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古本屋日誌

2017-11-05 10:37:00

今日も天気です。梅田の古本屋は今はかっぱ横町あたりだけですが、以前は東通りにもあって末広書店は有名でした。地下一階地上4階の全フロアーが古本などで埋め尽くされ地下はマンガ、一階は一般書、文庫、新書二階はエロ本、3階はエロビデオなど、4階は貴重書でした。4階に上がる時は荷物を3階に預けるのですが、料亭の庭にあるような竹矢来の柵がありそこに鈴がつけてありました。4階は竹下夢二の表紙の揃いで50万する雑誌や大大阪時代に出ていた「大阪之商品」という雑誌の合本、大量の戦記がありました。この「大阪之商品」という雑誌はなぜか東京への対抗心丸出しで毎号大阪と東京の対比を繰り広げ大阪はすごいんだという宣伝を繰り返していてよかったんですが、このところ全然見かけないので残念。二階は「性生活報告」がたくさんあり、隣の家に用事で行ったらちょうど旦那が嫁はんを青竹に縛り付けてなんかプレイ中だったが特に問題なく旦那と話して用事を済ませてというような今では不思議としか思えない話がたくさん載ってました。

はす向かいあたりにあった巨大なディスコは潰れて「まんだらけ」となりその下にあったこれまた大きいが客のいないパチンコ屋はいまはサガのゲームセンターとなった。


2017-11-04 21:32:00

今日も天気でしたね。先日「上方芸能」を出していた出版社が出した「大阪焼跡闇市」などをお客さんからお譲り頂きました。3月14日の空襲に関しては関西大の小山らの研究で襲来機か従来の90機ではなく270機余りと3倍であったことや、東京では空襲で燃え上がった我が家の火をわざわざ消すように上から言われていてそれに従って逃げ遅れたらたり、家の畳の下に掘った防空壕に逃げ込んで焼き芋のように蒸し焼きになったりで10万くらい死んだが、大阪ではその知らせが伝わっていてもはや消さずにさっさと逃げたので東京同様の焼夷弾投下にもかかわらず死者の数は非常に少なかったことを知りました。しかし国際法にも違反しているのにアメリカの絨毯爆撃に文句も言わないし、生き残った連中やその子孫たちは死者に対して薄情なものですね。

生きている者は自分の都合しか考えないということもよくわかりますね。


2017-11-03 11:12:00

今日は天王寺さんから一心寺、安居の天神さんに参ました。天王寺さんでは経木を書いてもらい亀の井戸で沈めてもらい菩提を弔うわけですが、昔はもっと沈めてくれてたのではと思いました。一心寺は日想観で有名、安居の天神さんは幸村ですね。茶臼山にも行きましたがここは古墳ではなく道鏡で有名な和気清麻呂が掘った運河の土を盛り上げた所のようです。近鉄の河堀口あたりから掘って今も堀越神社の前の谷町筋は大きく陥没したままで、その後この河底池です。工事は20年も続いたのに結局失敗してしまい、もうめんどくさいやとボタ山が今の茶臼山です。その後枚方に11月1日にオープンした25万冊だという蔦屋の古本店にも行ってみましたが、ここは私の趣味には合わない店舗でした。それにしても交野線を越えた左側に雑貨の量販店があって、アイロンを安くこうたのでしたが、1989年だったんですが、そのアイロンは今ダニ現役でダニ退治に活躍しているのに、その店は幼稚園になっていました。またそのすぐ先にあった大型の本屋は今は自転車屋になってました。その当時はこの店ではマンガのほぼ全ての雑誌は堂々と立ち読みができて、店の方としては面白かったら店内にたくさんラップをかけておいてある単行本をこうてもらいたいという意図だったんでしょうがね。この一号線を下ったところが宮之阪なんですが、ここは異常なくらい本屋や古本屋がありました。駅の高架下に新刊書店があり駅前の郵便局の二階にかなり大きな古本屋があり、本居宣長の「古今集遠鏡」などの黒い本もおいてあってよくわからん京都語訳を立ち読みで楽しむことができましたし、その隣にも古本屋があり、さらにイズミヤ方向には「バンバン」という古本屋が二軒あり、マンガの店と活字の店に分かれていました。新刊書店でマンガを立ち読みして、イズミヤ方面の移動して今も健在の安いお好み焼き屋でビールを飲んでから古本屋でさっき読んだマンガの単行本を探しという感じだったんですが、今はお好み焼き屋だけです。


2017-11-03 11:12:00

今日もいい天気で嫁と天王寺さんにきています。こないだお客さんから尾上圭介の「大阪ことば学」などをお譲り頂きました。読んでみると、近鉄あべのばし駅で女が切符こうたらえらくお釣りが多く戻ってきて当惑していたら並んでいたおっさんが「姉ちゃん、お安う乗っときなはれ」と言った。これは大阪が田舎で分け隔てなくみんなが親しんでいる表れと考える人もいるが、そうではなく敬語も使っているし、他人という意識はある。また「どいたってや」という表現も大阪にはある。「どけ!」とか「どいてや」ではなく「どいたってや」という表現もある。これは自分の行為をまるで第三者がやるように表現していて間接的で相手と直接関わり合いになることを避けたい都会的な感覚の表れだ。

こんな感じです。まあ大阪が下品だと差別するあ決まりの大阪論に異議を唱えようとするのはよしとして、「どいたってや」は第三者の行為ですかな?第三者はその場にいない人をさすわけで、目の前にいて話しかけている相手に使うのはおかしい。「どいたってや」は「やる」が使ってあり、相手に恩恵を与えてやるという意味でちょっと尊大な感じのすることばであくまでも対象としては二人称です。


2017-11-02 17:55:00

今日もいい陽気でした。うちの猫はオスの黒猫が3つですが、このところ顔が横に大きくなってきていて、せっかくのイケメンが台無しです、冬毛の加減なのか単なる肥満なのか不明で心配です。先日お客さんから昭和41年の「観光大阪」という170ページあまりもある網羅的な大阪ガイドをお譲り頂きました。天下の台所の話が出てくるのですが「天下のお台所」と尊敬の接頭語付きで何回も出てきてびっくりしました。上品言葉の「お」なのかなとも思いますが、所詮は台所ですからね、なんか下づかえがご主人のために汗水垂らして働いてる場所みたいな感じは拭い去れません。

東京を意識した説明ではミナミの「大和屋」の話で「これほど巨大な料亭は日本中どこにもない」と自慢してます。キャバレーの「メトロ」の話もあってホステスが700人もいること、自前の楽団を持っていること、8時45分と10時15分から2回にわたってショーが開催、料金がセットで1200円からだとか書いてあるんですが、なぜかでかいよ、日本一だとか自慢してません。まあ著者はキャバレーよりは料亭が好みなんだということなんでしょう。

大和屋は例の能舞台のあったやつですね。日本一というくらいの規模だったのか知りたいところです。他には天満橋に今もあるOMMビルの自慢で「西日本一」だという。西日本一てなんか微妙ですな、日本一でも東洋一でもない。また甲子園、西宮、藤井寺の3球場に客席に鉄傘つまり屋根があったのはすごいと自慢して書いてました。

 

 


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