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古本屋日誌
中国大使を長らく務めた垂秀夫が文藝春秋から『日中外交秘録』を出した。
本は読み始めたばかりで、評価に値するものかはまだわからない。
垂は天王寺高校の同級生で、1980年卒、京大の教育学部に入った。(その後法学部に転学部している)
今もそうなんだろうが、大阪府立のトップ校では、受験指導みたいな授業は基本的には行われず、教師の趣味的な関心に基づいた時間だった。
漢文は藤川が担当していて、教科書は使用せず、手作りの『論語』テキストを使い、その解釈も極めて恣意的なものだった。
俺は面白いおっさんだと思って話を聞いていたが、快く思わない生徒もたくさんいて、公然と授業をボイコットしていたので教室はガラーンとしていた。
「なんでボイコットするんや❓」と聞いてみたら「あいつの話て、受験と全然関係ないやん、アホらしい思わんか❓」と言われたな。
3年の担任は国語の津田で、漱石が好きで岩波書店から出始めていた新書版の『漱石全集』を「これはいいからこうといたら、ええ思うよ」と勧めていたが、俺はどう考えても漱石の小説はくだらないと思っていたので、(こいつはバカだな)と思った。
津田は狭量なところがあって、自分の決めたやり方を強引に押し付けるという問題があった。
ある時午後の最後の授業が休講になり、もう好きにしていいかな、クラブのある生徒はそれに行き、帰りたいものは帰るという雰囲気になっていたが、津田がやってきて「とにかく、残って自習する‼️」と切り口上で宣言する。
垂が帰り支度して津田のところに歩み寄り、「帰るよ」と言うや、グーで津田は殴ったね。
垂はというと、特に捨て台詞なんかを残すことなく、さっさと帰って行った。40年以上前とはいえ、パンチを生徒に食らわす体罰は余りみたことがなかったな。
その後垂は「あれ、ほら津田に殴られたせいで、鼓膜が破れたのか、聞き取りにくくなって、耳鼻科に通ってるんや」と言っていたな。
急に暑くなって、2階はクーラーなしでは寝られない状態だ。
暑さに伴ってネコのノミも増殖していて、ブラッシングすると毎日30匹から取れてしまう。
Amazonで蚤取り薬剤を購入して2匹の首筋と頭に垂らしてみたが、余り効果はないようだ。
また雄猫の方は神経質で、追加の薬剤を垂らそうとすると、その気配を察知してすぐ逃げてしまう。
2匹とも、昼間はわしの布団で寝ているそうで、布団の上にかけているピンク色のシキパットにノミがいて困る。
2年前にこうた「ノミ取りホイホイ」は夜間暗い時に青色の光を放ってノミを誘き寄せて退治するものなんだが、確かに効果はあって何匹も捕獲しているものの、まだまだかいい。
仕方がないので、掃除の際に使うコロコロローラーをシキパットにかけると、その度に張り付いてくる。(やれやれ
退治できた)とローラーを眺めていると、得意のジャンプ力を活かして、粘着テープものかわで、逃げてしまう。
仕方がないので、テープに張り付いている名を見つけたら、爪で潰していくのだが、ネットで調べるとそのやり方ではタマゴを拡散してしまうおそれがあるとのことで、やってはいけないこととなっている。
以前雄猫を医者に連れて行こうと嫁と2人で追いかけて、ファスナーのついた鞄に入れたまではよかったが、隙をついて中から長い爪でファスナーをこじ開けて脱走してしまった。
日能研関西は中学受験の進学塾なんだが、2000年の1月に算数課の課長だった酒井が過労死する事件があった。
会社側と遺族が神戸地裁で争いとなり、最終的には日能研が謝罪する形で和解し解決金が支払われた。
今25年くらいの月日が経ってようやく冷静に振り返れる段階になったと考えている。
その当時、日能研で算数を教えていたFの話
「あの事件の時ね、社長が3000万なり、4000万なり積んで『すいませんでした』ゆうたら、もっとスムーズに解決してたん違うかな。
だから社長はバカなんだよな。上に立つものとして失格だな。
大体酒井さんが亡くなって、その翌年、職員の前で「いつまでもあのことを引きずりすぎる」とか発言してるんだから、そんなもん、みんなの怒りを買うに決まってるわけよ。そんなこともわからん人間が代表なんだからね」という。これはその通りだと思う。
社長だった小松原氏は2000年の春まだき、亡くなった酒井の故郷の静岡県掛川市まで、49日の法要に来ていた。
俺もその時いたのだが、社長に「これは過労死だから、労働時間の資料など、会社側持ってるのをぜんぶ出してくださいね」と話すと小松原氏は「それは出すけど、過労死というのは考えてない」と言っていた。
この認識は間違いだと思うけど、その当時の日能研の労働環境がどうだったのかというのも気になる。
昨日は出荷を済ませてから、久しぶりに嫁と松竹座に出向いて、OSKの「春のおどり」を見た。
6月中旬に桜を寿ぐレビューが行われるのは不思議な話だ。
3時開場で、1階から白亜の大理石に囲まれたエスカレーターで2階に上がるとスターの写真や「春のおどり」のプログラム(1800円)スターの写真集(2500円)OSK創設90周年記念誌、同100年記念誌(5000円)も販売中だ。
確か3年前が100周年で、NHKの連続テレビ小説にもなったのだが、まだ記念誌が残っているのも不思議だ。
さらにエスカレーターで三階に上がると、そこが劇場の一階席(10000円)さらにエスカレーターで、上がった2階にも一等席が設けられている。
嫁は何故か俺より遅れて予約したにもかかわらず、桟敷のすぐ横のいい席に当たっていてけなるい感がある。
OSKは宝塚がオペラ風であるのに対して、ダンスと歌が中心で、ダイナミックかつ息もつかせぬスパーディーなアクションで観客を魅了してやまない。
前半のある芝居。
初めにナレーションが流れて「姫は〇〇との恋に身を焦がしていましたが、命を奪われてしまいました。ところが奇跡が起こるのです」
そのあとはこのナレーションを、そのまま華麗なダンスで演じていく。
奇跡というのは、悪の大魔王とおぼしきもののけを〇〇が剣で突き殺して、黄泉の国から復活したお姫様と結ばれるというもの。
筋書きとしては誠にたわいないものなんだが、OSKの魅力はダンスの表現力と歌唱力にあるのだ。
今回は、前半60分が和のティストの踊り、休憩30分を挟んで、後半の75分が洋風のダンスといつ割り振りで、俺はやっぱり後半のラインダンスがよかったな。
最後は緞帳が降りてから、鳴り止まないカーテンコールに応じて、再び緞帳が上がり、ピンクのパラソルを手にして、「桜さく国」のフルコーラス合唱で幕を閉じた。
客の入りは8割くらい、1階席は右端や後ろの方は空席が目立っていた。
それもあってか、前半後半とも、スターたちが舞台から客席通路に降りてきて、客を見つめながらダンスを披露するなどのサービスが見受けられた。
6時に終わって、難波まで御堂筋をぶらぶら歩いて、高島屋のすぐ西側のビル地下にある、予約していた「さかい タチバナ」で飲んだ。
ここは以前はナンバシティ南館の1階にも店舗があったのだが、そこは閉店してしまってがっかりしたのだが、地下1階のこの店が健在なのでありがたいことだ。
まぐろ、スズキのお造り、コロッケ、キス、エビ、貝柱、穴子の天ぷら、海鮮サラダ、キムチ、きんぴら、焼きおにぎり、生ビールなど、みなうまい。(2人で10000円くらい)
昨日から新大阪のアルデ広場で小規模な古本市。甲子園に行く前、昼過ぎに覗いてみた。
場所柄、海外からのお客さんや仕事で大阪に来る人も多いので、錦絵(浅草寺の仲見世の大判のものが12000円)、図録、美術書(佐伯俊男の画集があった)、フルカラーの広告デザイン、東京の昔の写真集、昔の京都の絵葉書、70年の大阪万博関連、マンガ(林静一の古い本)絵本なんかが色々並んでいて、普通の古本市とは一風変わった品揃えだ。
タイガー立石展の図録(6800円)、宮沢りえの『サンタフェ』(帯、写真付き、3300円)、大泉がオウム真理教の修行を3ヶ月やったルポの本(1200円)なども目についた。
他に大阪の「小町書店」が例によって文庫、新書5冊800円をやって人気を集めていた。また寸心堂も得意な西洋文学のいいところをたくさん並べていた。
暑い中、御堂筋線で梅田に出て、2時半くらいに普通電車で甲子園に向かった。
甲子園駅西口すぐにある「コメダ珈琲」でプリンを食べようと思ったが、満席で、10人くらい待ちが出ているのでびっくりした。
5月中旬に甲子園に出向いた時はガラガラだったのに、暑くなるとみな考えることはおんなじだな。
試合はデュプランティエが12奪三振で完封して素晴らしかった。