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古本屋日誌
この土曜日の「朝日新聞」の別刷紙面に西村賢太の半生を辿った連載の再録があった。
見開きの全部を使い数回の連載をまとめて掲載している。
取り立てて目新しい内容はなかったが、3回目の芥川賞候補になった時の話は初耳だった。
芥川賞は、新人賞なので、今回ダメならもう受賞は無理だろうと考え、西村が「没後弟子」だと自ら称しているところの、藤澤清造の能登にある墓に参った。
そして墓前で、なんとか受賞できるように、師匠の力添えを祈念したのだとある。
それくらい西村は師匠に心酔し、心の拠り所だったのはよくわかる。
しかしそれなら受賞後、高額所得者となったにもかかわらず、自ら内容見本まで作った「藤澤清造全集」の刊行を、なぜやらなかったのかね。
寺尾文孝の「闇の盾」(講談社刊、2021年)に「墓場まで持っていく」と称する話がある。
実際にはバラしてしまっているので、それほど危ない話ではないのだが。
(寺尾は企業や個人から年間の相談料2000万を取るリスクコントロール会社を経営している。)
ある建築会社(本ではもちろん全て実名。お知りになりたい向きは、実際にあたって確かめてください)が、ようやく開発にこぎつけたマンション建築に右翼団体から横やりが入った。
有害な物質が地中に埋まっているというデマを流されて、あまつさえ街宣車が来て大音量でわめきたてられた。
デベロッパーと右翼団体は繋がりがあることも多いのだが、この会社はそれを毛嫌いしていて、そこが癇にさわったのだろう。
困り果ては社長から、寺尾のところに相談がきて、「たまたま」その右翼団体と面識があったので寺尾が口利きをしたところ、パタリと情宣がやんだ。
喜んだ建築会社の社長は寺尾を交えての祝賀会で、ビールで乾杯した後、感極まったのか、ビールグラスを噛み砕き、さらにバリバリと破片も飲み込もうとした。
もちろん口の中は血だらけだ。
彼は寺尾に礼を言おうと、わざわざ1時間もタクシーに揺られてやってきていたのだという。
面白い話でもあるけど、経営者の立場では、資金繰りに行き詰まり、目一杯になっていたのだろう。
そこへ寺尾の尽力で愁眉をひらいたのだから、喜びもひとしおだ。
ただこれまでのプレッシャーやストレスが余りにも酷かったものだから、ビールを飲み干しながら、切歯扼腕した日々に思いを巡らして平常心ではいられなかったのだろう。
今日は京都の新京極にあるシール専門店に嫁と出向いた。
10000点からのシールを揃えていて、全国に9店舗もあり見ていて楽しい店だ。
てくてく歩いて南禅寺で紅葉を楽しもうと思ったが、ここの紅葉はすでに終わっていて、水路閣やねじりマンボの地下道を見る程度になった。
京都の中心部から大した距離でもなく、歩いても行ける立地なんだが、空気は全然ちがう。森の木のかざが馥郁と薫っているのだ。これを詰めて自販機かなんかで販売しても十分に引がきそうなくらいだ。
三門脇のタクシー乗り場から、河原町三条までで1260円。
例によって1981年にはすでにあったアサヒビアホール。
京都の一等地で、道行く人の波を眺めてうまいビールに唐揚げやかた焼きそばをいただくのは楽しい。
この店でいつも思うのは老後のビールの楽しみだ。
70がらみの老人が、窓際の席や一階の二人掛けにちんまりと腰を下ろして大ジョッキと適当なあてをひとつ頼んでくつろぐ人がいつもいる。
手には文庫本をもち、ちびりちびりやりもって、目を本に落として楽しんでいる風情だ。
年齢をけみしても、まだまだビールをしっかり楽しめる健康を維持している幸せを先ずかみしめ、繁華街をブラブラするいろんな人に目をやって、あれこれ想像を巡らす眼福もある。
味覚はビールで堪能し、気に入った本を読み耽るのはなかなか乙なもんだろうよ。