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古本屋日誌
夜前は昨日に比べたらまだ風があってクーラーをつけて寝なくても大丈夫でした。うちの母親はクーラーがないと寝られないタイプなんですが父親は逆に汗をかいて寝るのが好きだというおかしな人でいつも寝るときはつけたら消したりバカなことを二人でやってました。
楳図かずおの「洗礼」の小学館文庫を手に入れました。母親がかつての美貌を取り戻すために自分の娘の頭に自分の脳みそを入れて娘になるという話です。荒唐無稽なお話ですが、娘のからだを乗っ取った母親は娘の担任の教師と結ばれたいとその嫁をいびり出そうとします。しかし担任の教師の愛情は自分には向かないとわかり、とうとう教師の妻を捕まえてその脳みその代わりに自分の脳みそを入れようと画策します。でも実は脳みその移植などは行われてはおらず、娘がいつまでも若くありたいという母親の気持ちを忖度しすぎて、実際に手術がなされたと思い込んで、あたかも母親が乗り移ったかのように振舞っていたというオチになっています。
なるほどねー、親からいじめられて育った子が我が子にまた同じようないじめを繰り返すことがあるのはだいぶ前に原田美枝子の「愛を乞う人」で見ました。石井光太のインドのノンフィクションでも幼い頃親から捨てられて犯罪者に拾われて体の一部を傷つけられてそれを利用して哀れみを乞うて金儲けさせられていた子供は大人になると同じような犯罪に手を染めることがあるという話でした。確かに母子接近は日常よくあることで、私が以前付きおうてた女もかつての連休中は家族で旅行に行くのが決まりやったんやけど、今回はやめとく、友達と遊びに行くゆうたら母親がえろうびっくりしとったわ」と何回かゆうてました。気にはなるんですね、なんか母親を裏切っている気がするし、かわいそうだと思うわけです。でもまあそこまでで男と遊びに行くわけなんですが、そうはいかないほど親との絆が強い子もいるわけで、そうなると親と心理的に一体化して同じように振舞ってしまう。
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昨日は相変わらずの猛暑でうんきが入るというのもおろか、ほめきっぱなしで、あんまり風もなくまるで京都の街中のようでした。
仕事で帰りは阪急南茨木駅を使いモノレールに乗り換えましたが、先週は使えなかった大阪行きホームのエスカレーターのうち上りだけが使用可能になっていて助かりました。上がってる時に見て見たら下りのエスカレーターの壁面のパネルに段差が生じて上から黄色と黒のテープで押さえてあるほか、下りのエスカレーターの乗口の床タイルに歪みがあります。また改札を出てすぐ右側の東館は相変わらずの立入禁止です。
高槻のお客さんの話では布団に横になるとなんだか地面がゆってる感覚が起きて気持ちが悪い、震度1くらいの大したことのない余震でも敏感になり、今のは初めてで縦揺れでどんと来たな、そのあとはガタガタッと横やったわとやたらに分析して言葉にして安心しようとしてまうんやとのことでした。私も実はそうなんですね、昨日も夜中の2時くらいに震度1の余震があり、クソ暑い中の眠りっぱなを揺さぶられて目を覚ましてしまいあとは寝られなくなりました。
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今朝も暑い、例によって猫は出たがりましたが、日向の強烈な日射を目にして臆して玄関のひさしの下の日が陰ってあるところに佇んでいます。
旺文社文庫の内田百間著作、全39巻が入荷しました。このシリーズは装丁がまず魅力的でバーコードも付いておらず非常にカラフルでシックな雰囲気がよく、かつてのサンリオSF文庫のそれを思わせます。サンリオのやつは翻訳があまりお上手とは言いがたく、いつもなんとかならんのかと思うんですが百間のは魅力的な日本語の粋を集めたもので中身でも楽しめ装丁でも楽しめるという大阪人の評価するおまけ付きの商品、グリコのおまけみたいなものでオススメです。
百間の貧乏はなしはなかなか巧みでひちやに行けるのはまだひちぐさがあるから生活が安定して回っている証拠で貧乏になると持っていくものがなくなるという話から始まって、幼少期岡山の造り酒屋で裕福だった思い出が語られます。虚無僧が托鉢に来た。折悪しく店のものは出払っていて幼い百間が致し方なく米びつのところに案内して虚無僧が差し出す器に米を入れてやるのだが、器がいっぱいになっても満足せず、顔を歪めて更に別の入れ物にも満たすように要求するので仕方なくたくさんの施しをする羽目になり、後で家のものからひどく叱られた。さらにげびつの米がやたらに減ることに家人が気づいて米びつにしるしをつけて減り方を見ていたら下女が米を盗んで実家に送っていることがすぐに判明した話が続く。たわいない話なんですが虚無僧が手を替え品を替え顔をしかめたり、口をヒン曲げたりして百間を脅迫する描写がなかなか面白くて読んでしまいます。

梅雨明け十日のことわざ通り灼熱の、サバンナ気候の乾季に突入したかのような蒸し暑さで、自宅は一日中二階の窓を開けています。雄猫は相変わらず地獄の暑さの中外に出たがり、赤い紐の首輪の周りをよく見るとヘリの黒い毛がかなりはげ落ちて白い地肌が見えているところがあります。また5つなので高齢化によるハゲではないだろうし、やはりストレスかもしれないと思いできるだけ外に出して見ることにしました。
それとともに首輪がために蒸れて抜け毛につながっているやもしれないので外して見ましたら、今まで体の一部だった赤い紐が懐かしいのか一生懸命ぺろぺろなめています。面白いので写真に撮っておきました。
それにしても以前は仕事にせよスポーツにせよなんにせよひと段落するまでは水を飲ませませんでした。中学生の時にボーイスカウトに入っていてキャンプに行ってくたくたで地元に帰ってきたその日に、びしょびしょになったテントをかんかん照りの日に乾かす作業をやったんですが、とにかく暑い‼️テントを広げるだけでなく、金槌やペグや支柱を出していったん組み立ててそろてるかを確認したり、寝袋も出して広げて干したりしました。これがまあ要領の悪い子は遅いし、要領はようてもやる気のないのとか、チーフや班長は管理職なので仕事をしなかったりしてえらい時間がかかり、暑いわで倒れそうになります。見兼ねてお迎えに来た父兄がファンタの差し入れをしてくれたのですが、これも全員には行き渡ることはありません。チーフとか班長が何本も飲んでしまったからで、後から金を出した父兄が「一部の人間で飲んで舞うんやったら出さなんだらよかった」とねじ込んで来ました。そんなことはさておき、作業がひと段落ついてようやくありついたファンタなり、水筒の水は悪魔的にうまくてロプノール探検に出たヘディンのような状態でした。私はこの体験がクセになって、今でものどがかわこうが、頭がジリジリ焼けようが、水はひたすら我慢して、至福の時まで待ちます。
朝日新書で「朝日ぎらい」が出ました。日本の若者は共産党などを保守だと感じ、逆に公明党や自民党を革新だと捉えている現象を解読してリベラルがダブルスタンダードであるために支持が広がらないことを論じた本です。まあ確かに軍事費を削って福祉に回せなどの主張はエスタブリッシュメントとしての老人層を擁護して、若年層は対象としていない政策に見えますからね。
出身、肌の色、性別そういうもので差別しないという主張はもはやスタンダードなんだが、論理的な能力や国語的な語彙力なども当然の生まれつきの要素が多いんだから能力に差があるのは当たり前で、現在のようにそのために年収や社会的地位に大きな差が生じるのもどうかとは思うなあ。会社でも子どもが三人いて家のローンに追われて四苦八苦してるおっさんやおばはんの足元を見てボーナスを下げたり、降格したり、無理な転換を押し付けたりしてるけど、まあ確かにそうされてしまう人は能力が低いんだけどそれは努力でどうなるものでもないわけなんだから「ひどい扱いといっても人によるんだよなあ、ちゃんと正当に評価されてる人もいるよ、この俺だけど」とか言って居直るのはいけませんな。
朝日新聞社でも、どの新聞社でも能力による合理的な待遇の違いはあり、販売するために新聞販売店に押し紙をしたり、景品をつけて売ったりとか、新聞奨学生を採用して安い賃金でつこたりとかどこまでを問題にするかは考えないといけないにしてもリベラルにあるまじきダブルスタンダードはあるに違いない。でもあんまりいきすぎると「モンキーハウスにようこそ」の世界になってしまうし、柴谷篤弘が「反科学論」で主張したそもそも専門家というものをなくすべきだというようなわけのわからない議論に行き着いてしまいます。
今朝も寝汗で体がベトベトになり寝ているのが気持ち悪なって起きました。汗をかいて寝るのも気持ちがいいのですがあまり汗が多くなるとかんがえものです。猫は例によって外出して、珍しく斜向かいの御宅のせんざいに白猫が佇んでいるのを見つけて動けなくなり尻尾をふくらましています。向こうも飼い猫で赤い首輪をしてましたが双方ともにヘタレなのか唸り声を張りあげることもなく地面に這いつくばって亀のような姿勢をとり尻尾は中途半端なふくらましようで、笑えます。私が玄関から出て近づくと、白猫は警戒して家の横の通路から中に引っ込み、うちの雄猫はそれに力を得て二、三歩相手に近づきましたが、それ以上は歩みを進めません。臆病な猫でよかったです。
森田たまの様々なエッセー集を入手しました。そのうち「はるなつあきふゆ」には季節ごとに作者が旅し、住まわった大阪、京都、札幌、東京、千里山、枚方などの風景が描いてあります。恋愛問題のもつれで道頓堀の旅館に10日ほど隠れていた時に例の巨大キャバレー「美人座」に連れて行ってもらった話があって、店の前で店長が呼び込みをしているとか、テーブルは満席で多くの紳士で賑わっていてビールや酒を運ぶボーイでビヤホールのように忙しいだとか、舞台の幕が開いて「なんかわけのわからないダンスが始まり」「なんで男はこんなとこへくんねやろか、不思議やわー」と言っていたのに、店の人から「女の人がここへ来るのは珍しいわぁ、またよろしゅうに」と言われたらたちまち心変わりしてまんざらでもない様子をしているのが楽しい。