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古本屋日誌

梅雨明け十日のことわざ通り灼熱の、サバンナ気候の乾季に突入したかのような蒸し暑さで、自宅は一日中二階の窓を開けています。雄猫は相変わらず地獄の暑さの中外に出たがり、赤い紐の首輪の周りをよく見るとヘリの黒い毛がかなりはげ落ちて白い地肌が見えているところがあります。また5つなので高齢化によるハゲではないだろうし、やはりストレスかもしれないと思いできるだけ外に出して見ることにしました。
それとともに首輪がために蒸れて抜け毛につながっているやもしれないので外して見ましたら、今まで体の一部だった赤い紐が懐かしいのか一生懸命ぺろぺろなめています。面白いので写真に撮っておきました。
それにしても以前は仕事にせよスポーツにせよなんにせよひと段落するまでは水を飲ませませんでした。中学生の時にボーイスカウトに入っていてキャンプに行ってくたくたで地元に帰ってきたその日に、びしょびしょになったテントをかんかん照りの日に乾かす作業をやったんですが、とにかく暑い‼️テントを広げるだけでなく、金槌やペグや支柱を出していったん組み立ててそろてるかを確認したり、寝袋も出して広げて干したりしました。これがまあ要領の悪い子は遅いし、要領はようてもやる気のないのとか、チーフや班長は管理職なので仕事をしなかったりしてえらい時間がかかり、暑いわで倒れそうになります。見兼ねてお迎えに来た父兄がファンタの差し入れをしてくれたのですが、これも全員には行き渡ることはありません。チーフとか班長が何本も飲んでしまったからで、後から金を出した父兄が「一部の人間で飲んで舞うんやったら出さなんだらよかった」とねじ込んで来ました。そんなことはさておき、作業がひと段落ついてようやくありついたファンタなり、水筒の水は悪魔的にうまくてロプノール探検に出たヘディンのような状態でした。私はこの体験がクセになって、今でものどがかわこうが、頭がジリジリ焼けようが、水はひたすら我慢して、至福の時まで待ちます。
朝日新書で「朝日ぎらい」が出ました。日本の若者は共産党などを保守だと感じ、逆に公明党や自民党を革新だと捉えている現象を解読してリベラルがダブルスタンダードであるために支持が広がらないことを論じた本です。まあ確かに軍事費を削って福祉に回せなどの主張はエスタブリッシュメントとしての老人層を擁護して、若年層は対象としていない政策に見えますからね。
出身、肌の色、性別そういうもので差別しないという主張はもはやスタンダードなんだが、論理的な能力や国語的な語彙力なども当然の生まれつきの要素が多いんだから能力に差があるのは当たり前で、現在のようにそのために年収や社会的地位に大きな差が生じるのもどうかとは思うなあ。会社でも子どもが三人いて家のローンに追われて四苦八苦してるおっさんやおばはんの足元を見てボーナスを下げたり、降格したり、無理な転換を押し付けたりしてるけど、まあ確かにそうされてしまう人は能力が低いんだけどそれは努力でどうなるものでもないわけなんだから「ひどい扱いといっても人によるんだよなあ、ちゃんと正当に評価されてる人もいるよ、この俺だけど」とか言って居直るのはいけませんな。
朝日新聞社でも、どの新聞社でも能力による合理的な待遇の違いはあり、販売するために新聞販売店に押し紙をしたり、景品をつけて売ったりとか、新聞奨学生を採用して安い賃金でつこたりとかどこまでを問題にするかは考えないといけないにしてもリベラルにあるまじきダブルスタンダードはあるに違いない。でもあんまりいきすぎると「モンキーハウスにようこそ」の世界になってしまうし、柴谷篤弘が「反科学論」で主張したそもそも専門家というものをなくすべきだというようなわけのわからない議論に行き着いてしまいます。