききれないことがある。
そうかと思えば、上手くいって紐が一旦高く弧を描いてから(これはカッコいいのだ)、クルクルと寸分の余りもなく、文箱に巻きつく場合もあるのだ。
それが余すところなく、一々テレビで放送されるのだから、やる方、つまり正使の方やその背後で固唾を飲んで見守っているその町内の皆さんの心痛は計り知れない。
しくじった時など、後で口では「よう勤めはりましたなあ」とか「あんばいやっててやで」とかいうのだが、陰で何を言われているかわかったものではない。
そのあたりの駆け引きを京都の方々は楽しんでいるのだと思う。